FILE073:メロニーの店
江村家の付近から専用バイク内蔵のワープドライブ機能を使って移動したアデリーンと蜜月は、東京都内のとある店の前まで来ていた。おしゃれな外観の喫茶バーだ。
「それじゃあ、ヒメちゃん、【サファリ】ってお店に来てもらえる? そう……わかったわ。それじゃ」
「おトラさんには来てもらえそう?」
「うん」
草花が飾り付けられ、立て看板にはサファリと書かれたそのバーにアデリーンと蜜月が足を踏み入れる。――今の時間帯は混雑しておらず、客もまばらだった。カウンターの掃除をしていた女性マスターを見て、蜜月は表情を和らげ、にこやかに声をかけた。
「メロちゃーん」
確かにそう呼ばれた女性マスターが蜜月のほうを向く。ワイシャツとエプロンの上からでもわかるほどふくよかな体つきで胸が一際大きければ背も高く、グリーンの長髪をリボンでくくって後ろにまとめ、純真さを残した紫の瞳を持っていた。
「あらー、いらっしゃい。今日はお友達も一緒なのね?」
「……はじめまして、メロちゃんさん。アデリーン・クラリティアナです」
「よろしくー」
陽気に声をかけてくれた女性マスターと、アデリーンはあいさつを交わしてお辞儀をする。――子持ちの母親と錯覚してしまいそうになるほど蠱惑的で母性的で、色気のある声と立ち振る舞いだった。
「紹介するよ、ワタシの友達でメロちゃんこと、メロニーちゃんだ」
「『メロニー』よ。話は蜜月から聞いてるわ、今は一緒にヘリックスと戦ってくれてるんですって?」
カウンター席に案内してもらってから、アデリーンが頷き、蜜月が座る。メロニーが豊満すぎる体型をしていたからか、ついつい目移りしてしまっていたらしく、蜜月はいつもと違うアデリーンの姿を見て笑みをこぼす。
「あともう1人ほどこっち来る予定なんよ。その人が来たら貸切にしてもらえる?」
「いいわよー。蜜月の頼みなら」
親しげに話し合う蜜月とメロニー。もしかしなくても、虎姫のことだろうと、アデリーンは推察する。次に彼女は素朴な疑問を口に出した。
「そうだ。メロちゃんさんとミヅキは、いつからの知り合いなの?」
「ワタシとメロちゃんは、ワタシが暗殺者の師匠に弟子入りしてた頃からの付き合いでさ。適性はあったんだけど……」
「私、争いごと自体があまり好きじゃなかったの。暗殺の訓練を受けてたのに変な話よね……」
「裏社会には暗殺者のギルドみたいな組織があって、ワタシもメロちゃんも師匠もそこに身を寄せてたわけだけど、メロちゃんが暗殺以外のことをやっていけるように、ワタシと師匠が手引きしたんだわ」
「いい先生だったみたいね。2人のお師匠様って」
アデリーンからの疑問に答えている最中、蜜月とメロニーは手を振りながら笑う。アデリーンは「えっ」と、首を傾げた。
「いや、ちっっっっとも褒められるような人じゃあなかったよ。でも恩師であることに変わりはない」
「それに、私を真っ当に生きていけるようにしてくれたことも事実だから」
「なぁーんだ。やっぱりいい先生なんじゃない」
「まー、根は孫思いのじいさんだったしな……はははは」
ほがらかに笑い合う3人。途中で蜜月はカウンター越しにメロニーに抱きつこうとして、「やだもー!」と振り払われた。
「ここで合ってたかな……」
ドアを開けて黒いメッシュ入りのシルバーホワイトの髪の女性が入ってきた。白とグレーカラーのコートワンピースと黒タイツ、足にはミュールという私服姿だが――虎姫・T・テイラーその人だ。
「やあ、蜂須賀さん、アデリーン」
「おトラさん、こっちこっち!」
誘われるまま、少し照れ笑いしながら虎姫が蜜月とアデリーンの間に座る。
「メロニーと言います」
「わたしはテイラーグループ現社長の虎姫・T・テイラーと申します。以後よろしくお願いします」
お辞儀をしてから、虎姫はメロニーへと名刺も出す。彼女を見て、少し悩ましい顔をした虎姫だったが、両サイドにいた蜜月とアデリーンから覗き込まれ、少し困った様子を見せた。そこでメロニーはコーヒーを淹れ、更に店を貸し切り状態にする。それまでいた客にはこの件には複雑な事情があることを説明して、お帰りいただいた。
「実はですね、おトラさん……」
「かくかくしかじかで、大変だったのよ」
「そういうことが? 恐ろしい……」
アデリーンと蜜月は、虎姫にキャンプ場にブルドッグガイストが強襲してきたことを説明する。虎姫だけでなく、メロニーもそれを聞いて心を痛めた。
「……本当に嫌な事件でしたね……。蜂須賀さんも思い切ったことをなさる」
「遅かれ早かれ、やらなければならなかったことです。あんなことをされて、黙って見過ごすわけにもいきませんでしたから……」
「ヒメちゃんからも、ヘリックスやエイドロン社と戦おうとしているコームラさんたちに力を貸してほしいの。無茶振りなのはわかっているけれど、お願い」
「ワタシからも、この通りです!」
複雑そうな顔を見せる虎姫へ、アデリーンと蜜月は懇願する。
「……もともと、アデリーンをずっと後ろから支えてきたからね。わかった、お引き受けしよう」
「ありがとう! これで百人力だわ」
「わたしとしても、市民の皆様の力にならなくてはと思ったところだ。うん!」
アデリーンと虎姫がそこで握手を交わした。蜜月はガッツポーズし、メロニーは手を合わせて喜ぶ。
「……けど、いくらワタシたちが強いとはいえ、数ではヘリックスが圧倒的に有利であることに変わりはないんだよな。数の暴力というのは本当にバカにできない」
「わたしもヒーローになれたのなら、あなたたちにばかり危険な思いをさせずに済むのですが……面目ない」
うつむく蜜月と虎姫を見て、メロニーは深呼吸してからこう声をかける。
「蜜月も、テイラーさんも、幸せが逃げちゃいますよ。笑って笑って!」
「に、にこーっ」
ぎこちないスマイルだったので、虎姫はすぐ訂正する。そのうち蜜月もアデリーンもいい笑顔を浮かべた。それからコーヒーを堪能し、カフェラテからブラック、アメリカンまで、思い思いのフレーバーを注文して淹れてもらう。
「おトラさん、アデレードも確認のために聞いてほしい。ワタシはヘリックスにいたから、ヤツらの情報はある程度持ってます。だから、犬養のオッサンが聞いてもいないのにベラベラしゃべってたことも合わせて全部公表して、ヤツらを少しでも不利にしたいし、江村さんたちを助けたい」
「やるからには躊躇も容赦もしないわ。そう……ヘリックスがいわゆる死の商人をやっているということもすべて、ね……」
「その上で余計な混乱を招かないように抑える、か。やるしかない」
「3人とも、私からも微力ながら応援させてもらいます」
ここまでを振り返って総括すると、メロニー以外の3人はコーヒーを飲んで一息つき、メロニーを手招いてカウンターから出てもらうと――なんと、アデリーンが目を輝かせて突然メロニーに抱きついた。
「あ、アデリーンさん! 大胆ねぇ」
「うふふ、私も魔がさしちゃったみたい。メロちゃんさんがそれだけ魅力的だったってことよ……。こんなにお色気ムンムンだもの」
至って冷静なアデリーンらしくはない行動だが、メロニーが漂わせる色香に誘われて、ほろ酔いしたからだろう。ふくよかで美しく、包容力もあって、優しい彼女に惹きつけられたのも事実である。それにアデリーンからしてみれば抱き心地も最高だった。ということは、逆に抱かれても最高に幸福を感じられることは間違いない。
「ふっふっふっふっ! アデレードぉ~~~~……メロちゃんはいいぞぉ~~~~。ワタシもたまにそうしてバブみを感じて、オギャ~! ……って抱きしめたくなっちゃうんだ」
「たしかに彼女は母性的だ……!」
「メロちゃんの爆エロわがままボディは男どもだけじゃなくて、女の子も釘付けにしちゃいますからね。ワタシがそうであるように……」
「は、蜂須賀さん?」
「……失礼ぶっこきました!」
大興奮の蜜月とは対照的に、虎姫は驚かされてばかりだった。このあと、アデリーンは蜜月から、メロニーの豊満で刺激的な水着姿を激写した写真をメールで受け取ったらしい。竜平に見せたら確実に彼の何かが危なくなる代物であったという。




