FILE067:買い物は続くよどこまでも
「うぇえええーーッ!! 赤ちゃんの時の記憶があるの!?」
「生まれが特殊だからね。なんならこの体が出来上がる前から、名前は無くともアデリーンという自我は確立できていたわ」
「高次元すぎる……。ワタシが理解できる範疇を軽く超えてしまったぞ」
「これも哲学よ。哲学」
有名アパレルショップの前で怪しい者がいないか見張って竜平と葵を待ちながら、蜜月はアデリーンからいろいろな話を聞いていた。驚かざるを得ない事柄が多すぎる――!
「そういうミヅキだっていい高校出て、いい大学行って卒業できたって言ってたじゃない」
「確かにそれはそうですがね……。人間学歴がすべてではないんですよアデレード氏」
「それは失礼したでござるー。ハチスカ氏」
それはそれ、先ほどのハイレベルすぎる話とはまた違うのだと蜜月は指摘したかった。
「ま、それは置いとこう。ワタシたちも服買ってみない?」
「私肌着や下着のほうがほしいな……。この店でも売ってるけど、大きめサイズのやつはあまり売られてないし」
「贅沢な悩みだなー。うらやましい……。オーダーメイドしてもらう?」
「そこまではいいわ。さて……」
「なんだぁ?」
なんと、アデリーンはアパレルショップ内に乗り込んだ。竜平と葵に合流するのかと思いきや、カゴを持ち出し、自身も品定めをはじめたのだ。
(ぬ、抜け駆けしたな!? ズルい女め! ワタシも買うぞ!)
苦虫を噛み潰したような表情とともに心の中でそう啖呵を切り、蜜月も似合いそうな服や肌着を探しはじめた。どちらもレジに並ぶまでに時間はかからず、守ってもらうどころか先に会計を済まされた竜平と葵は呆気にとられる。
「なあ、試着したのか?」
「もちろんしてたわよ? そんなに私のおっぱいが気になっちゃうのかしら。ふふふ」
「何をーう! 別にいいけどさー……」
アデリーンともども荷物を手に、店の外に出て竜平たちを待つ間、表向きは平静を装う蜜月ではあるが、しかし実は、アデリーンがどのようにして試着室で着替えていたかを妄想していた。それもかなりイケない方向にだ。危険すぎる笑い声が彼女の口から漏れ出しており、アデリーンからは少し引かれたが、蜜月は妄想に夢中で気づいていない――。
「ふひひひひひ……ん? そういや肌着とか下着は?」
「買ったけど?」
「そっか。別に構わんけど……ふへ」
「その気になっちゃって。やらしーのね」
アパレルショップでの買い物を終えた竜平と葵が次に向かったのは本屋だ。外側から見た感じでは非常に広大で奥が深くてハシゴが必要なほど高いところにも本棚があり、パッと見ただけでも純文学から参考書、辞書、流行りのマンガ、ゲームの攻略本、各メディアミックスの設定資料集、児童文学、などなど――たくさんの本を取り揃えていることが分かる、まさしく穴場と言った雰囲気だった。――ここで護衛チームを組んでいた2人は察する。
「行くあてが無くなったから、迷った挙句に本屋に入って適当に時間つぶしをはじめる。ショッピングあるあるよね」
「いつかはやると思ったけど、早すぎるだろ? もっと見て回れよ、もったいないな~」
「待って待って。アオイちゃん、絵本コーナーに向かったわ」
「そういやあ葵たん、絵本作家になることが夢だと語っていたらしいが……」
「彼女の場合はそのすてきな夢があるから寄ったのかもね」
それならば合点が行くのだが、問題は竜平がなぜ本屋に寄ったのかだ。少し考えてから推理したアデリーンと蜜月だが、それについてもすぐ答えに辿り着けた。
「ミヅキ?」
「そ、そうか、わかったぞ。なんで竜平っちも寄ってったのか。彼は文武両道で勉強に使う用にいろんな種類の本が必要だから、そうだろ?」
「半分は正解よ。確かに彼はああ見えて秀才だから。でももう半分は……マンガとアニメ・ゲーム関係の本目当て」
「なーんだ。今どきの男の子らしいっちゃらしいが……」
少し残念がって、蜜月は近くのベンチに腰掛けた。観葉植物の植え込みの周りに座席があるという作りだ。そこで彼女は頭の後ろで手を組む。
「まあまあ、そう言わず。……『百合ちゃん』の最新号や『スパリリ』、あと『LIME』や『したマチまぞく』に『オダねこ』も売ってるかもよ?」
どこで覚えたのか、小悪魔的な微笑みを浮かべると、アデリーンはへそを曲げている蜜月の耳元でそっとつぶやく。彼女も愛読している、いわゆる百合マンガのタイトルをチラつかせた。ただし、それらが販売されているとは限らない。
「どれもワタシが欲しいマンガだ……! なぜ知ってる!?」
「『スパイダーリリー』やオダねこくらい私も知ってるし」
「ふ、ふーん。いいよねその2作……」
「いい……」
場の空気を変えようと、周りの視線も気にせず百合マンガに関する談義を始めたかと思えば、急にお互い手を取り合って恍惚の表情を浮かべ合う。これには、ほかの客も注目せずにはいられない。そんな風にして、彼女たちは周りにユリの花を咲かせ、やたらにキラキラしたエフェクトを発生させていた……気がした。
「はっ!? こんなことしてる場合じゃないわ。リュウヘイ、アオイちゃん……」
「そうだった……って、大丈夫そーだよ?」
気を取り直して様子を見ると、竜平は少年マンガと参考書を何冊か、葵も少女マンガと絵本を何冊か購入してレジに並んでいた。
「くっつけ……。くっつけ……!! 都合よくトラブル発生して抱き合え……! 抱き合っちゃえよ……!! うふふふふはははははははは!!」
「こっちがやきもち焼きたくなっちゃうくらいお熱くね。ラッキースケベよ来たれ、もっとジェラシーを抱かせなさい――………………」
蜜月が狂い出し、アデリーンも変なスイッチが入る。今の2人に共通しているのは、ある種の狂気すら感じられる笑顔になっていたことだ。
◆
「パパー、あそこに何か落ちてる」
「ホントだ。ガチャガチャみたいだね。でも、もしかしたら危ないものかもしれんから、ここでママと待ってなさい」
「はーい」
だが、その頃――。ショッピングモール1階中央の通路にて、黄色く光るジーンスフィアが転がされていた。それを見た親子連れのうち、父親は若い妻とまだ幼い息子に待っているように言い聞かせ、自らそれを拾いに行く。捨てるか、届けに行くかしようと考えたのだろう。これがもし、意図的なものだったとすれば――。
「ゲヒ、ゲヒヒヒヒヒヒ。拾え、拾うんだ」
それを物陰から、客や店員に見つからないようにうまく隠れて視線を送っていたのは黒い服でサングラスをかけた、見るからに不審な男だ。実に卑しく笑っていた。
「しっかし。なんなんだこれ?」
それがジーンスフィアとは知らず、ガシャポンで出たオモチャ入りのカプセルか、スーパーボールか何かだろうと、そう思って不思議そうに見つめながら触っていた子連れの父親こと、『鹿嶋』だったが――その時、手が滑ってそのスフィアをねじってしまった。
≪ディアー!≫
「え……!? は、離れろ! 逃げろーっ!!」
「ぱ、パパ!?」
「あなた!?」
そして、鹿嶋は黄色い邪悪なエネルギーに包まれると、最後に残った理性で妻と子に逃げるよう呼びかけてから変身してしまった。シカに酷似した形状の機械的な鎧を着たような姿の怪物に。
「ドンドコドンドコオオオオオオオオ! ドンドコドォォォオオオオオン!!」
異形の怪人と化して荒ぶる鹿嶋から逃げ惑う人々――そんな景色を見て、不審な黒服の男が愉悦に浸り自身も緑色に光るジーンスフィアを取り出した。




