FILE081:夜のビールと朝のカフェ巡り
「まったくよー、キュイジーネも何を企んでるのやら……」
「そうよね。あれだけオフの日を強調されたら、かえって怪しいというか」
『こよみ屋』は和風ホテルだ。スパと温水プールはヤシの木も植えてあり例外的に西洋風であったが――今、彼女たちがいる大浴場の露天風呂は、日本庭園風の飾り付けがされていて、湯煙とともに独自の情緒を漂わせていた。すっかり日も暮れて、夕陽が空と海をまばゆくオレンジ色に照らしていて――それはもう、とびきりの絶景である。その夕焼けを見ながら湯船に浸かるのは、最高の快楽だと言えよう。他の女性客がのびのびとそれぞれの時間を過ごしていた中で、蜜月のスキンシップは激しくなっており、体をくねらせてまでアデリーンに寄り添ってその双丘に足を踏み入れ両手で触ったのだが、「心を広くしよう」と思ったのか、当のアデリーンも逐一咎める気はなくなっていた。
「1つ言えるのは、彼女は単なる悪ではないということね」
ちょうど良い頃合で風呂から上がって、2人は体を拭いてバスタオルを巻いて大事なところを隠す。その後、ドライヤーで乾かしながら、アデリーンはすまし顔で自身の推測を蜜月に語る。言われた彼女は「そうかなー……」と、訝しんで、洗顔してスッキリした。
「ビール1杯で足りるの?」
「ワタシのご機嫌次第。それに今宵は休肝日ではな~~い」
レンタルした浴衣に着替えて、2人は一度財布を取りに戻って、その後自販機までお茶とお酒を買いに向かう。そのついでにホテル内の売店にて夜食用の和風洋風ミックスの弁当も買って、準備はばっちり整った。部屋に戻って、食べて、飲んで、はしゃぐだけだ。
「かんぱーい!」
実際に食べたし、飲んだ。とくにしこたま飲んだ蜜月は、まだ飲み足りないと酔っぱらった状態で追加のビールを買いに向かおうとしたが、アデリーンに止められた。彼女も彼女でほろ酔い、ではあったが、まだギリギリで理性が働いたため事なきを得る。「もう、げんかーい」と、眠たくなってきたアデリーンは消灯してから、ベッドに入る。
「ワタシはまだぁ~~、酔っぱらってなんかあ、いないのら」
そうは言ったができあがっていた彼女は、もう1つのベッドには入らず、アデリーンが被っていたベッドの布団へ直行する。無理矢理に入った弾みで、彼女はアデリーンの浴衣をはだけさせ、アデリーンもつい蜜月のほうをつかんでしまったため、危うく――蜜月もこぼれ落ちそうになった。
「ちょっとー、狭いでしょ。あなたは、あっち」
「いいじゃんかよ~~。一緒に、寝ようよお!」
ベッドが大きかったのが幸いか。お互い浴衣が乱れたまま、就寝と相成る。自然と肩ならぬ胸を寄せ合って、そのまま眠り続けていた2人だが――その時、アデリーンの胸が淡い青色の光を放つ。
「う~~~~ん? なんだあ、キラキラのピカピカに光って、うぇ~~~~……?」
酔いがひどかったうえに寝ぼけ眼で見ていたため、幻だったのかもしれないが、でも、確かに彼女は見ていたのだ。隣で顔と胸を合わせて眠っているアデリーンの胸から、確かに青い光が漏れていたさまを。雪の結晶のような形に見えていた。
「あれれ~? おっかし~な~、ワタシもぉ?」
そのしばらく後である。共鳴するように蜜月の胸からも淡い黄色の光とともにハチのエンブレムのようなものが表れて、すぐに消えたのだ。頭が重くなるほど眠たかった蜜月だが、それと先ほどの光る雪の結晶のエンブレムだけはハッキリ覚えていた。
「どうなってるのおお~~……」
◆◇◆◇
そして、夜が明けて――2人は朝風呂をさせもらってから『こよみ屋』を出た。残念ながら朝食のバイキングにはありつけなかったが、どうせこの後食べ歩きするので良しとする。
「今日は福ノ湯にでも行こうぜ~。いいだろ」
「ふふふ、賛成よ。でも、その前に、ごはんにしない?」
ガイドブックを片手に、これまたおしゃれな旅の装いをした2人は朝潮区の昔懐かしいムードの街並みを歩きながら、今日はどのコースを行くか話し合う。蜜月はこよみ屋の宿命のライバルたる『福ノ湯』に行きたがっていた。
「まぁね~、朝食まだだったもんね。反対する理由がないや。ははははッ」
「どこにしようかしら? 私、『斜炉』っていうカフェがいいな。そこでモーニングをごちそうになりたいの」
「同じカフェーならワタシは『リゼ』に行きたいな」
「へぇー。伸ばしちゃうんだ」
「カフェもカフェーも意味は同じじゃろ。ウヘヘヘヘヘ」
――と、他愛のない内容を笑いながら話し合っていたアデリーンと蜜月であったが、蜜月は内心、昨晩見た『謎の光』が気になって仕方がない。決して、深夜アニメなどの規制によく用いられるアレのような、いやらしい意味ではなく。しかし、それはそれだ。今は楽しむべき時だ。
「こちら当店自慢のモーニングセットとなります」
話し合った結果、レトロモダンな雰囲気の斜炉というカフェを選んで空いている席に案内され、そこで注文を取ったアデリーンと蜜月は、しばらくしてウェートレスがトレーに載せて運んできたモーニングセット2人分を受け取る。パンケーキとコーヒーを味わい、朝からまったり至福のティータイムを過ごすのだ。気分はもう最高であった。
「またのご来店をお待ちしております~」
「またいつか!」
見送ってくれた女性店員に笑顔で一礼してから、アデリーンと蜜月は別のカフェに向かう。元々、複数のカフェをハシゴするつもりだったのだ。
「次どこにする~? 『チーノ』とかどうよ?」
「いいわね! でも私すぐ近くの『ブルーマウンテン』も気になるのよね」
――それから、なんやかんやあり。2人がホテル『こよみ屋』から真南の方角にある『福ノ湯』に向かったタイミングで、朝潮区内の開店前のとある露天風呂の付近にトラフグのような姿の怪人が出没していた。2人はその存在にまだ気づいてはいない。
「グッフッフッフー。サーシー」
トラフグの怪人はオレンジ色の体色をしていて、両腕に『魚雷』のような突起とヒレの形をした分厚いナタを生やしており、またハリセンボンのように全身からトゲも生やしていた。エコーのかかった、見たまんまの笑い声を上げると湯船にそっと忍び寄る。両手に何か不気味な色の液体が入った試験管を出現させると、それを浴槽へと流し込む。おぞましいその液体は、お湯に溶けると一転して透明な色になったため、パッと見て異変が起きたことが分からない仕組みになっていた。
「サーシー! 上手く行ったわい。これでええんじゃ……」
そして、トラフグの怪人は二重にエコーのかかった声でそう言い残してから立ち去った。




