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まりか、りじぇねれいと!  作者: めらめら
第3章 魔少女かくて還る
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辺獄彷徨

 病室で目覚めてから一夜を経て既に、エナは何度も死から立ち還った。

 気が狂いそうになるほどの苦痛と恐怖と虚無を、何度も味わったのだ。


 もういやだ、もういやだ。

 白々明けて行く新宿の廃墟を、彼女は首を振ってそう呟きながら、あてどなく歩いていた。

 ふと、エナの足がとまった。

 無人の明治通りの朝靄のむこうに動く影に、何かを、いとおしい何かを感じたのだ。


 人だった。目ざめてから初めて見た、生きて歩いている人影だ。


「あ、あの……」

 思わず、声を弾ませて、呼び止めた。エナの目が安堵の涙を滲ませる。


「やっぱりだ、女か!」

 エナに気付いて向こうから、よたよた駆け寄ってきた影は、痩せぎすの体に、ナチス親衛隊の制服を纏った初老の男だった。


「あの、目が覚めたら、こんなところにいて、お母さんもいなくなって……人を探しているん……です……でも、おじさん、その格好……」

 男の服装に動転して、早口がどんどんトーンダウンするエナに……


「おじさんだと?大佐と呼ばんか!」

 ばちん。男が、平手でエナの頬を張り倒した。


「ああ!」

 路上に転がるエナ。喜びが瞬時に失意に、絶望に変わった。


 こいつ、狂ってる。


「おお、すまんすまん、だが、ちょうどよかったぞ!フロイライン!」

 男が、ビルの谷間に差し込む朝の日に髑髏の帽章を煌かせてヒステリックに笑った。


「駄弱な連中はみんな死んだ!みんな逃げた!だが吾輩には、此処こそが理想郷だ!」

 『大佐』が、エナを顧みもせず勝手にまくしたてる。


 ぴしり。


 彼が腰に下げた一本鞭を手に取った。

 ひっ……!どうにか起き上がったエナは、恐怖に身を竦めた。

 鞭が、まるで生きた蛇のように地面をのたくり彼女に這い寄ると、瞬く間にその細い首に巻き付き、絞めあげた。


「引き裂く相手には事欠かないが、そろそろこいつが女の血を吸いたがっていたところだ!」

 『大佐』が、舌舐めずりしながら鞭を巻き取っていく。男のもとに引ききずられるエナ。


「さあこい、雌豚!たっぷり可愛がってやる!」

 エナを手繰り寄せた『大佐』が、彼女の頸にコンバットナイフをあてがった。


 ようやく出会えた生きた人間に締めあげられて苦痛に悶えるエナ。

 ……見開かれた彼女の目が、冷たく光った。

 この廃墟に生きて残っているのは、こんな連中ばかりなのだ。

 怪獣や吸血蝙蝠に襲われた時の恐怖とは違った感情が、エナの胸に滾った。


 怒りだった。


 燃えてしまえ。


 エナが、目を閉じて念じた。


 ごおおおお。突然、『大佐』の軍服から、真っ赤な炎が噴き上がった。


「ぎゃああああ!」

 生きて身を焼かれる苦痛に絶叫して悶え打つ『大佐』。

 エナの憤怒を吐きだしたかのような紅蓮は、男を数秒で消し炭にした。

 灼炎はエナ自身の服も焼き、肌を焦がした。


 #


 何度も何度も怪物や暴漢に襲われる中、エナはやがて、自身の『願い事』を使って身を守る術を体得していった。


 襲いかかる大蝙蝠は、指パッチンで発生する『真空波』で両断した。

 怪獣や巨大ロボの吐きちらす熱線は、『重力衝角』で切り裂いた。

 彼女の体を求めてつきまとう暴漢は、『念力発火』で焼きつくした。


 体得した『能力』は、死からの再生の後も消えることがなかった。

 無残な死を経る度に、エナの能力は増していった。

 数日を経ずして彼女は、中学二年生の男子が夢想するような、最強の超人となった。


 だが、エナの心は虚しかった。

 こんな無茶苦茶な世界で、目的もなく場当たりな闘争に明け暮れる。死ぬこともできない。母はいない。守るべき人影も今やなかった。


 家に、帰ろうか……


 家! 父親!


 エナは逡巡した。父親は無事だろうか。何故病院にいなかったのだろう?

 聖痕十文字学園の理事長で、社会的には誰からも尊敬される父親だったが、家では冷淡でエナにも厳しかった。


 母さんもいないのに、今更、家になんか……

 ぼんやりとそんな事を考えながら、エナは道端で拾ったスマホを、たどたどしくつついていた。


「ん!!!」

 エナの指が止まった。

 そのSNSには、聖痕十文字学園から発信された、理事長の雄弁なメッセージがリンクされていたのだ。


 エナはリンク先のPodcastを再生した。聞きなれた父の声が、端末から流れてきた。


「みなさん、絶望することはありません。我々が、各々の願い事を理性的に行使して、狂ってしまった世界を再生させるのです!」


「………………!」


 エナの虚ろな心に火が灯った。


 それは憎しみの火だった。


「タクシー!」

 エナは手を上げた。

 人魂のライトを灯した妖怪タクシーがエナの前に停車した。


「お客さん、どちらまで?」

 運転手の隻眼の少年がエナに尋ねる。


「多摩市、聖痕十文字学園」

 エナはそう答えた。

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