表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まりか、りじぇねれいと!  作者: めらめら
第3章 魔少女かくて還る
16/38

目覚め


  私に私が集まってくる。


 まだ27%の私が冷たい肌にそれを感じる。


  曠野を吹き荒ぶ砂塵

  路地に転げた屍を焼いた灰

  暗い波間に燐光を瞬かす夜光虫


 かつて私であった私の断片が私に収束してゆく。

 時が逆さに流れる。

 無であった私が無を思う何かに退行する。


 だめ、もう起きたくない。

 私は呟く。

 生きることは狂うこと。

 現世は絶えず血が通い流れ続ける混乱と惨苦。

 闇と静謐に満たされた『ここ』で無限に広がり漂うことを

 どうしてやめねばならぬのか。


 起きろ、お前には仕事がある。

 出来たばかりの私の耳に、誰かが囁く。


 私は半透明の瞼を開く。闇の中で何かが煌く。


 虹だ。しじまに光る七色の燦爛。

 虹は見る間に捻じくれ丸まり幾つにも千切れると

 細かいビーズのように輝いて暗黒に浮ぶ円環を形作る。


 光の門がゆっくり開いて行く。門の向こうから何かが私を覗く。

 眼だ。緑色に燃えさかる巨大な焔の眼。


 いやだ、あんなものとは関わりたくない!

 私は必死に目をそらす。でも、もう遅かった。

 眼は私の内にあった。

 私の心臓を緑色の焔が燃やす。


 #


「好きな時に願い事をしてください♪どんな願いでも現実になります。ただし、一人一回なのでよく考えて決めてね!」

 闇の中で声が聞こえた。


 エナが我に返った時、彼女は見知らぬ病院の一室に立っていた。

ベッドには、衰弱した様子の母親の那美(ナミ)が横たわっている。

「エナ……」

 那美は涙を流して、リネンのベッドから身を乗り出して、彼女に手をのばした。

「よかった……最後の最後に、奇跡が起きた……願いが叶った、お願い、もうどこにも行かないで……」

「母さん……」

 エナは母親の手を握りながら、混乱していた。


 母さん、なんだかずいぶん弱々しく見える。

 今朝はこんなじゃなかったのに。


 ……今朝?


 エナは思い出した。

 あの朝、自転車に乗って学校に向かっていた彼女は、信号無視で突っ込んできた自動車にはねられそうになったのだ。

 エナの記憶はそこで途絶えていた。

 なんで、母さんの方が入院しているんだろう?


 ゴオオ!!


 突然、轟音と衝撃が二人を襲った。

 地震!?カーテンを開けて窓の外を見たエナは、外で起きていることがよく理解できなかった。

 信じられない!黒山のように大きな、ゴツゴツした、蠢く『何か』が病院に、この病室に向かって倒れてくる。


 天井にひびが入り、壁が崩れ始めた。


「 母 さ ん ! 」

 エナは叫んだ。


 #


 闇の中で声が聞こえた。

 エナが次に目を覚ました時、彼女は瓦礫の山と化した病院の跡地に立っていた。


 周囲のビルも半壊したり、大穴があいたり。

 至る所で火の手が上がり、悲鳴が聞こえる。


 ここは……新宿の十文字病院?さっきの地震で気を失っていたのだろうか?

 でも母さんは?母さんは無事なの!?


「母さん!どこ?返事をしてよ!」

 エナは泣きながら母親の姿を探した。急に、あたりが暗くなった。


 どおん!


 空を仰いだエナは、病院を破壊した者の正体を知った。まさか、そんなことが!

 山のように巨大な黒い怪物が、エナの頭上を跨いだ。


 エナは目をこらした。岩のような怪物の皮膚から、何かがはがれおちてきた。動いている。

「ひッ!」

 エナは息をのんだ。エナの周りに落ちてきた、大型犬ほどもあるフナムシの様な怪物が、節足を震わせながら何匹も、何匹もエナに飛びかかってきたのだ。


 #


 闇の中で声が聞こえた。

 エナが次に目を覚ました時、あたりは暗くなっていた。

 人通りのない明治通りを、何かが行進していく。

 ろくろくび、ぬっぺらぼう、竈神、しろうねり、ぬらりひょん……

人魂の提灯をともした妖怪たちの百鬼夜行が、彼女の前を通り過ぎて行くのだ。


 ああ、これは夢だ、はやく覚めろ、覚めろ!エナは頭を抱えた。

 ぎゃあぎゃあぎゃあ!

 頭上から奇怪な鳴き声が響く。思わず空を見上げるエナ。

 街灯の周囲を、人間ほどもある大蝙蝠が飛びまわり、エナを見つけると歓喜の奇声を上げて、飛びかかってきた。


 #


 何度も何度も死の恐怖を味わい、そのたびに闇の声を聞き、見知らぬ場所で覚醒するうちに、エナは自分の呪われた運命を知った。

 あの『声』は彼女だけではなく、全ての人間に聞こえていたのだ。


 そして母親の那美は、死の間際、エナの再生を願ったのだ。

 三年前に交通事故で死んだ、かつての彼女の再生を。


 もはや、エナは死ぬことができなかった。

 死の顎に捕われる度に、それは『なかったこと』にされ、死の直前の記憶を宿したエナが『ここ』に再生されるのだ。


 母親の強固な愛がそれを願ったのだ。

 母親は『ここ』ではない『どこか』へ行ってしまったというのに!


 エナは母を呪った。自身の『願い事』で母を蘇らせ、問い詰めたいと何度も思った。

 だが、そのたびに死の間際の母の笑顔が瞼に浮かび、エナは必死で思いとどまった。

 その『願い』は、さらなる地獄の創出に他ならないからだ。


「母さん、なんでこんなことを……! 何で…………!」

 人通りのない暗い路地で、横転した都バスに身を潜めながら、エナは泣いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ