FILE064:ワタシに惚れるなよ?
「なんやかんやありましてね……」
「そうだったのか……」
VIPルームで席を用意してもらってから早速、アデリーン、蜜月、虎姫による面談が行われた。秘書の磯村は彼女たちに茶やコーヒーを用意し、リクエストもうかがった。
「逃亡して来たとおっしゃられていたけれど、発信機の類は?」
「極悪クソジジ……おっほん! ギルモアに退職届を突きつける前に、あらかじめすべて外しておきました」
自身が持つガジェット類や武器をすべて虎姫の前に提出し、蜜月はドヤ顔をしてアピールする。以前彼女がクラリティアナ邸で見せた時と同様、ジングバズショット、バズソード、ハニースイートダガー、ブレスジェネレーター、ジーンスフィアのうち、完全にヘリックス製のものは2種のみである。イエローホーネットもヘリックスで製造されたバイクではない。
「えーと。……虎姫社長、今はそれらよりも『コレ』が最優先です」
「ヒメちゃん、私もこういうタイプのものは今まで一度も目にしたことは無いわ。ヘリックスの幹部たちが上位クラスの怪人に変身するために使うジーンスフィアとも、通常のジーンスフィアとも、外見や全体的な雰囲気が、まるっきり異なっているもの」
武器とガジェットを片付けて、次に蜜月が差し出したのは件の女王バチのジーンスフィアらしき何かだ。4隅にあるトゲのような突起や、表面に記された女王バチのエンブレムだけでなく、『王冠』を意識したエングレービングも入っていた。さしもの虎姫も、この未知のアイテムを前にしては動揺を隠しきれず、最初は信じられないような表情となり、アデリーンと蜜月を驚かせた。
「……す、すまない。ひとまず、当社で解析して、そのまま預からせていただきます」
「ありがとうございます……虎姫社長! 盗まれそうで心配だったのです」
妙に腰を低くして、蜜月は起立して、虎姫にお辞儀してから礼を言う。アデリーンは、「落ち着いて……」と呼びかけ、とりあえず彼女を着席させた。
「預かりついでに当社備え付けのラボをご案内しようと思うのだけど、アデリーンもどうかな?」
「ええ、せっかくだしお願いするわね。ミヅキ?」
「な、なによ突然?」
「くれぐれもスパイ行為なんかやっちゃダメだからね」
「ワタシは暗殺者であって産業スパイじゃあない」
――などと、話し合っているうちに面白おかしくなって、一同はほがらかに笑い合った。そこに磯村が涼しげに笑って追加の茶菓子を運んでやってくる。トレーを片手に、彼女たちが飲み終えたカップをテキパキと下げ、代わりに新たな茶菓子を置いて補充した。
「さすがはテイラーグループさんだ……。お茶もコーヒーもお菓子も天下一品」
「社長ご自慢のティーセットを使わせていただきました」
「そうなんですか、虎姫社長!」
「日々忙しいものでね、数少ない楽しみなんだよ。……ところで、堅苦しいのはこの際なしにしよう。わたしのことは、蜜月さんのお好きなように呼んでほしい」
(そっか。そうだよね……)
虎姫社長はつまり、社長としてではなく、そう見てほしいのだ。アデレードが彼女に対して親し気にそう呼んでいるということは、そういうことだ。ワタシが今までアデレードのことをそう見て来たのと同じように――。
「じゃあ、おトラさん……。ダメでした? あまり馴れ馴れしくしすぎるのも違うかなーって思いまして」
「悪くない……」
蜜月がダメ元で考えた名前を聞いた虎姫はしばし考え込み、そんな彼女をアデリーンと蜜月が不思議そうにのぞき込むが――。さわやかな笑顔と共に、虎姫はサムズアップで返した。つまりOKをもらえたというわけだ。
「やー、さっきはどうなることかと思ったよー! あだ名も気に入ってもらえて嬉しい……!」
「こちらこそどうもありがとう。ビジネス関係は多く作っていても、友達が少ないもので」
「彼女ね、こう見えてミヅキとお友達になれてとっても喜んでるのよ。うふふ」
「て、照れちゃいますね~……」
磯村も連れてVIPルームを出た一行は、他愛のないやり取りを楽しげに交わしながらビル内のラボへと案内してもらう。エレベーターで下のフロアへ降りて、長い廊下を抜けてラボがある区画へと移動した。そこは日本の科学技術の最先端を行く、SF映画もビックリの――夢のような景色だった。
「ここがテイラージャパンが誇るラボなのか……? すごーい!」
「ふっ、ふっ、ふっ……。テイラーグループの科学力は世界一ぃいいいいい! できんことはないっ!!」
感銘を受けている蜜月の前で威風堂々と笑ってからハイテンションかつ仰々しいリアクションで自慢したのは、虎姫――ではなく、なぜかアデリーンだった。当の虎姫は磯村ともども苦笑いしていた。
「ま、まあまあ。否定はしないけどね……。おほん。いろいろ見て回りたいと思うが、まずはわたしと磯村くんについて来てほしい」
「はい」
「驚かされてばっかりになると思うわよ~?」
「そ、それは楽しみだわな」
ガラス張りの廊下を渡る途中であれこれ目移りしながらも、アデリーンと蜜月は虎姫とその秘書・磯村にぴったりとついて行く。最終的にラボ内の事務室のようなところに辿り着いた。
「おかけになって」
虎姫が丁寧な口調と声色で呼びかけて、それを合図に一同が座る。ちょうど4人で四角いテーブルを囲む形になり、あともう4人ほど座れそうだった。アデリーンは蜜月と隣り合う席で、虎姫は自分の隣に磯村を座らせた。
「……じゃあ、このスフィアを」
蜜月が真面目な顔をして女王バチのエンブレムが記された謎のジーンスフィアをテーブルの上に出した。ほどなくしてラボの責任者と思われる白衣の壮年男性が入って来て、それをケースに入れて厳重に保管。彼は「我々が責任をもってお預かりします。解析もお任せください」と告げて部屋を出て行った。
「お虎さん、ここでもまた座ってお話を?」
「いえ、ただ単に小休憩というか……」
虎姫以外の全員が落胆し、磯村はずり落ちたメガネをかけ直す。蜜月は肩をすくめて、アデリーンはくすくす笑った。
「では今度はこちらへ……」
次は事務室から研究室へと移動することとなった。その研究室では虎姫から見ても信頼に値する科学者たちが作業へ熱心に励んでいた。
「失礼、片桐さん……」
片桐と呼ばれた、男性科学者が虎姫のほうを振り向く。生え際が危うく、メガネをかけていること以外は特筆するべき個性はなかった。アデリーンや磯村はまだしも、虎姫の近くに暗殺者である蜜月がいることに戸惑いを隠せずにおり、少し困った顔をしていた。
「しゃ、社長。本日はどういったご用件でしたか」
「さっき技術主任に女王バチのジーンスフィアらしきものを預けたのだが、君には別の仕事を頼みたい。こちらにいられる蜂須賀蜜月さんの持っている装備類をチェックして、かつ、より強力かつセーフティなものに仕上げてほしいのだ」
「なんだって!?」
「こっちのセリフですよ、おトラさん!?」
突拍子もなく仕事を頼みこんだ虎姫に、蜜月も片桐も変な声を上げてしまった。それを微笑みながらアデリーンと磯村が一歩引いた位置から見守る。
「これがバズソード、これがジングバズショット、これがハニースイートダガー、これがブレスジェネレーター、あとこのハニーカラーのスフィアですね……。じゃあ片桐さん、お願いします。みんなデリケートなんで、あまり変なところ触らないでくださいよ!? とくにジーンスフィアが一番危ないですから……」
「わ、わかってますわい! しばしお待ちください……」
「信用していいものか?」とは、疑いながらも蜜月は近くのカゴを借りて、バズソードやジングバズショット、ハニースイートダガー、ブレスジェネレーター、そしてスズメバチのジーンスフィアを思い切って預けた。片桐はそれを重たそうに持ち上げてほかの科学者が集まっている場所まで持っていく。仕事の依頼の内容を伝え、それぞれ持ち場に着くと設備とマンパワーをフル稼働させて、無駄のない手つきと無駄のない動きで分析・解析を行ない、パーツもひとつひとつ丁寧に追加・改修する。ジーンスフィアに関しては誤作動を起こさないように神経質なほど丁寧に扱い、データを回収。
「むうー。この様子だとさすがに今日中は無理だな……。すまないが、2人とも明日また改めて来てもらえるかい」
やけに難しい顔をした虎姫からそう告げられて、2人はそれぞれ帰宅。アデリーンは愛する家族に囲まれて、蜜月は1人寂しくも充実した夜を過ごした。
◆◇
――そして、翌日。蜜月の各装備とガジェットが、チューンナップを終えた。
「ぜー、はー、はーっ。我々が一晩でやりきりました。こちらになります」
ラボの事務室に集ったアデリーンたちの前に、かなりオーバーな感じで息を切らしながら片桐ら科学者一同が蜜月の装備をまとめて持ってきた。チューンナップされたことにより、大まかな外見や細かい装飾まで、何から何まで変わっていた。
まず、ジングバズショットだが、金色と黒を基調とした色調はそのまま、差し色として新たにダークレッドと紫紺が加わった。
次にバズソードだが、十字架を思わせる形状はそのままで、刀身が黒みがかった金色に変わっており、やはりダークレッドと青紫がアクセントとして追加されていた。
その次はハニースイートダガーだ。これについてはあまり変化は無いが、やはりダークレッドと青紫がアクセントとして加えられている。
最後にブレスジェネレーターだが、コンパスの針のようなパーツはそのままで、これもほかの装備と同様にダークレッドと青紫が使われていた。――なお、どれも金色の割合が増えていたが、いずれも配色のバランスを崩してはいなかった。
「な、なにい~~~~!? ワタシが長年苦楽をともにしてきたバズソードたちが、こんな風に生まれ変わるとはっ!?」
「えっとですね、名前も変えさせていただいております。剣は『テイラースレイヤーブレード』、銃は『テイラーキルショットヴァイザー』、ナイフは『テイラーハニースイートダガー』改、腕輪は『テイラーブレッシングヴァイザー』、と言った風に。また、『ゼノシウム』合金や『シルバリウム』合金と言った、我が社で使用している素材も使わせていただき、よりセーフティかつ、より強力に仕上げました」
「……ずいぶん自社アピールが激しいんですね。おトラさん」
「おほん!!」
少しだけボヤいたが、それはそれとして蜜月は1つずつ受け取って行く。ふと、1つだけ何か足りないと思った蜜月は、片桐に対して次にこう訊ねた。
「1つ質問いいですか」
「どうぞ」
「スズメバチのジーンスフィアはどこに行った?」
「蜂須賀さんのようなカンの良い人は嫌いです……なんて、冗談ですよ」
「でもこの場にないじゃないですか?」
片桐とテイラーは、『ブレッシングヴァイザー』へと生まれ変わったブレスレット型ツールを指差す。疑念を抱く蜜月はそのブレッシングヴァイザーを手に取るが――かつてジーンスフィアをはめ込むスロットとして使っていた部分を見ると、そこにスズメバチの紋章が描かれていた。蜜月だけでなく、アデリーンもそれを見て眉をひそめる。
「ヒメちゃん、これはいったい何がどうなってるのかしら……」
「わたしから話そう。もはやパワードスーツと言っても過言ではなかったホーネットガイストのボディのデータを、我々の技術でアデリーンが使用しているメタル・コンバットスーツとほぼ同様にカスタマイズを行なった。そして、蜂須賀さん専用に適応させてから、それを粒子化させてそのブレッシングヴァイザーの中に収納したのだ。その代わりにジーンスフィアは『消失』してしまったが……。データはすべて、ブレスレットの中の記憶領域に移植されたよ」
――やはり、そういうことか。返す言葉が見つからない。蜜月はそのブレッシングヴァイザーをそっと懐に片付けた。
「おトラさんも、片桐さんも、ありがとうございました。それで代金のほうは――……」
「結構だ。お代だなんてとんでもない! ヘリックスとの戦いに存分に役立ててほしいな」
そうして、蜜月は虎姫とお互いに良い笑顔をして握手を交わし、そのあとアデリーンも加えて3人で熱い抱擁を交わし、最後には磯村も加わって全員でハグした。――片桐はその輪の中に入れてもらえず、真っ白に燃え尽きた。
◇◆
「や~カッコよくなったな……元の色合いも好きだったが、これはこれで」
「変身してみて!」
テイラージャパンのハイテクビルを後にしたアデリーンと蜜月は街の中を散策しており、その途中でアデリーンは蜜月に持ち掛けていた。ブレッシングヴァイザーを用いて【減殺】し、生まれ変わったホーネットガイストの姿へと変身することをだ。そのために人通りがなく、街を見下ろせる高台まで移動していたのだった。
「もう、ホーネットガイストとは名乗れないな。新しくヒーローネームが必要だが、何がいいかな。レディ・スティンガー……いやそのまんまか……」
「ゴールドハネムーンなんてどう?」
「言うほどゴールドじゃないぜ? スラスターガール……って、これじゃやられ役になっちゃうブーン」
「ワスピー……これも愛されるけどやられちゃうわね」
「イエロージャケット……ってこれじゃヴィランだ」
ヒーロー活動をするからには、それにふさわしい名前を考えなくてはならない。いろいろ話し合ったが、一向に決まらず2人は首をかしげた。その果てに思いついたのは――。
「しゃーない。アデリーンの案を採用しよう」
「ワスピーのほう?」
「ちがわい。……まあ、見てて」
アデリーンの前でカッコつけた風な口調で言いきってから、蜜月は右腕にブレッシングヴァイザーを装着して、更に――『キルショットヴァイザー』へと生まれ変わったも銃型ツールも右手に握る。それまでのクセでジーンスフィアを取り出しそうになったが、「もうこの世にはないんだったな……」と、別れを惜しむような表情を浮かべる。左手でブレスレットの紋章部分をタッチした刹那、まばゆく光り出す――。
「【減殺】」
真正面にキルショットヴァイザーを構え、エネルギーを撃ち出したとき、蜜月の体は金色と紫の光に包まれた。瞬く間にホーネットガイストの姿へと変身したかと思えば全身に亀裂が入り、その下から――より禍々しくも、よりヒロイックに生まれ変わったメタリックゴールドとメタリックブラックのボディが姿を見せた。ほのかに紫色が混じった赤い複眼、マスクも歯牙がむき出しのものから無機質でヒロイックなものへと変わっていた。各装備と同じく差し色として新たに加わったダークレッドと青紫もその新生ボディを彩る。更に、どこか中性的な外見だった以前までとは違い、女性的な外見となっており、それを目撃したアデリーンは、よりスタイリッシュな印象を受けたのだった。
「かっこいい――」
「おいおい。ワタシに惚れるなよ?」
動作確認も兼ねて、蜜月は変身してその新生メタル・コンバットスーツをまとった状態でおどけてみせる。手も足も何も問題なく動かせたし、アデリーンはこうして喜んでいる。となれば、次に蜜月がやるべきことは決まっていた。
「ホーネットガイスト改め、【ゴールドハネムーン】。それがヒーローとしてのワタシの名だ!」
【黄金の蜜月】。それっぽく光魔法的なカッコいいポーズも決めてから、蜜月は背中の翅を展開させ、発光させると――アデリーンと手をつなぎ、そのまま空へと飛び出した。
「一緒に行こう! あんたとワタシなら、どこまでも飛んで行ける!」
「ええ、もちろん!」




