FILE065:『無(ゼロ)』から生まれた『有』のヒストリー/これまでの『私』とこれからの『私』
某国の研究機関が存亡を賭けて、地球外生命体から提供された未知の細胞サンプルを用いて、ある実験を行なった時のことだ。『彼女』は父も母も持たず、『無』から生まれた。肉体よりも先に自我を持ったが、それだけではどうにもならず、増殖を続けた細胞が『成長』して『受肉』し、『有』となるその日を培養槽の中で待ち続けていた。 やがて、来たるべき日が訪れた時、彼女は赤ん坊の体を得て『受肉』し、正式にこの世に生まれてくることができた。生まれたてで感情は乏しくとも、自身を抱いて高く上げてくれた『彼』を父親と認めた彼女は、早く大きくなって、言葉も覚えて彼と話したい、研究所だけではなく外の世界を見たい、もっと広い世界を知りたいと、そう願った。
彼女を不死身の生物兵器にしようというおぞましき野望に取り憑かれた老科学者が彼女に迫った時、彼女の父となる彼は彼女をかばい、親のぬくもりや愛情、正しき教育が必要だと必死で訴えた。それでも老科学者は野望に狂って力ずくで彼女を奪おうとしたが、彼女は『父親』を守りたい一心で無意識のうちに念動力や凍てつく冷気を研究所の中に放ち、邪悪なる老科学者を退かせた。彼らがゼロ・リジェネレーション細胞と名付けた『それ』が人智を超えた力を、彼女にもたらしていたのだ。
身をもってその事を知った『父』はなおさら彼女を兵器になどしたくないと決心し、友人夫婦とともに研究所から離れ、日本にある別荘に移り住むと『人造人間』にして『造られた命』である彼女を『人間』として、『娘』として育てることにした。
その時から彼と友人夫婦は彼女のことを既に受け入れていたのだ。そこでそれまで『No.0』と呼ばれていた彼女は『アデリーン』と名付けられ、2人の父と1人の『母』のもとでたくさんのことを学び、たくさん遊んで、時には自身に発現した力をコントロールできるようになるべく、訓練も積んで、自ら望んで改造手術も受けて、またある時には叱られることもあったが、アデリーンはそれが嬉しかった。自分を人外の存在と恐れることも差別することもなく優しくしてくれて、道を間違えたら叱って正しい道へと導いてくれて、常に自分のことを大切に想ってくれる人がいることが、何よりも嬉しかったのだ。
そうやってアデリーンはすくすくと育ち、いつしか落ち着いていながらも、明るく、優しく、聡明で、身も心も美しい女の子へと成長していた。この頃になると外見年齢も15歳ほどになっており、ハイスクールにも通い出し、順調に人生を歩み出していたのだが――。悲劇は突然に訪れた。
老科学者ギルモアによって完全に乗っ取られ、『ヘリックス』なる秘密犯罪結社と化した某国の研究機関が送り込んだ刺客によって父こと『浦和博士』と暮らしていた別荘が襲われ、彼はその刺客の一団によって殺されてしまったのだ。死の間際に浦和から彼の妻と実の娘と息子のことを託されただけでなく、「君の人生は君のもの。君は1人の人間なのだから、どんなことがあっても人間らしさを失うことなく、生き続けてほしい」――という願いを聞き届けたアデリーンは、悲しみを胸に刺客たちに立ち向かって葬り去ると、天に向かって慟哭した。
父だった浦和を喪った悲しみも冷めやらぬ中、彼を手厚く埋葬したアデリーンは墓前で別れと決意を告げると、浦和の友人にして名付け親でもあった『クラリティアナ』夫婦のもとに身を寄せて、浦和のためにもヘリックスと戦う誓いを立てる。
それを聞き届けたクラリティアナ夫婦は彼女のためにしてやれることがないかを模索し、その結果として邸宅の地下に必要な設備をすべて取り揃えた秘密基地を建造し、自らの意志で戦うことを決めた彼女の力となるために各種装備品や、彼女にしか装着できないメタルコンバットスーツの開発を行うと、彼女にそのすべてを授けた。戦う力だけではなく、愛情も温もりもそれまでと変わりなく、いや、それまで以上に深く愛した――。
心機一転してクラリティアナ夫婦のもとで暮らし始めると、アデリーンは引き続きハイスクールで青春を満喫し、後腐れなく卒業すると大学で新たな友人たちとキャンパスライフを存分に楽しんで、優秀な成績をおさめて大学を卒業。
ヘリックスが送り込むなり、人の心の闇につけこんで発生させるなりした『ディスガイスト』怪人が事件を起こすことはしょっちゅうだったし、たびたび友人たちが狙われることもあったし、彼らから拒絶されるのでは? という不安もなかったわけではないが、友人たちはアデリーンのことを拒むことなく受け入れてくれた。それからももちろん、いろいろあったが、それはまた別の話である。
◇◆◇◆
――そして、現在。
「ついて来ちゃった……♪」
金髪碧眼、透き通るような色白の肌と豊満な肢体、高身長、明晰な頭脳、絶世の美貌……。そのすべてを授けられた彼女、アデリーン・クラリティアナは、新たに友となった蜂須賀蜜月とともにフェミカジ系のコーディネートで服装をそろえて、今は亡き浦和博士の息子・竜平とそのガールフレンドの梶原葵のデート先である、都内の某大型ショッピングモールを訪れていた。今その入口の付近にアデリーンと竜平一行は立っている。
「な、なんで? どうしてですか? 来なくていいって言ったじゃんよ……」
「アヤメ姉さんにお願いされちゃってね。姉さんは駐車場で車停めて待っててくれてるから、荷物は姉さんの車のトランクに遠慮なく」
戸惑う竜平の前で、アデリーンはニコニコしながら説明していた。蜜月は後頭部で手を組んで口笛を吹いていて、葵は彼氏の困った姿を見てニヤニヤしている。
「それに、2人ともヘリックスの手先か、ヘリックスが発生させた怪人に襲われるかもしれないだろ? ワタシたちがそういう悪意ある何者かから、護ってあげようというわけですな。もちろん竜平っちと葵たんの邪魔なんてしないよ」
「蜜月さん……、アデリーンさん……! 助かります! ありがとう!!」
目を輝かせながら2人に礼を言う葵。「お礼はまだ早いってば」、と、蜜月は返す。
「それじゃあ、私たちは後ろからこっそりついて行かせてもらうから。2人でどうぞ楽しんできてちょうだい」
「えーっ!! 気が気じゃないよぉ……」
そんなにお節介焼かなくてもいいのに、とは思いながらも、竜平は気を取り直して葵と手をつなぎ、ショッピングモールの中をどんどん歩いて進んで行った。
「私たちも楽しんでこ?」
「ほんじゃま、どこから見て回ろうかね。あの子らと被らんようにしなくっちゃあ」
――……このバディもバディで、ショッピングを楽しむ気満々であった。




