FILE085:あなたもご一緒にお風呂とプールどうでしょう
「ロザリアッ」
――その頃、『福ノ湯』の客室でくつろいでいたアデリーンはロザリアの身に迫っている危機に感付いて、そわそわした。元来より備わった超人的な感覚がそうさせたのだ。事情を知っていた――というか思い切りロザリアと関わりを持っていた蜜月も、アデリーンから姉妹のことは聞かされていた虎姫と磯村も、騒然とする。
「どうしたっ!? あの子に何かあったのか!? そうなんだなっ!?」
「ヤツらに何かヒドイことをされたのはわかるの。……あの子の身に何も起きてなければいいのだけど……」
「簡単に屈するようなヤワな子じゃない。――そう、だったよね」
蜜月から確認を取られたアデリーンは頷く。
「……変だったよね。行きましょ。囚われのロザリアの分も、私たちが日常生活を楽しまないと!」
悲しみをこらえ、すぐに割り切れたアデリーンのその一声で、一同は福ノ湯自慢の大露天風呂へと向かう。今より少し前に、こんなやりとりがあったのである。
◆
≪私どものほうから、助けていただいたお礼を――させていただけないでしょうか?≫
その提案を持ちかけてきたのは、『こよみ屋』を取り仕切る敏腕美人社長・比嘉晄子その人であった。
≪そんなー。別に私たちは、皆さんからお礼を言われるほどのことはしていませんよ……≫
≪そうおっしゃらずに。指をくわえて何もできずじまいだったのですから、私どもとしても、せめて解決に導いてくださった皆様へのおもてなしくらいはさせていただきたくて。――タダで温泉やスパ・温水プールを楽しんでいただく、というのはいかがでしょうか?≫
比嘉晄子は、自身と福田サチトらが思い浮かべる限りの最大にして最高のおもてなしをしたいと、アデリーンたちを誘う。最初は謙遜して話を断ろうとしたアデリーンであったが、蜜月はむしろそうは思わなかった。もらえるものはもらっておきたいというたくましい信条の持ち主であったためだ。
≪ごにょごにょ……。遠慮すんなし。それにさあ~~、ひそひそ……悪い話じゃあないと思うぞ~~?≫
そんな思いを抱いて、彼女はアデリーンの耳元でささやく。それは、アデリーンとしてもぜひ、一度と言わず、何度でも見ておきたいものだった。
≪――承知しました。皆さんからの感謝の気持ち、受け取らせていただきます≫
≪では、私や福ノ湯さんのほうで、お約束した通りお風呂や温水プールを無料でごゆっくり楽しんでいただけるよう手配いたします!≫
◆
そして、今――彼女たちは福ノ湯自慢の大露天風呂で日々の疲れを癒していた。日本庭園風かつ屋外ということで、湯煙が漂っていてもなお見晴らしもよく、その心地良さは利用者が全員口をそろえて、「最高だった」と述べるほど。
「あぁ~! ししおどしの音ォ~~~~!」
「……大きすぎるだろう!?」
メガネを外した磯村を連れて、アデリーンや蜜月と一緒に露天風呂に浸かってスケールの違いを目の当たりにした虎姫は、やけにはにかんだ顔を湯船につけてぶくぶくと泡立てている。頭ではわかってはいたことではあったのだが、実際に見るのと、頭の中で思い浮かべるのとではまったく違う。そうとは知らず、蜜月はのん気に大人の余裕を見せつけている。年齢的にさほど大きな差はないはずなのだが、虎姫から見て彼女らのほうがより大人らしく見えてしまうのはなぜなのか。
「大丈夫です。私も絶壁でございますよ」
「君は恵まれてるだろう。へたっぴなウソをつくんじゃない」
ジト目で口をあらぬ形に曲げて、虎姫は慰めてくれた磯村へ食い気味に返事した。
「とか言ってー、ヒメちゃんスタイル抜群なのに」
「ウワーッ!」
そこへ突然、アデリーンが来襲する。なんと、背後から覆いかぶさるように虎姫に抱き着いて、彼女の表情を崩しにかかって嬉しい悲鳴を上げさせたのだ。これには蜜月や磯村も大笑い。アデリーンが確かめたところ、虎姫も虎姫で恵まれてはいた。――違うのだ。周辺人物が大きすぎたのである。何がとは記さない。
その後、十分に温まったところで、彼女たちはごちそうを堪能して、布団にくるまって就寝――の前に、童心に帰って枕投げ合戦で盛り上がってからようやく眠った。
◆◆
その翌日、アデリーンとテイラーグループ社長御一行は今度は『こよみ屋』のスパまで移動した。比嘉晄子が気を利かせて特別に無料にしてくれたので、ここの広大かつ充実した温水プールでまた思い切り遊ぼうというわけである。もちろん水着に着替えていた彼女たちだが、アデリーンと蜜月は先日泳ぎに行ったときと同じものを着用している。
虎姫のものは優雅で気品にあふれ、勇敢さも感じさせる白のワンピース水着であるが、恥じらうことなく着こなしていた。
磯村のものはセクシーで大胆な黒ビキニであり、その上からガウンを羽織っていた。普段の彼女を知る者は、そのギャップに面食らうこと間違いなしといった雰囲気である。
「この磯村環、抜かりはありません。あらかじめ水鉄砲もご用意いたしました」
「サービスいいですねーっ。さっすがタマキさんだわ!」
手を合わせ、目も煌めかせてアデリーンは大いに喜んで水鉄砲を受け取る。といっても、ハンドガン型のコンパクトなものではなく、よくある大型で大容量のタイプだ。同様のモノを蜜月も受け取り、2人そろって小悪魔的な微笑みを浮かべる。
「わたしたちからのささやかなお礼でもある。遠慮しないで受け取ってくれ」
せっせこ、せっせこと、アデリーンと蜜月は言われたそばから水を入れに行ってすぐ戻る。そして――早速、2人同時に虎姫の顔面に水を発射してぶっかけた。これには、いつもはポーカーフェイスの磯村も目を丸くして、思わず二度見するほど驚いていた。
「うひゃひゃひゃひゃ! だーっはっはっはっはっはっはっ!! いひひひひひひはははははははは!!」
「おほほほほほほほほー! ふあーっはっはっはっはっはっはっ!!」
イタズラをしかけてヒーローなのに笑い袋や悪役じみた高笑いを上げる2人は、「ここまでおいで~ッ」と一目散に逃げだす。
「こらーッ! やったな! 倍返しだ! 磯村君ッ!!」
実は、こんなに叫んだのは久しぶりだ。端から見れば怒っているように見えた虎姫だが、実際は気分も爽やかで逆に喜んでいた。磯村はそんな彼女にたくさん水が入るタイプの水鉄砲を渡す。
「はっ、ただちに。……待て待てー!」
その磯村も今日ばかりは羽目を外し、水鉄砲を2挺も構えてまで水遊びに興じる。まずは虎姫とともに、いきなりイタズラしてきたアデリーンと蜜月と追いかけっこをするところからだ。
「はっはっはっはっはっはっはっ!!」
「グワーッ! やられた!」
「テイラーグループの社長さんだからって手加減しませんよお~~」
「いや、それでいいんだ。蜂須賀さん」
奇襲攻撃だ。唐突にプールの中から派手に水柱を立てて飛び出した蜜月に水鉄砲を撃たれて、虎姫は参ったのだ。反撃する暇もなかった。
「と――――うッ!」
「きゃっ!?」
一方、植え込みの南国植物の裏から突然身を乗り出したアデリーンが水鉄砲で磯村を撃つ。クールな者同士なのだが、プールで遊ぶにあたってはノリノリであった。
「うぎゃー!? す、すんませんやりすぎましたハイ」
「まだまだ。10倍返しだァ!」
今度はウォータースライダーの入口付近にて、虎姫がようやく蜜月へ反撃する。顔面に水が直撃したのだが、その顔はなんだか気持ちが良さそうだ。
「ちょ、ちょっと、やめてやめて! やりすぎです!」
「待ったとストップはなしです。うりゃうりゃーっ!!」
アデリーンはどうしているかと思えば、噴水の付近で撃ち合いに負けてこれでもかと水を浴びせられていた。くすぐったかったのか、笑いながら訴えるも磯村は馬耳東風。やがて降伏せざるを得なくなる。
「トホホ、参りました……」
「お虎さんもけっこー、なんつーの、こ、子どもっぽいところあるんですね……」
さも当然のように、アデリーンと蜜月は水鉄砲遊びにて敗北を喫する。へたりこんだが、しかし、楽しかったのも事実。最初に水をかけられたにもかかわらず、虎姫も磯村も心底楽しそうに笑っている。
「オフィスにばかりいるとね、どうしてもフラストレーションを溜め込んでしまうんだ。だからこういう機会はどこかで作って発散してリラックスもしておく必要がある」
「ですので、社長はこう見えて遊ぶときは遊ぶお方なのです。驚かれました?」
肩に水鉄砲を担いで語る虎姫と、補足を入れる磯村。虎姫の意外な素顔について、アデリーンは既に知っていたが、蜜月にとっては初耳であり、頷いては相槌を打つばかり。
「さ、まだまだプールで遊ぶぞ。ついてきたまえ」
「ヨロコンデー!」
プールで夕方になるまで遊び倒し、また温泉にゆっくり浸かって、その翌日には朝潮区からほかの区内にも足を運ぶと熱海城の前で記念撮影をしたり、お土産を買って回ったり、焼肉屋で昼食をとったりなどして観光を楽しみ、キリのいいところで福ノ湯やこよみ屋の一同から見送ってもらい、虎姫にリムジンに乗せてもらったりもして、東京まで帰ったところで温泉旅行も終わりを告げる。――こんな楽しい時間がいつまでも続けばいいのに、と、誰もが思った。




