FILE080:スパと温水プール
和風な外観と内装を誇る老舗ホテル・『こよみ屋』。その一室にアデリーンと蜜月はチェックインし、荷物を置いてくつろぐ。部屋の中も飾りも和洋折衷でベッドは2人分あるし、ベランダから外の景色も見下ろせる。これが本当に良い眺めで、海も山もバッチリ見えるし、プールや足湯も見えた。少し落ち着いてから、アデリーンはハミングしてノートパソコンを用意する。外の景色を眺めていた蜜月が振り返り、興味深そうに覗きに行く。たちまちアデリーンはテレビ電話を起動した。通話先は、なんと浦和家だ。リビングでノートパソコンを触っていた竜平の姿が映る。
「ハロー! 今、私たちは熱海市の朝潮区まで来てまーす!」
『わっ、アデリーンに蜜月さん!?』
「ふっふっふっふっ! 驚いたか竜平っち! なんと、ワタシらが今晩泊まるホテルは、さる老舗旅館と長年にわたって、良きライバル関係を築き上げているという……」
「その名も……こよみ屋!」
楽しそうな表情と身振り手振りで、今どこにいるかを教えたところで、竜平は綾女と小百合を呼びに行って、2人を連れてまた画面の前へと戻った。
『バカリュウから聞いたよー、熱海の朝潮だって? いいところじゃないですかー! またいろいろ聞かせてくださいよ?』
「お楽しみに。いっぱい買って、いっぱいお聞かせさせてもらうんで!」
「綾さん! ワタシねぇ! 入浴剤でもおまんじゅうでも、何でも買ってくからぁ!!」
画面越しに綾女と語らい、アデリーンと蜜月はガールズトークに花を咲かせる。浦和家のほうも和気あいあいとしていたが、竜平は間に入ってはいけない気がしたため急におとなしくなった。そんな彼を疑問そうに小百合が見ている。
「あら。今日はアオイちゃんいないんですか?」
『やあねぇ、あの子は今日は春子ちゃんと一緒にお出かけ中よ』
「マジですか、おばさま。もっと楽しかったのに、葵たんがいたらな~……残念だ!」
『それじゃ、あたしらは適当に家の片付けやってるからね。お土産話待ってます』
それから、世間話でしばらく盛り上がった後、浦和家とのテレビ電話は終了した。顔を合わせて笑い合うと、アデリーンと蜜月はホテル内にあるスパに行く、あるいは、その前にもう少し外を見て回る準備をし始め……ようとしたが、その時、アデリーンのスマートフォンに電話がかかった。外出中の葵からである!
「もしも……」
『あの! アデリーンさん!!』
葵はテレビ電話アプリを使っており、起動して応答するなり食い気味で、大声でアデリーンに声をかけ、彼女と蜜月を著しく驚かせた。
『さっき竜平君から連絡あったんですけど、ミヅキさんとお2人で熱海にいるって本当ですか!?』
「そ、そうだけど。お土産待っててね」
『はい! 思い出話でもお菓子でも、それと写メでも、素敵なものをお待ちしてます!!』
『うふふ、ウチの葵がはしゃいじゃって、ごめんなさいね』
「いーえー……元気があるのは良いことです」
葵と、その母である春子としばらく話してから、アデリーンは通話を終えた。いつも見せる落ち着いた葵とは違うパワフルさに、ミヅキは驚かされて一時的に無言になっていたようだ。
「ねえ、ミヅキ。『のばら園』には連絡入れないの?」
ここで補足……のばら園とは、蜜月の暗殺者としての師の孫娘が営んでいる児童養護施設である。
「『のばら園』の『やっちゃん』には、また後で連絡するよ」
「やっちゃん……ヤチヨさん、だったわね。素敵なお名前だと思う」
「そう言ってもらえてワタシも鼻が高いよ……!」
蜜月はそのやっちゃんこと、『八千代』のことはとても大切に思っていた。ヒーローになる前から護らねばと思っていた相手なのだから、彼女としては当然のこと。
「福ノ湯のほう行きたかったけど、また明日に……」
「しッ。こよみ屋さんの中でライバル旅館の名前出しちゃダメよ」
寝泊まりするには時間はまだ早いが、しかしスパの中で楽しむには今が一番良い。そう判断して、2人はロビーの階段を降りて大浴場含むスパにつながるフロアへと足を踏み入れた。
◆◆
そしてここが、問題のスパである。露天風呂やサウナも含めた大浴場と隣接していて、メインは冬でも問題なく泳いで遊べる温水プールだ。ゆえに非常に人気が高く、その証拠に多くの人々でごった返していた。
「おっしゃあああああ~~~~~~~スパだ! 大浴場だ! 温水プールだ! ウォータースライダーだッ! あっそぶぞ~~!」
「アゲていこー、ひゅーひゅー☆」
まだ、体に水すらつけていないのにやたらにテンションの高い2人は、水着入りのサブリュックを提げて更衣室へと駆け込む。着替えるのは、誰かが覗きに来ていないかも確認してからだ。
「パレオ付きか! おしゃれ~~」
「ハイスクール時代からカレッジ時代にかけてプライベートで使っていた、お気に入りの1着なの。そういうミヅキのもいいんじゃない?」
互いに水着を評価しあいつつも、速やかに水着に着替え、髪の毛も泳ぎやすいようにくくるなどしてから、荷物もロッカーに入れて鍵もかけると2人は更衣室を出る。
「おお~……ビッグ……ローング……ボラプチャス……」
「やだ、ミヅキってば。どこ見て言ってるのよ? 日本ではあまり馴染みのない単語まで」
水着の全容は、ざっくりと書くとこうである。
蜜月のものは紫の差し色が使われた黒ビキニであり、それほど露出が激しいわけではなかったものの、少々刺激の強いデザインをしている。彼女の狂気を孕みながらも妖しい魅力を、更に引き立てるにはこれ以上ないほどぴったりではあった。
アデリーンのものは、まばゆい白と青のツートンカラーでパレオ付きという、無難ながらも美しいデザインを持つ。露出は控えめだが谷間はしっかりアピールしているし、少し面積が足りず、こぼれ落ちそうにも見えるデザインだが、それはアデリーンがたわわに実りすぎただけである。
両者に共通しているのは――青少年の何かが危ないという点だ。
「イィィイイイイヤッフウウウウウウウウウ!!」
2人はまず、この温水プールの一番の目玉たるウォータースライダーへと登った。ほかの利用者の迷惑にならぬように心がけてから、思いきり声を上げて滑るのだ。背中から流されるのがとても気持ちいい。
「ま、待ってよ~」
「ナメプはよくない。もっと泳げるでしょ」
「それとこれとはだね……」
下に降りたら、今度はこれまた客の邪魔にならないように泳ぐ。向こう岸まで泳いだりだとか、競争だとか、子どもも大人も問わず友人同士で行なうそれだ。アデリーンは目を輝かせ、あっという間に蜜月の視線の先まで泳いで辿り着いてみせた。負けじと必死で泳ぐ蜜月だったが、彼女にはかなわず途中でバテた。そのお返しというわけでもなさそうだが、息を切らしながら、彼女はアデリーンに抱き着いてやった。水柱を立てて派手にやってしまったので、少し恥ずかしくはあったようである。
「…………あれ? 見覚えあるような、ないような?」
アデリーンはまだまだ余裕そうで、蜜月は泳ぎ疲れていたところ、プールサイドで体を水につけてくつろぐ女性の姿を目撃する。水気を帯びていたが茶髪で髪型はウェーブのかかったロングヘアー、瞳は赤く瞳孔は鋭い縦長。背丈も高く――そのバストは豊満だった。首をかしげ、何か疑うような顔をした蜜月だったが、その疑問はすぐに解決することとなる。
「ご満喫されているようで。およそ、不老不死の人造人間と日本一の暗殺者には見えないわね」
視線だけを2人に向けて、茶髪の女性はハスキーで色っぽい声色で語りかける。歳を重ねたゆえのその色香にあてられて一瞬、腰砕けになりそうになったところでアデリーンは感付く。
「……キュイジーネ・キャメロンじゃない。あなた、どうしてここに?」
気になるその正体は、ヘリックスの女幹部・『キュイジーネ』だったのである。彼女は体も2人のほうに向けて、胸の下で腕を組み、ニヤリと笑う。いつもはメガネをかけている彼女だが、プールや風呂に浸かって泳ぐ際には危険なので今は外している。
「今日は休暇をいただいていてね。それにオフの日に騒ぎを起こすほど、あたくしも愚かではなくてよ」
「だってさ。どうするよ――……?」
「メイクしてなくてもキュイジーネは美しい」……とは思ったが口に出すことはなく、剣呑な顔をした蜜月だったが、彼女とは違い、確認を取られた側であるアデリーンはすました笑みを浮かべている。
「争わなくていいならそれに越したことは無いわ。ミヅキ、今はキュイジーネと遊びましょ?」
「で、でも……わッ」
蜜月の腕をつかんで、アデリーンはハシゴまで移動するとプールサイドから上がる。背後についていた蜜月は、アデリーンの双丘が弾んで揺れたのを見逃さなかった。しかし今は、我慢の時。岸に上がった2人はパラソルつきのテーブルまで行って座ってしばし休憩。口笛も吹いて、鼻歌も歌う――が、そこにキュイジーネもセクシーに歩きながら接近し、2人へとコンタクトを図る。
「いつの間に上がったの!?」
「そんなことよりも今日は敵同士じゃないんだから、あなた方の女子会に混ぜてくださる?」
色香には惑わされない! ――と、誓ったそばから、2人そろってテーブルに乗せられた豊満なバストを見て、ドギマギさせられてしまう。大人の魅力には勝てなかったのだ。大人同士だからこそだったのかもしれない。当然と言えば当然だが、そんな彼女らの姿はほかの利用客に衝撃と謎の感動をもたらしていたらしく、中には鼻血を吹いて倒れるものまでいたようだ。
「い、いや、その――」
「何よ」
「女から見ても、あんたの水着は目のやり場に困るっちゅーか」
蜜月が指摘したように、キュイジーネの水着は露出が多いセクシーでコンシャスなもの。彼女の美貌とグラマラスな肢体を更に魅力的に引き立てるだけのポテンシャルはあり、全体的にアデリーンと蜜月よりも更に刺激的で官能的、だった。付け加えるが、その豊満なバストは顔より大きく、蜜月より大きめのアデリーンをさらに上回るほど大きい。これ以上は――禁則事項。
「意外ね。てっきり、あなたたちのことだから、オバサンくさい……そう煽ってくるかとばかり」
「実際オバサンじゃないか」
「小娘が生意気な口を言う」
キュイジーネは蜜月を立たせ、アゴをくいっと持って悩ましい目で見つめる。魅了されて、石にでもされてしまいそうなところをギリギリで踏みとどまった蜜月は彼女をやわらかくほどく。アデリーンは反応に困っており、顔にもそれが表れていた。
「すごいフェロモンだわ。これにあてられたら、ミヅキがそうなっているように男も女も問わず――」
「あなたがそういう感情と感性を持ち合わせているとはね。クラリティアナ?」
蜜月を優しく座らせてから、キュイジーネは今度はアデリーンへと詰め寄る。舌なめずりして、落ち着いてはいるが少し興奮していた。
「No.0とは呼ばないのかしら?」
「あたくしがあなたをどう思っているかはご想像にお任せするわ。それに今日はオフの日なのだから、あたくしも混ぜなさい?」
「それには及ばない」
やんわり断って、アデリーンは蜜月を連れてテーブルを去る。いったんロッカーまで財布を取りに行き、売店でクリームソーダやかき氷、その他のソフトドリンクでも買おうと考えたアデリーンと蜜月だが、キュイジーネがかまってほしそうについて来た。
「さびしかったん?」
「これ以上一緒にはいられないと、蜜月から言われた時から少し……ね」
「……わかったわ、キュイジーネ。今だけね。い・ま・だ・け」
敵同士のはずの2人からの厚意を受けて、キュイジーネは手を合わせて喜ぶ。邪険にするわけにもいかなかったので、今はこれが良いとの判断だ。
「いいのかあ~? キュイジーネは敵だし、間違いなく邪悪だ。あんたもわかって……」
「今のところ敵意も悪意も感じられないわ。様子を見てからにしない?」
「聞こえてましてよ、お2人さん?」
「地獄耳かーい」
オフの日だし、一時休戦――ということにして、アデリーンと蜜月はキュイジーネと一緒に温水プールでしばらく遊んだ。水遊びもスライダーもだ。大人でも遊ぶときは遊んでいいのだ。それもまたストレスとの向き合い方の1つなのだから。そして、「次からはまた敵同士だ」と、キュイジーネは決別して、2人は気分を切り替えようと大浴場に向かう。




