出立の夜
夜が更けた。
崩れかけた校舎の中庭の花壇に、物部老人の愛用していた猟銃が下向きに刺さっていた。
前には線香が供えられている。
「物部さん、今はこれが精一杯ですが、正式なご葬儀はいずれ必ず……」
理事長が、墓標に手を合わせて泣いていた。
「すみませんでした……私が至らなかったばっかりに……」
間接的とはいえ、彼の娘が物部老人を死なせたのだ。
後悔と心労で、一夜にして理事長の髪は白髪となっていた。
「炎浄院さん……」
理事長が振り向くと、リュウジが一人立っていた。
「如月君、君にも色々苦労をかけたな……水無月君や雹君には本当に済まないことをしてしまった」
リュウジは再び、いたたまれない気持ちになった。
「実は、こんな大変な時に申し訳ないんですが、学園を出ようと思うんです」
リュウジは、理事長に姉の結衣のメールの事を話した。
そして、事実を確かめに、単身新宿に向かうつもりであることを。
「新宿……!危険すぎる、自殺行為だ」
理事長が驚いて引き止める。
「炎浄院さん……今確かめておかないと、一生後悔する気がするんです」
リュウジは理事長に言った。
「確かに世界はこの先どうなるか分かりません、でも、茉莉歌には約束したんです! 絶対にあいつの両親を見つけるって、それに……」
リュウジは、聖痕十文字大学に研究室を構えていた恩師、大月教授のことを考えていた。
彼は世界の秘密を求めたはずだ。はたして無事だろうか。
「やはり、新宿には何かがある、そんな気がするんです、もしかしたら、娘さんを助ける方法も見つかるかもしれない」
理事長はリュウジを見た。リュウジの眼には決意の輝きがあった。
「……男なら体を張れか……わかった如月君」
「ありがとうございます、俺が戻ってくるまで、茉莉歌の事を頼みます!」
「だめだ……如月君、私には請け負えないよ」
理事長が悲しそうに首を振った。
「私は無能な男だ、お預かりした生徒とご家族を、大変な危険にさらしてしまった、物部さんも……」
「炎浄院さん……」
リュウジは言った。
「あなたが来てくれなかったら、俺と茉莉歌は恐竜に食べられていました、他の生徒や家族だって一緒です」
今しかないのだ。失意の理事長に、せめて自分の感謝と、今の思いを伝えたい。
「あなたは俺達を守ってくれた、どんなに結果が不条理で残酷でも、その一点は真実です」
「…………!」
理事長の背筋が伸びた。
「わかった如月君、水無月君は当校で責任をもってお預かりしよう」
理事長はそう言った。
「その必要はないよ、おじさん!」
背中から声が聞こえた。茉莉歌が立っていた。二人の話を立ち聞きしていたのだ。
「私も新宿に行くから、リュウジおじさんだけじゃ頼りないもんね」
茉莉歌が自分を指さして言った。
「茉莉歌ちゃん……駄目だ!危険すぎる!」
狼狽するリュウジ。
「学園で何を学んだの?おじさん、『願い事』は組織化されるほど有効に機能するの、一人より二人の方がずっと安全でしょ。それに……」
彼女は譲らなかった。
「お父さんとお母さんのこと、自分の目で本当の事を確かめたいの、結果がどうであっても!」
何かが吹っ切れた茉莉歌が、リュウジにまくしたてる。彼女の決意もまた固かった。
「俺も行くぜ」
コータがひょっこり顔をだす。
「リュウジはヒョロくて弱っちいしな、戦いには、タフな漢が必要だろ?『これ』もまだ使えそうだし」
コータは校庭で拾い集めたバラバラのメタルマンスーツを指差して言った。
「茉莉歌、コータ、お前ら……」
リュウジは理事長を見た。理事長は無言で頷いた。
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「本当にいいのかい、鳳君、君の商売道具だろ?」
焼き鳥の移動販売車『てば九郎』を前に、リュウジが鳳乱流に言った。
「三人で移動に使えそうなのは、こいつくらいでしょ?力仕事にも使えるし、それに……」
乱流が答える。
「進呈するなんて言ってません、『貸す』だけです。絶対に無事に戻ってきて下さいよ!商売道具なんだから」
「鳳君…………ありがとう!らんらん!」
感極まったリュウジが、勝手に変な仇名を付けて彼をハグハグした。
「時城君……」
理事長がコータに言った。
「君とは色々あったが、あの時は娘のことを……うれしかったよ、済まなかったな」
「エナさんの事、何とか助けたい……絶対何とかします!」
コータが答えた。だまって頷く理事長。
「よし、出発だ!」
暗闇の中、三人をのせた『てば九郎』は、一路新宿をめざして、聖痕十文字学園をあとにした。




