28.150冊売った
お盆休みの渋谷〇〇書店は、初日からにぎわった。本を探すお客さんの意欲がふだんと違っていた。
「せっかくの休みだし、ゆっくり本が読める」
「ふだんは仕事関係の本ばかり読んでいて、違う系統のものにチャレンジしたい」
初めて来店された方に、いつも驚かれるのが本の品揃え。ちらっと店を眺めて「ふうん」と素通りする方も多いけれど、ときどき瞳を輝かせて、宝探しでもするように棚の奥から本を探しだす方もいる。
本好きが選ぶ、推し本の宝庫はまさしく沼であり、書店の存在すら知らないで入ってきた方が、時間をあっという間に溶かしてしまう。
本を買う気などサラサラなくとも、古書との出会いは一期一会なのだ。
「悩んで次来た時に買おうと思ったら、もうなかったのでね。今回は逃したくなくて」
本を購入された紳士がそう呟かれる。上品なマダムは何冊か本を手にして、内緒話でもするようにレジでささやかれた。
「ここで見つけた本がね、手放せなくなってしまったの。だからまた来たわ」
ふだんは自分の仕事で忙しい棚主さんも、どんどんやってきて新しい本を補充されたので、おススメ本がたくさんあった。
選書コーナーや壁のディスプレイにも手を加えて動きをだす。
目につく場所に置いた本は1冊2冊と売れていき、次に何を置くか頭をひねる羽目になった。
自分の作品『魔術師の杖』に関しては、売るというよりプレゼンテーションに近かった。
渋谷という土地柄か、実にいろんな方が来店された。偶然とはいえ、電子書籍の販売サイト最大手Amazon社の方、ライトノベルを出版されているブシロード社の方もいらした。
テレビ局やラジオ局、カメラマンに渋谷区議会議員……。もちろん皆さん、余暇を利用して来店されている。
書き始めた経緯や出版社とのやり取り、イラストレーターさんと相談しながら描いてもらった表紙や挿絵の工夫、売りだしたときの反応や棚主になった理由など……聞かれるがままに、どんどん話していった。
イラストの道を志すお子さんと来店された、親御さんにはこんな話もした。
「ラノベの表紙は、イラストレーターさんにとっても花道です。名前がクレジットされ、その売り上げも左右します。人気がでたら引っ張りだこで、作家よりもイラストレーターさんのスケジュールに合わせて、刊行予定が決まることもあります」
親御さんの目にホッとしたような光が宿る。応援したい気持ちも、将来を心配する気持ちも、どちらも本物なのだろう。
プロになる道は険しい。けれど具体的な未来を描くことで、そこへ至るまでの道筋が見えてくる。雲をつかむような話ではないのだ。
結局、お盆休みを含めた6日間で1日に2~30冊、計150冊の本を売った。
見つけた本をどんどん目につく所に置いていき、興味を示すお客さんには棚の説明もして、ほぼガチ店員として働いた。
入り口から店内すべてが見渡せる小さな書店なのに、本が150冊減った程度では、まったくスカスカにならない。
それにまとめて6日間、書店の店頭に立ち続けたことで、プロの小説家として薄々感じていたことに確信が持てた。
『買う本はお客さんが自分で決める』
書店に入ってきて、人はまず目についた本のところで足を止める。
そんな人が何人かいて、ようやくそのうちのひとりが本に手を伸ばし、パラパラとページをめくる。
そして本をレジに持ってきて会計をする人となると、もっと少なくなる。
1冊の本が売れるには、何人もの人の足を止めさせる、力のある表紙が必要だ。
本を買う人は、最初から自分の直感に自信を持っていて迷わない。そして試し読みすらせずに、表紙だけで購入を決めた方も多かった。
人は頼まれたって、わざわざ貴重な自分の時間を使って、読みたくもない本を読んだり、お金をかけて購入することはない。
『読む』も『買う』も、お客さんが決める自発的な行為だ。しかも買うお客さんは、本を見つけた時の目の輝きが違う。
見ていてハッキリわかるのだ。店頭に置いた『魔術師の杖』に見入り、さんざん悩んで店を出てから、「やっぱり買います」と戻ってきたお客さんもいる。
中には日本に留学したばかりで、まだ漢字が読みづらいのに「この本を読むために、もっと勉強します」と言って購入された外国の方もいる。
(あ、宣伝なんかしなくていいんだ)
興味のない人には、いくら美麗な表紙の本でも目に入らない。そんな人には勧めるだけ無駄なのだ。
(売れている本の表紙やカバーには、どんな工夫がしてあるんだろう)
言語化されていない工夫、人の手が加わった痕跡を探して私は本を眺め、書店に来た人の動線や目線の動きを観察するようになった。
なぜそこまでするのか。
書籍化は出版社にとっては投資であり、著者には売れる本を作る責任がある。失敗すれば次がない。
売れたら売れたで、次巻への期待とハードルが上がるだけだ。
この出版不況、本が書店や販売サイトに並んでからでは遅い。
みんなが手に取りたくなる本を、最初から考えて作るしかない。









