あそびのじかん
危機は続く。
地下鉄丸ノ内線の構内から、何十匹もの巨大なザリガニがハサミをきしらせて這い出てきた。
マンホールの蓋を跳ねあげて、下水道から飛び出してきたのはズルズルと粘液の尾を引く不定形生物だ。
崩れたビルの中からワンワン羽音をたてながら飛翔したのは頭部の菌状腫を不気味に揺らした空飛ぶ蟹だった。
騒ぎを聞きつけた、ここ一帯の全怪獣怪人がリュウジ達を目指して、一斉に湧きあがってきたのだ。
往来に怪物が溢れ、リュウジ達を追跡する。
「まずーい！ 急ぐぞ！」
早稲田通りを疾走し聖痕十文字大学に向かう『てば九郎』。
『てば九郎』の後尾には、白銀のサーフボードに乗って宙を駆けるエナがいた。
廃墟と化した新宿だが、どういうわけだろう。
聖痕十文字大学キャンパス内の研究棟の一棟だけが、無傷で残っているのだ。
「あそこに、何かある！」
リュウジはそう直感して、ハンドルを切った。
大学の正門を突破し研究棟に突っ走る『てば九郎』。
「先に行って！ 私がここをくい止める！」
正門で、エナがサーフボードからプルアウトした。
「そんなー！ だめだエナ！」
コータが叫ぶ。
「大丈夫、コータさん、あいつらを放ってはおけない！ ここでカタをつけてやる！」
迫りくる怪物を前にして、エナが手をかざした。大学正門一帯に、緑色の光の被膜が広がっていく。
じゅじゅっ
怪物達の先陣を切って光の被膜に飛び込んだ巨大アリが、緑炎に包まれて爆発した。
エナの『超電磁バリアー』にキャンパスへの侵入を阻まれ、猛り立つ怪物たち。
「 さ あ ！ 遊 び の 時 間 ！ 」
リュウジ達が研究棟に辿りついたのを見届けると、エナはバリアーを解除した。
「キシャーーーーーー！」
怪物達がキャンパスに侵入してきた。
ウォリアーバグ、チャバネレギオン、サガミザリガニ、大フナムシ、無形の御堕仔、メガネウラ、フェイスハガー、チェストブレイカー、ドッグバスター、ビッグチャップ、クイーン、空飛ぶ腫瘍、いか、イクストル、ユゴス星人、シェロブ、アラクニア、ベヒモコイタル、アトラクナクゥア、デッドリースポーン、くそイタチ、ミスターグレイ、イタカの仔、黒い仔山羊、人面蜘蛛、ヒルコ、大ミミズ、笛持つ従者、クリッター、オコリンボール、リッカー、グラボイズ、深きもの、１３号、漢江の怪物、ショゴス、ブロブ、アメーザ、オクサレサマ、フュージョンフェイス、その他、ありとあらゆるうじゃじゃけた連中が、エナを取り囲んだ。
「ぴきゅぴきゅぴきゅっ！」
巨大なウミウシのような、宇宙ナメクジの一匹が、彼女の脚を這いあがってきた。銀色の粘液が白い脚を伝っていく。
エナは、顔を上げてつぶやいた。
「数を揃えれば勝てると思ったの？」
エナが整った唇を歪ませてニタリと嗤った。その眼には、嗜虐の悦びがあった。
#
ガラス張りの研究棟に突入するリュウジと茉莉歌。
「エナ……」
コータが不安そうに、来し方に目をやった。
「……！！なんてことだ！」
コータは、我が目を疑った。
聖痕十文字通りの往来、大学正門の周辺は、極彩色の霧に覆われていた。
血だ。血の霧だ。エナが、霧の中で舞っている。殺戮の舞踏だった。
凄艶に踊る彼女の一舞いの、その度に、
かまいたちが『無形の御堕仔』の被膜を切り裂いた。
衝撃波が『深き者ども』を砕き散らした。
念力発火が『空飛ぶ腫瘍』を沸騰させた。
ソニックバスターが『イクストル』を破裂させた。
冷凍光線が『ショゴス』を氷塊に変えた。
稲妻が『ユゴスよりの者』をホイル焼きにした。
「キシャーー！」「うおーーん！」「ぴきゅきゅきゅーー！」「ぶちゅるるるるうーー！」
怪物たちの断末魔の咆哮がキャンパスに響きわたる。霧を彩るのは紅の一色にとどまらなかった。
深紅の血しぶき、暗緑の臓物、灰色の脳漿、乳白の粘液が宙に舞い、エナを濡らしていた。
エナの瞳は漆黒の闇。そしてその顔は、恍惚に歪んでいた。
「照覧あれ風に乗って歩む者よ！ 生ける炎よ！ 海の主よ！ 七太陽の世界の王よ！ あははあぁ！」
エナが黄昏の空を仰いで皆殺しの詩を詠う。
「あなたの仔らを喰らいやすくして還してやる！ そうだ供物の血を啜れ！ぁあはぁぁあ、私をこの世にあらしめたこと！ どうだ思い出したか！」
臓物と脳漿、粘液に塗れたエナの白磁の頬を、血の涙が伝っていた。
「エナ……」
コータは恐怖した。夢の中で何度も彼女と旅した『高原』の記憶が鮮明に蘇ってきた。
果して彼女は正常なのだろうか？
何度も何度も死の淵から還る度に、時空を漂う量り知れぬ『何か』が彼女の心を取り込んでしまったのではないか？
「コータ！早く！ここはエナに任せるんだ！」
リュウジが叫ぶ。研究棟に転がり込んだ３人。
「な、なんだこれ……」
棟内を、言い知れぬ邪な空気が漂っていた。
