FILE063:隠されたクイーンビー
蜜月がクラリティアナ邸に立ち寄ってから数日後、彼女は単身、国外逃亡――もとい、海外に渡っていた。アデリーンと長い間敵対してしまったことへのせめてもの罪滅ぼしとして、宣言通りヘリックスと関係している裏社会の組織を壊滅させるためだ。
「はあ……。よせばいいのに、雁首揃えてこれだ」
今、彼女は香港の暗黒街に本拠地を構えているチャイニーズマフィアのもとにカチコミしていた。既に構成員たちはなで斬りにした後であり、残るはボス1人だ。顔は傷だらけのコワモテで、恰幅のいい体型、高そうなスーツを着ていて両手にはゴテゴテの指輪をはめていた。
「残るはあんただけだぜ。ダイサン・ゲーンのとっつぁんよ」
「は、蜂須賀! 貴様ぁ!?」
余裕綽々な蜜月はうろたえている『ダイサン』の机に右足を乗せて、サングラスを外してその蜂蜜色の瞳を見せる。顔は笑っているが、目は笑っていない。
「今更現れたかと思えば、このワシに逆らって組織をめちゃくちゃにしおってからに! いったい誰に依頼されたんじゃ!?」
「命令されたわけでも依頼を受けたわけでもない。ワタシ自身の意思だ。お前こそ、誰の命令で武器やドラッグの横流しやってた? え? ダイサン・ゲーンさんよぉ!!」
「へ、ヘリックスだ!」
「お、しゃべっちゃったね~?」
凶悪な笑みとともに彼女はダイサンを罵倒し、ビビらせた。小心者だったダイサンはおびえて椅子から転げ落ち、尻もちをついたまま後ずさりする。ここでジングバズショットを撃つ前に、彼女は脇に置いてあった金庫に目をやる。見た目がゴールドでダイヤルと入力式の電子ロックがかかっていた。怪盗ならぬ快盗のコレクションでも入っていそうだ。
「おーっと、まだ殺しゃしないよ~? あそこのキンキラ金庫のパスワードを教えろ。そしたら見逃してやらんこともない」
「だ、誰が貴様なんぞにイイイイィィ」
「どんな設定してたのかな~? 昔飼ってたネコちゃんの名前か? 別れた奥さんか? お前の生年月日か~!? ふふふふへへへへへへへへへ……!!」
狂気の笑い声を上げて、蜜月はダイサンを煽って行く。彼は恐怖に引きつった顔とともにようやくそのパスワードを言う気になった。
「ダイアン! 昔飼ってたネコの名前だ! 逃げられちまったがね!」
「……本当だろうなあ!?」
「う、う、嘘はついとらん!!」
「そっか~。撃たないでおいてやるよ……」
子どもをあやすような口調で相手の神経を逆なでした後、蜜月はダイサンが言っていた通りに金庫にパスワードを入力する。――フェイクとかではなく、ロックが解除されてすんなりと開いた。
「なんだよこの金庫、ステイタスがゴールドなのは見た目だけじゃんか。これじゃステイタス・メッキゴールドだな……」
その中に保管されていたのは『女王バチ』のエンブレムが入った、4隅にトゲのような飾りがついた黒と金色に光り輝く球体。ジーンスフィア――に見えるが、もっと別の何かにも見えるものだった。
「ふーん。きれいじゃんよ。これ使って何しようとしてた?」
「知らんわバカめ! そいつは貴様が使いこなせるものではない! 貴様ごときが持ち出したところで、単なるガラクタにしかならんわい!!」
その時だった。蜜月が懐に忍ばせていたスズメバチのジーンスフィアと、女王バチのジーンスフィアと思しきものが『共鳴』するように光を放ったのだ。それは、たいていのことでは動じない蜜月も目を見張るほどの現象だった。その隙に逃げようとしたダイサンだが、蜜月は逃がさず撃って牽制する。
「どういうことだ……? ワタシと、このジーンスフィアっぽいものは、センチメンタリズムな運命的なもので結ばれてたとでも言うのか?」
奪取した女王バチのスフィアと思しきものを自分のポケットに収納し、蜜月は冷め切った顔をしてじわじわとダイサンへと接近し、追い詰めて行く。――と、そこで撃った。
「ぎょえええええええええ!? ウソをつきおったな、見逃してやるとか言っとったくせにッ!!」
見苦しく、厚かましいダイサンのその言動に蜜月はため息を吐く。
「――自分を知れ。なぜそんなおいしい話があると思った? ……お前のような人間に……」
銃声が響いたその時をもって、ダイサン・ゲーン率いる香港系マフィアは壊滅した。
◇◆
「まだかなー」
その翌日、アデリーンは青いデニムのパーカーと黒っぽいジーンズという服装をして、都内のとあるカフェにて待ち合わせをしていた。気になるその相手は――蜂須賀蜜月である。SNSアプリに彼女から「日本に帰国する」というメッセージが入っていたのだ。先にカプチーノとベリーチョコレートケーキを注文して、食べずに待っていると――。
「お待たせ~! ずいぶん待たせちゃってごめんよ」
「ミヅキ! ちょっと見ない間にド派手になっちゃって……」
件の蜜月がやってきた。いつもの黒いサングラスを中華風のサングラスに変えて、服装は青色の派手派手なアロハシャツにベージュ色の長ズボンと目立ちまくるもので、ブーツだけいつもの黒いブーツだった。どちらかと言えば寛容なほうであるアデリーンも、親友となった彼女のこのような格好には苦笑いせざるを得なかった。
「オシャレ番長だって思ってたのに……」
隣に座って早々にアメリカンコーヒーとシフォンケーキを注文してきた彼女に、不機嫌そうにアデリーンはぼやく。「む~っ」と、蜜月は少しだけへそを曲げた。
「ま、ファッションは置いといて……。大きな声じゃ言えないけどね。宣告通り、海外に行って8、9つほどヘリックスと関連のある裏社会の組織を壊滅させてきた。ワタシなりにケジメをつけて、償いをするためだ。そのうちの数件は現地の警察やFBIとも協力し合ったよ」
シフォンケーキをフォークで切り分けて口に運ぶ前に、蜜月はすました顔でそう語った。ケーキ自体はとてもおいしそうに味わっており、アデリーンは少しだけ分けてもらい、お返しに自身のベリーチョコレートケーキも、ひと口分を蜜月にシェアした。どちらもとろけるほどの美味だったようで、2人とも至福の表情となっていた。
「しかし……ホントにやってのけたわね」
熱々のカプチーノを飲んでからアデリーンが言う。このコーヒーの苦みとケーキの甘みが口の中で交わる瞬間がたまらないのだ。
「えぇ!? て、てっきりきつ~く、お叱りを受けると思ってたが……」
「本来ならば、私がやらなければならない事だったのよ。それをあなたがやってくれたんだもの」
バツが悪そうにしていた蜜月だったが、裏社会の組織を潰した件についてアデリーンが気にして、余計に嫌な思いをするだろうと判断すると気分を切り替えることに決める。
「……すまんかった。さて、得られたものはおみやげだけじゃないよ。写真も~……ほれ」
「こ、これは……!」
蜜月は、帰国までに密かに撮っていた写真を見せた。例の女王バチのジーンスフィアと思われる、球状のアイテムが映っている写真だ。一瞬驚いたアデリーンだが、彼女も彼女で切り替えが早く、すぐに落ち着いた。
「――それ、テイラージャパンに持って行かない? 解析・分析してもらえば何かわかるかもしれないわよ」
「テイラーだって……? あの世界レベルの大企業の?」
「あら。私の出生については知ってた割に、私とテイラーグループの間に関係があったのはご存知なかったのね?」
「し、知ってらあ。ワタシはあんたの大大大大大ファンだったのよ。そのくらい調査済みよ」
「お芝居が上手かった割にウソをつくの、下手ね」
「なにー!? あんたのママのコピー造って目の前で殺してやろうか!?」
「……すわよ、ミヅキ……」
「ご、ごめんなさい。バリバリ言いすぎた」
「別にいいのよ。気兼ねなくブラックジョークも言い合える仲になれたんだし」
「じょ、ジョークに聞こえなかったよーな気がしたんですが……アデレード?」
大事な話なので、周りの客に迷惑をかけないよう小声で話し合う2人。完食し終え、会計も済ませると店を出て行く。そしてアデリーンは青と白のマシンブリザーディアに、蜜月はメタリックイエローと黒のボディのイエローホーネットに乗り込んだ。なお、蜜月はふざけた格好からブランド物のスーツに着替えていた。ネクタイは薄い金色、シャツはいつもの紺青色である。
「――改めまして。あんたのファンはもうやめる」
「え?」
「これからはバディだからね」
「うん。そうね……」
「それじゃ、一緒に行こう。テイラージャパンさんまで」
そうして2人はテイラージャパンがある吉祥寺まで移動。やはりと言うか警備員から驚かれたが、そこはアデリーンと蜜月がなんとか説得して駐車場に入れてもらい、秘書の磯村たちにもしっかりと事情を説明すると、VIPルームまで案内してもらった。今でもそこに社長である彼女――虎姫・T・テイラーはいるようだ。
「ヒメちゃーん」
「わかっちゃいたけど、妬けちゃうな……」
VIPルームの重い扉を開いて、アデリーンは愛称で彼女の名を呼ぶ。蜜月はふくれっ面をしていたが、虎姫の前に姿を見せる頃にはシャキッとした。
「やあ、アデリーン……っ!?」
一応彼女はこの件については把握していたはずだが、それでも、目の前にご本人様が現れたとなっては、そうやって驚くしかなかった。日本で一番腕が立ち、日本で一番金のかかる暗殺者がアデリーンの隣に立っていたからだ。
「虎姫・T・テイラー社長……ですね」
「連絡を聞いた時は冗談だと思っていたが、どうやら本当だったようだね……。蜂須賀蜜月さん」
「びっくりさせてしまって申し訳ございません。――よろしくお願いします」
緊迫感から、虎姫は少しだけ汗をかいていた。蜜月は別にプレッシャーとかは放ってはいなかったため、逆に困っていたのだが――。




