FILE074:日本中の嫌われ者
数日後、『エイドロン・コープ』の本社。会社のロゴマークがでかでかと入った自己主張の激しい外観が特徴的なそのビルの最上階、社長室に客人が招かれていた。スーツ姿の大柄な男性・犬養権二郎だ。記念トロフィーや盾、植木鉢や花瓶などが飾られたその部屋の一際高級感の漂うデスクに座しているのは、この会社の社長であるスティーヴン・ジョーンズその人だ。
「……残念だ! 犬養さん、あなたは運が悪かったが、要領も悪かったようだ」
皮肉な笑みを浮かべ、芝居がかった口調で煽ったジョーンズは手元にあったリモコンを使い、電子モニターを展開してニュース映像を映し出す。犬養が座っているソファーからも見える方向にだ。
『近年、日夜出現し続け、人々を襲っている謎のモンスター・『ディスガイスト』。平和を脅かし、時には命までも奪い去る彼らのその正体はいったい何なのか? 我々は情報提供者の皆様のご協力のもと、独自に真相を探っておりましたが、このたび、神奈川県在住の江村達哉さん一家から――……』
「こ、これは……!」
犬養が目を丸くしたまま、その緊急速報の視聴を続ける。ジョーンズは何を思ったか、嫌味ったらしく笑っていた。
『私はその日、妻と娘を連れてキャンプをしに行っていたのですが、そこで「自分はヘリックスから遣わされたブルドッグガイストだ」と名乗る怪人に襲われて……その怪人の攻撃で同じキャンプ場に来ていた人たちはみんな殺されて、私たち一家だけがかろうじて生き残ることが出来ました』
「おやおや」
『……そして……人間がある道具を使ってその怪物に変身していたということを知りました。被害に遭ったのは私たちだけではなく、もっと多くの人々だということも、あの怪物以外にも悪意を持った人々が同じように怪物に変身して暴れているということも知りました。私たちは人を怪物にする道具を作り続けている『ヘリックス』を許せない』
犬養は顔を引きつらせており、著しい動揺と衝撃から言葉が出なかった。こうやって自身の悪行が白日の下にさらされる日が来てしまったのだから、そうもなろう。一方のジョーンズは笑いが止まらない。
『……その後、江村さん一家と視聴者の方からの情報提供によって、ブルドッグの怪物に変身していたのはエイドロン社の公式アンバサダーも務めている、活動家の犬養権二郎氏ということが……』
ジョーンズはそこで、大きくため息を吐きながらモニターの電源を切った。
「今、日本中があなたのことを嫌っている。ただでさえ今まで、自分にとって都合の悪いものは手を汚すことなく消し去り、気に入らないことがあれば何かとケチをつけて、噛みついて……元からあまり好かれてはいなかったのに、今回ヘリックスとのつながりが世間にバレてしまった。おかげで我々のメンツも丸つぶれですよ。あなたのせいでね」
「うぐ! あれは、たまたま運が悪かっただけで」
「言い訳なさるのですか?」
これからジョーンズが責め立てようとしてたとき、スーツ姿の青年がアタッシュケースを片手に社長室に入ってきた。ヘリックスの幹部メンバーの1人、ドリュー・デリンジャーである。
「どうしてくれるんですか、犬養権二郎さん? せっかく順調に活動出来ていたのに、世間に存在を知られてしまったせいで、今までのようにはいかなくなりました。あなたのせいです。あーあッ」
「デリンジャー! 余計なことを!! 引っ込んでいなさい」
「ヒィィィィイイイイ!?」
デリンジャーが調子に乗って、少しオーバー気味に犬養を罵倒したため、ジョーンズが声を荒げて注意する。声を裏返してまでおびえたデリンジャーは、犬養の向かい側のソファーの後ろに隠れた。ジョーンズはデスクから動くことなく、両手を組んで、またも嫌味のある笑顔を作った。
「まあ、とにかく。私も彼も言いたいことは、これ以上……かばいきれないということでね」
「そこをなんとか。この失態は必ず」
「次はありません」
ねっとりと冷徹に、ジョーンズは犬養へと最後通告を突きつける。震える犬養を見て笑うデリンジャーだったが、咳払いしてから表に出て、持参したアタッシュケースから中身を取り出す。青色と赤色の毒々しい色合いをしたジーンスフィアで、ブルドッグの顔の形をした紋章が記されている。
「何も差し上げずに見送るほど無情でもないのでね、それは我々からの餞別だ。――無駄遣いせぬように励みなさい」
「うぐぐ……。ジョーンズ社長も、バイヤー上がりのお前も……指をくわえて見ていろ。汚名を返上した暁には、あんたを蹴落としてオレ様がエイドロン社のトップに……いや、ヘリックスの大幹部になってやる」
捨て台詞を吐いて、犬養はソファーから立ち上がりドン! ドン! と、乱暴に足音を立てて社長室から出て行った。
「フッフッフッフッフッ……」
「み、ミスター・ジョーンズ?」
デリンジャーが犬養を小ばかにした笑いを浮かべようとしたその時、ジョーンズが急に笑い出した。彼が困っている顔をしている中、ジョーンズはデスクの引き出しからホオジロザメのエンブレムが記された白いジーンスフィアを取り出し、その手に持って眺める。
「マヌケめッ! 犬養権二郎……。既に利用価値すら残されていないとも知らずに……」
≪グレートホワイトシャーク!≫
白いジーンスフィアをねじったスティーヴン・ジョーンズは、不気味な白い霧状のエネルギーに包まれるとホオジロザメのような姿の上位クラス怪人へと変貌を遂げる。全体的に白いボディでサメ肌らしくザラザラした質感の装甲を持ち、サメが立った姿というよりは、サメの特徴を持った人外の姿――といったところか。
「怖ッ!?」
「――デリンジャーよ。調子に乗っているところ悪いが……幹部であろうと関係なしに、お前もまた、犬養とさほど変わらない立場にいるのだ。それだけは肝に銘じておけ。ガブガブガブガブガブルルルルルルルル……!」
ヘリックスという秘密結社の中でも重鎮に当たる大幹部・スティーヴン・ジョーンズ/『グレートホワイトシャークガイスト』から言われたのでは、デリンジャーも逆らえないし、下手には出られないというもの。デリンジャーは深く頭を下げさせられ、その顔は恐怖と焦燥でひどく歪んでいた。当のジョーンズは、Gホワイトシャークに変身したままの状態で手元の受話器を取り、番号も入力して社内に電話をかける――。
「――私だ。公式アンバサダーの犬養権二郎の名を、我が社のホームページから抹消しなさい。彼の存在はエイドロン社の恥だ……」
部下にそう告げたということは、本格的に切り捨てにかかっているということ。サメは弱った獲物を追い詰めるのが上手なのだ。先ほど彼から釘を刺されたことと合わせて、自分もいつかはこうなってしまうのではないか、と――不安視するあまり、体の震えが止まらなかった。




