闇の中の眼
「ぅうぁああああああ!」
顔を覆ったエナの口から、人とは思えない、恐ろしい怒りの咆哮。
「うう!」
リュウジと茉莉歌は、耐えきれず耳をふさいだ。
だめだ!だめだ!だめだ!
エナは、歯を食いしばって目を閉じて、必死で自分を抑えた。
カオスが、膨れ上がっていく。
閉ざされたはずの彼女の視界にぼんやりと広がっていく、光り輝く巨大な『眼』。
燃え上がる、緑の焔で象られた禍々しい『眼』が、気がつけば闇の中に独り、裸でうずくまるエナを見つめていた。
そうだ。全てを壊し、燃やし、狂わせ、腐らせ、我が元に導け。
エナの耳元で湿った風がびょうびょうと囁く。
それこそが、私がお前に与えた、この世での仕事。
風は楽しげにエナの髪を弄りながら歌うように言った。
お前の母親が、身勝手な願いで、お前を私に捧げたのだ。
ちがう、ちがう!ちがう!!
エナは泣きながら首を振る。
母さん、なんで! 母さん、なんで! 母さん、なんで!
幾度も幾度もエナがその胸に刻んだ呪詛が、彼女を内から喰らい尽くそうとしていた。
だが、その時、
「エナ」
ふいに、風の囁きとは違う、人の声が聞こえた。
コータだった。
「落ちついて、大丈夫だ、君なら大丈夫、さあ、一緒にここから出よう!」
血だまりの床から、苦悶の顔で起き上がりながら、それでもエナを励ますコータ。
ぴたり。
エナの戦慄きが、止んだ。
彼女の前から焔の眼が消え、風は止み、囁くその口を閉ざした。
エナは、黙ったままコータに背をむけて、大月教授を睨んだ。
あいつを倒して、三人を助けなければ。
でも、ここで『あれ』をやったら、みんな無事ではすまない。
コータさんも……ならば、せめて!
「コータさん、聞こえる?まだ『飛べる』よね?」
エナは顔を伏せたまま、コータに言った。
「あ……ああ」
「二人を連れて飛んで!ここは私が片付ける!」
「でも、君は……」
「大丈夫、後から必ず行くから……早く!」
「わかった……リュウジ!茉莉歌!俺につかまれ!」
コータは最後の力を振り絞って、どうにか立ちあがった。
びゅん。加速するコータ。
彼はリュウジと茉莉歌を両脇に抱え、研究室の崩れた壁めがけて飛び発った。
コータとすれ違いざまに、エナがつぶやく。
「ありがとう」
「エナ!!!絶対無事で戻ってこいよ!」
コータが叫んだ。
「させるか!」
コータの『離陸』を阻もうと、教授の触手が迫る。だが、
しゅん! エナの放った烈風の刃が、触手を切り裂いた。
蛸足はコータに届かず。彼はリュウジと茉莉歌と共に、研究棟を飛び出して夜空に舞い上がった。




