また会う日まで
「く……腐れ……!」
エナが己が右肩を貫く触手に左手を添えて、そう言った、だが次の瞬間、
ずぶ! すかさず教授の放ったもう一本の触手の槍の穂先が、今度はエナの左手を貫いた。
「う……ぐうう!」
成す術ないエナ。
なんという凄惨な光景だろう。
その右肩と左手を、ヌラヌラと蠢動した飴色の触手に貫かれて、まるで標本の蝶のように壁に磔にされた少女の姿は。
「まったく油断のならん小娘だな、だがその『手数』……何かあるな、秘密が匂う」
教授が粘つく触手でエナの頬を撫でまわしながら言う。
「『計画』のリブートに使えるかも知れん、サンプルを採取しておこう」
そう言うなり、
ぐずっ……じゅちゅっ……ずちゅるるるるるる……
エナを貫く教授の触手が、いやらしい音をたてながら彼女の体からその血を啜りはじめた。
「ひぃぅうぁあぁあああああああ!!」
あまりの苦痛とおぞましさに、磔になった体を悶えさせて絶叫する少女。
「あははあぁ! いい声だぁ!」
教授が半分欠けた頭部を膨らませて、淫猥に嗤った。だが……
「わ……私を吸ったな、バケモノ、まっていたぞ!」
顔を上げたエナが、苦痛に口の端を歪ませながら、なおも不敵に笑って教授に言った。
「なに!?」
訝る教授、様子がおかしい。エナを貫いた彼の触手から立ち上る冷たい湯気。
「まずい!」
慌ててエナから触手を引きぬかんとする教授。だが既に……
ばきん! 触手はその内側から真っ白に凍り付き、次の瞬間、折れて砕けて粉々に散った。
教授に吸われたエナの血が、その体中で激烈な変化を果たし、-196℃まで教授の触手を冷凍したのだ。
「う、ごおおおおお!」
既にエナの冷血は、教授の全身に巡っていた。
軋んだ音をたてながら、体内から凍り付き、固まり、一個の醜怪なオブジェとなっていく教授。
「これを待っていた、お前の動きを封じて、この距離まで近づけるよう……」
たん。触手から解き放たれたエナが、教授の前に立った。
彼女は動けぬ教授の体に右手を添えた。
「消えされバケモノ、くまがや!」
かつて父親のあみだした必殺技を、今こそエナが解き放った!
ぴかっ!光に包まれて、教授の体は煉獄に消えた。
「終わった……」
凄絶なる魔闘を制したのはエナ。その異能の全力を尽した少女は、疲労困憊し壁に倒れかかった。
「コータさん、待ってて……!」
その一心で、どうにか立ちあがるエナに……
しゅるん。ずぶり! ……ああ、何故だ!?
虚空から現われた触手が、またも、彼女の左胸を刺し貫いたのだ。
「ざーんねん! 私はここだぁ!」
研究棟にしつこく舞い戻ってきた大月教授。
既にエナの冷血の効果は消え、彼は体の自由を取り戻していた。
「うう……」
鮮血溢れる左胸を押さえて、床に膝をついたエナ。
だが、彼女は最後の力を振り絞って、顔を上げ、教授を睨み、再びその掌底を異形に向けた。
「………ぃ逝っちまえよぉ変態! くまがや! くまがや! くまがやぁ!」
三度! エナが決死の煉獄冥界波、三連発。
光に包まれて、一度、二度、三度と、煉獄に飛ばされて行く教授。
だが何度飛ばされても、次の瞬間にはヘラヘラと嗤いながら、この場に舞い戻ってくるのだ。
「空間操作能力か……だが私の本質は『虚数領域』に在る! そんな技でこの身を封じることはかなわんぞ!」
「ええ、私には無理みたいね……でも『彼ら』はどうかしら?」
なぜだ? エナは教授を睨んで凄絶に笑った。
「なん……だと?」
何か、妙だ。教授は辺りを見回した。ああ! 彼はようやく気付いた。
「ぐるるるるるる……!」
黒い靄に包まれて、爛々と眼を光らせた獣の様なモノが、いつの間にか何匹も、何匹も教授を取り囲んでいるのだ。そして獣たちが、教授を取り巻く円陣を縮めると、一斉に教授めがけて飛びかかって来た。
「こ、これは……まさか『猟犬』?! ばかな! なぜ小娘がこんなことを!!」
教授の顔にこれまでにない恐怖と狼狽の表情が浮んだ。
『かの地』に潜んでいた、この世の者ならざる獣たちが、教授の『匂い』を嗅ぎつけて、『ここ』まで彼を追いかけてきたのだ。
そして、今まさに教授に爪を立て牙を剥き、その『本質』もろとも煉獄に引きずり込まんとしているのだ。
「うぉぉお! 認めんぞ! JK如きにこの私がぁぁあああああ!!」
必死の形相で周囲の柱にしがみ付きながら、触手に生やしたメスをメチャクチャに振り回して、エナに斬りかかる教授。
エナの肢体が鮮血に染まっていく。
だが、エナは一歩も退かず、冷たく言い放った。
「 飛 ん で い き な ! 」
次の瞬間!
「ぉごあ~~~! ちゅぅがくせぇえええ~~~~~~!!!」
教授は断末魔の叫びをあげながら、『猟犬』に引きずられ、『彼方』へと消え去った。
「コータさん……」
エナは、ふらついた足取りでコータが飛び発った壁際に歩いて行った。
壁際に立った彼女は傷ついた体を夜気に晒して、コータの行った、先を見た。
すでにコータ達三人は研究棟から遠く離れ、メタルマンスーツのジェット噴射の金色の光跡だけが、彼らの足取りをエナに教えた。
立つ力も失せ、壁際に座り込んだエナは、暗い夜空をジグザグに飛びまわりながら地上に墜ちてゆくジェットの光芒を、じっと、見つめた。
エナは、寂しく微笑んでつぶやいた。
「さようならコータさん。いつかまた会いましょう……そう、死もまた死ぬ、その時には……」
光はやがて、新宿御苑に向って落下していった。
だが鬱蒼たる樹々の間にコータ達の姿が消えた頃、暗い研究棟にそれを見届ける者は、既にいなかった。
エナは拡散した。




