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まりか、りじぇねれいと!  作者: めらめら
第3章 魔少女かくて還る
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落日

 山並みに落ちかかって学園の校舎を赤々照らす夕陽が、屋上に立つエナと理事長の体を血の色に染めあげていた。


 ぴたり。エナは、黙って父親の額を指差した。


「ぐぅおおおお!」

 理事長が頭を抱えてもんどりうった。

 この六日間の彼女が味わった恐怖と苦悶が、そのまま頭に流れ込んできたのだ。


 リュウジとコータも、その余波に巻き込まれた。

「うわー!」

 コータは、痛みに耐え切れず、屋上を転げ回った。


「父さん!母さんが助けを求めていた時に、一体何処で何をしていたの?」

 エナの声は苦痛に歪んで崩れ落ちつつも、なお回転を止めぬ歯車の軋み。


「私が新宿で苦しんでいる時に、こんな所でお友達と遊んでいたのね!」

 彼女はゆっくり理事長に詰め寄った。


「やめろ、エナ…………来るな!……くまがや!……深谷(ふかや)!……東松山(ひがしまつやま)!」

 後ずさりながら、思いつく限りの煉獄の名を唱える理事長。

 だが、理事長がエナを『飛ばす』ことはかなわなかった。

 彼の心がそれを拒否していたのだ。


「雲よぉ!」

 エナが叫んだ。みるみるうちに、暗雲が空を覆った。


  どおん!どおん!


 理事長とリュウジとコータの周りを、何度も何度も雷撃が見舞った。

 屋上は焦げ付いて穴だらけになった。


「来い!風に乗って歩む者!奴らをさらって地獄をその目にあらしめろ!」

 エナは破滅の詩を詠った。


 エナの瞳は、いかなる光も届かない真っ暗な洞穴(ほらあな)だった。

 校庭を暴風が襲い、生徒と家族は成す術なく、恐怖に身をすくめていた。


「やめてくれ~! エナ! 生徒を、ご家族を傷つけるのは!」

 理事長が、泣きながら膝を着いて、娘に懇願した。


「………………!」


 エナは詩を止め、校庭に目をやった。

 眼下には、行くあても無く学園に身を寄せた、嵐の恐怖にうずくまる子供達と、その家族がいた。


 嵐が止んだ。


「……わかった、でもあなたは許せない」

 エナが再び理事長に顔を向けた。


「父さん! 母さんと私の味わった苦しみの、ほんの少しでも……せめて!」

 エナは理事長を睨んだ。そして指パッチンのフォームを理事長に向けた。


  パ チ ン ッ


 あらゆる生物を両断する、必殺のかまいたちが空を走って理事長を襲った。


 理事長は、覚悟を決めて目を瞑った。彼に迫る、かまいたちの一閃。


 バシュ!


 血しぶきが屋上に舞った。

 だが見ろ。いかなることか。恐る恐る目を開いた理事長の体は、全くの無傷だ。


「……時城(ときしろ)!おまえ!」

 目を見張る理事長。彼の前に立ってその体を庇ったのは、おお、コータだった。

 両腕にかろうじてくっついていた『メタルマンスーツ』の手甲で、烈風の刃を弾いたのだ。

 だが、コータの方は無傷では済まなかった。避けきれなかった風の刃が、上腕や胸を切り裂き、血まみれにしていた。


「なぜ! どうしてあなたが!」

 エナが驚愕に目を見開いた。


「エナ……だっけ? 俺、アホだからみんなに迷惑かけたし、周りの事とか、よく見えないって言われるけど、さっきの『あれ』で君の事はわかったよ……」

 コータは腕を下ろしてエナに言った。


「苦しかったんだな……」

 コータは、再び泣いていた。


「でも、今お前がやってる事は、間違ってる。どんな事情があったって、お父さんや、関係ない人を傷つけるなんてやっぱりおかしい!」

 コータは空を仰いで言った。


「……願い事を言うよ。この子を開放してくれ!もうこんなに苦しまなくて済むように!」

 エナの体が、暖かな光に包まれた。


「『コータ』……さん、こんな……ああ、これでようやく」

 コータを見つめるエナ。光に包まれたエナが、消滅した。光は赤黒い空にたち昇って、散乱して、消えていった。



 そして……



 コータの前に、エナが立っていた。


 コータの願いで、さっきのエナは救われ、昇天した。

 だが母の願いが、新しいエナを、この世界に再生したのだ。


「……そんな!そんな事って……」

 継ぐ言葉も無いコータを、エナはやるせない顔で見つめた。

 その瞳には初めて、人間らしい悲痛が宿っていた。


「うぉお! 済まなかった那美! エナ! 私が怯懦で下らないことを願ったばかりに! お前達に! 辛い思いを!」

 理事長が慟哭した。エナは父の胸元を見た。

 そこには、母のペンダントがあった。


「………………」

 エナは翻ると、崩れかけた校舎の屋上から、その身を投げた。

 そして光に包まれて拡散し、三人の前から姿を消した。


 どこか、離れた場所で実在化したのだろう。


 呆然として声も無いリュウジとコータ。

 校庭には、雹を失った茉莉歌の嗚咽が、止むことなく響いていた。


 理事長は黙って、昏さを深めた空を仰いだ。

 そして、日の名残りも消えた崩れかけた屋上に、ただいつまでも立ちつくしていた。


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