FILE076:我ら2人敵地に潜入す!
行動力と決断力に長けているアデリーンと蜜月は浦和家を出て、早速神奈川にある江村家へと向かう。ヘリックスの存在を公表した後、達哉や靖子に芽依、彼らを守っていたアデリーンの分身・アイシングドールに何か起きなかったかを確認したかったためだ。それだけではない。犬養を懲らしめたいという旨も彼らに話したかったのだ。幸運にも江村家が襲われ、荒らされた様子はないし、その証拠にアイシングドールは無事で、アデリーン本体と蜜月に対しては、ほんの少し憎たらしい笑みを浮かべてみせたりもした。
「……そうでしたか。そのようなことが……ですが、私たちのためになぜそこまで?」
「皆さんをこれ以上、危険にさらしたくないからにほかありません」
アデリーンと蜜月から現状を聞かされた達哉が視点を変えたら、そこにあるのは愛する妻と娘が、「こんな時だからこそ――」と、微笑む姿があった。家族一丸となってヘリックスとエイドロン・コープへの報復を行なったが、けれども、それで本当に大切な家族を守れていたのか。達哉は自信を失くしていた。
「旦那さんも奥さんも、どうか気にしないでください。皆さんが下したご決断は、何も間違ってはいませんから」
夫婦に寄り添って励まし、フォローを入れるその姿は、裏社会の人間とは思えないほど心暖かく優しいものであった。蜜月自身も悪い気はしなかった。
「メイちゃん、これ以上、あなたやあなたのパパとママが嫌な思いをしないためにも、悪い人たちは私たちが懲らしめてくるからね」
目線を合わせて、アデリーンは芽依の前でそう誓う。アイシングドールにも目をやり、アイコンタクトをして、引き続き一家の護衛をするように伝えた。そのあと芽依を抱っこして高く上げてから、ゆっくりと芽依を下ろした。
「うん。……お願い!」
「引き受けましたっ」
◆◇◆◇
蜜月が犬養権二郎の部下から聞き出した情報――を、まとめた資料によれば、敵の秘密基地はある山のふもとの廃工場の地下に隠されていたことが判明した。2人してそこへ向かい、付近でスニーキングをしている最中であった。
「そんな雑なカッコで大丈夫かぁ?」
「大丈夫よ。問題ない」
アデリーンと蜜月は、自然の風景や廃墟を撮るのが好きなカメラマン――に扮して、敵地へ忍び込む作戦を立てており、どちらもそれらしい変装をしてきていた。蜜月は髪をくくった上でサングラスをかけ、動きやすそうなベストと長袖のシャツ、長ズボンを穿いてきていた。アデリーンのほうは、昭和の記者っぽい若干レトロな服装に加えて黒縁メガネもかけていたが――これがまた、妙に様になっていた。
「しっかし、あんたは何着ても似合うよな。なんでだろ――? 来るぞ!」
周辺を見回りしていた戦闘員・シリコニアンが近くにいたため、2人は急いで物陰に身を隠す。見張りはとくに気付くこともなくそのまま通りすぎたので、2人とも速やかにそこから基地が隠された廃工場付近へと一気に近付く。壁は崩れて体を成さず、天井に穴が開いたまま野ざらしにされていたそこには、秘密基地への入口が巧妙に――隠されてすらおらず、階段からそのまま入れるようになっていた。
(うわー、警備がザルやなー……)
(そんなだから世間にバレちゃうんだよ)
心の中で思い思いにボヤいたが、それは置いといて、2人は周りに警備のシリコニアンがいないことを確認してから階段を降りて基地の中へ。基地の内装は近未来的なもので、蜜月はヘリックスシティに常駐していたころを少しだけ思い出したりもしたが、今は関係ないのでサクッと処理してから、上手く物陰に隠れてやり過ごしつつ奥へと進む。
「アデレードはこういうの何回もやってたんだよな……。この前の値張の屋敷の時だって」
「ええ。場合によっては真正面から強行突破、ってケースもよくあったわ」
「あんた強いもんね」
少し余裕が出来たのでそのような話もしたが、アデリーンは否定はしない。油断しないように進み続けていたダブルヒーローだったが、警備中のシリコニアンたちはどの個体も注意力が散漫で警戒心も薄く、突破するのはたやすいことだった。
「なんかこうさ、ここまで上手いこと行くと、逆に怖くないか……?」
「だよね? やっぱり油断しないようにしましょう」
不安になったりもした2人だったが、やがて、秘密基地の奥の司令室で犬養らしきいかつい男性が、ヘリックスの構成員たちと話しているところを目撃。音を立てないように機材の後ろへと隠れた。この司令室には大きなモニターが1つとコントロールパネルがいくつかあったほか、ほかの部屋への連絡通路やすぐ裏のマシンルームにも繋がっていた。
「だからもうかばいきれないって、ジョーンズ社長が言ってたでしょう……」
「そこをなんとかしてほしいのだ。オレが高飛びするまでの間でいい」
「具体的にどこまでです?」
「それはそのときに決めるさ」
「あきれた……。もうやってられませんよ。本部に帰らせていただきます」
「なんだとォ!? 誰が今まで、お前らのボスの会社に貢献してきてやったと思っとるんだ!」
ヘリックスの構成員たちが自身に思い通りに動かないので、逆ギレした犬養は顔を歪めたまま、懐からブルドッグのエンブレムが描かれたジーンスフィアを取り出すと――ねじって回して、ブルドッグガイストへと変身。少し力を入れると首につけた首輪のトゲを伸び縮みさせて、構成員のうちの1人を殺害した。
「あひええええええええええええええええええええ」
「ジョーンズのコバンザメ野郎がなんだ? お前らッ! こうなりたくなかったら、オレ様に従え!」
なんてひどい男なのだと、心の中で思いつつ――残った構成員たちを脅す犬養の暴虐を見て見ぬフリをするわけではないのだが、アデリーンも蜜月も見つかるわけにはいかず、隙を突こうと出方をうかがっていた。
「フン! やつらが言ってた武装の追加とはこの首輪のことか……まあまあだったが良しとしよう。おい! さっさとオレ様が日本から逃げるための準備をはじめんか!」
「た、他人任せなんですか!?」
「うるせえ! やれと言ったらやらんかい!!」
残った構成員の1人を殴り倒して恐喝したブルドッグガイストを見て怒りを覚えた2人のヒーローだったが、ここは堪える――。その時、警備のため巡回していたシリコニアンが司令室に入ってくるや否や、機材の裏に隠れていた2人を発見。
「怪しいヤツめ! 正体を見せろ!」
「ブルスコッ! こんな時に何の騒ぎだ」
「どうやら、我々も知らぬうちにネズミが紛れ込んでいたようです……」
当然だがブルドッグガイストの前に、アデリーンと蜜月が突き出された。苦笑いした2人だったが、自然と焦りや不安は感じなかった。
「どこの誰だ貴様らァ!」
「あ、怪しい者じゃあありませんよぉ~~~~。ワタシたちぃ、山の景色をカメラで撮ってただけでぇ」
「はあぁ――い! そうです、しがないカメラマンの端くれです。別に何もおかしなことはしてませんよお!」
しばしの沈黙――の後、名もなきヘリックスの構成員の1人が「ウソをつくなぁ!!」と、八つ当たり気味にアデリーンをはたく。帽子が床に落ちて、黄金色の頭髪が広がった。それを見てブルドッグガイストは開いた口が塞がらず、ヘリックス構成員の黒服たちとシリコニアンは驚いたあまり腰を抜かして動けなくなった。
「なにイ!? ま、まさかお前No.0か!?」
「ふふふ、やっと気付いたの? あなたたちの目は節穴かしら?」
「うへへははははははははは……!」
彼女が立ち上がって近くの黒服をしっぺで転倒させた時、隣にいた蜜月も狂気じみた笑い声を上げてサングラスを外し、帽子もとって素顔を露わにした。
「いやぁ苦労したよ。マヌケなカメラマンのフリまでしてさあ……」
「殺し屋くずれの記者めェ……! う、裏切り者が2人そろって偉そうに……!」
噛みついてきたシリコニアンに目つぶしを食らわせて再起不能にすると、蜜月はシリコニアンが持っていたマシンガンをブルドッグガイストに突きつけ、その間にアデリーンも黒服の構成員たちを締め上げて無力化した。だが、何を思ったか黒服のうち1人だけ気絶させる前に生かしておく。ブルドッグガイストはそんなものが通用するかと威張り散らすが、怒り顔とともに眉間に銃口を向けられて、さすがに委縮した。
「なあ、この基地からヘリックスシティだかエイドロン・コープだかにつなげられるんだろ? つなげよ」
「そう言って殺す気だろ!」
「いいから通信はじめろ……犬養ッ!!」
「ブルスコォ」
ブルドッグガイストと黒服たちに脅しをかけた蜜月は、アデリーンが捕まえた黒服の男にモニターの電源をオンにさせた。すると、画面に整えた髪型で無精ヒゲを生やし、毛皮のコートの下にダブルのタキシードを着た壮年男性の姿と、その隣に立つメガネをかけたロングウェーブヘアーの女性の姿が映し出される。
「しばらくぶりだね――。ジョーンズ」
エイドロン・コープの社長にしてヘリックスの大幹部が1人、スティーヴン・ジョーンズと、同じく大幹部の1人であるキュイジーネ・キャメロンだ。蜜月は不敵に笑ってから口を真一文字にし、アデリーンは画面越しに彼を冷めた表情で見て、視線を隣のキュイジーネにも向けていた。




