強敵襲来
「こいつはまずい！まじでやばい！」
街中を疾走するエア・バイクに乗った三十半ばの男が、しきりに後方を窺いながら一人叫ぶ。
ライフル銃を携えて、恐竜狩りに出ていた栄養士のタニタさんが、思わぬ『獲物』との邂逅に、ほうほうのていで逃げ出したのだ。
がちゃん、がちゃん。
機械の擦り合わさる不気味な足音。
民家の屋根を跨いで、七階建のビルほどもある、巨大な鉄塊が姿を現した。
猛スピードでエア・バイクを駆るタニタさんを追うのは、突如地底から出現した三本脚の宇宙戦車、『トライポッド』だった。
「ぶおーーーーーん！」
恐ろしい咆哮と共に両の腕から放たれた破壊光線が、周囲の家屋を次々になぎ払っていく。
「ひい！」
タニタさんの顔が恐怖にこわばった。
これまでのハントしてきた怪物どもとは、比較にならない強さだ。
「タニタさん、こっちです早く！」
『てば九郎』に乗った鳳乱流が、エア・バイクを誘導する。
悠然と歩む宇宙戦車の後方では、生協の黒石さんや、救急救命士の薔薇十字綺羅々さん達が、消火活動や被災者の救護に走り回っていた。
そして、てば九郎の後部ワゴンから降り立って、宇宙戦車を鋭く睨めあげる男がいた。
対戦車擲弾発射器を構えた、多摩市猟友会の物部老人だ。
バシュ！
耳をつんざく発射音とともに、ＲＰＧのロケット弾がトライポッドに放たれた。
だがトライポッドに着弾する直前、砲弾は見えない障壁に阻まれ、爆発四散した。
「バリヤーだと……！ 小癪なマネを！」
舌打ちする物部老人。
「物部さん、やはりここでは無理です。学園に退きましょう！」
物部老人を乗せ発車するてば九郎。
トライポッドを誘導し、学園に入り込む寸前で何とか足止め、理事長の『必殺技』で煉獄に消し去る。それが考え得る唯一の勝算だった。
学園に向かって歩みを進めるトライポッド。その様は学園からもはっきりと見てとれた。
「炎浄院さん、このままでは敵いませんよ！ 誰かの願い事で、巨大ロボなり魔法少女なりを出して、対抗しないと！」
「それは駄目だ、如月君。『強い奴のインフレ』が続けば、ここもいずれは新宿の二の舞いだ。今いるメンツでどうにかするのだ」
少し知恵を付けた理事長が答える。それが無理難題であることも承知の上だ。
襲いかかる相手を片端から煉獄送りにする理事長の『必殺技』にも、１つの弱点があった。
大質量の相手を『飛ばす』場合、相手の至近距離で十数秒の精神集中を要するのだ。
その間何とか相手の動きを封じなければならない。今の『戦力』でそれがかなうだろうか？
だが、理事長には歴史科の教師、司馬文里先生から授かった、必勝の策があった。
トライポッドには、ある習性があった。広い場所で丸腰の人間を見つけると、その触手で捕獲して、食べようとするのだ。
そこが狙い目だ。用意した囮をトライポッドに捕獲させ、口を開けた瞬間に隠し持った手榴弾を放り込み、内側から爆破するのだ。
あとはどうにでも料理すればいい。
「……というわけだ如月君、君が囮になってヤツに食べられるんだ！大丈夫、救出とか、アフターケアは（なるべく）きっちりやるから」
「ちょま……！ まってください、いきなりそんな……なんで俺が！！」
「『隊員』はヤツの陽動で全員出払ってるんだ、それに、君はヒョロくて弱っちそうだから敵も油断するはずだ！」
理事長が厳しく言い放って、最後のだめ押し。
「如月君、水無月君を守りたいんだろう……男なら、体を張れ！」
「ぶおーーーーーん！」
校門を跨いで、学園に人食い宇宙戦車が入り込んできた。
校庭の真ん中には、ただ一人、腰の引けたリュウジが立っている。
「あーもーくそ、絶対に頼みますよ焔浄院さん！おーい、こっちだよーん！」
リュウジはトライポッドに手を振った。
