FILE060:おかエリス!フェイに会いに行こう
3日後の朝、アデリーンが部屋のベッドで目を覚ました。上の段のベッドだ。下の段で眠っていたのは――落ち着いた色合いのブロンドとライトブルーの瞳をした、彼女の妹のエリスである。こういう形で2段ベッドを活用してもらえたのであれば、天国に旅立ったカタリナとしても本望であろう。
「エリス~、もう朝よ。起きて」
「ね、姉さん……あと5分だけ」
気持ちはわかるが、と、アデリーンはエリスを起こして引っ張り出す。そして2人仲良く部屋を出ると階段を降りてリビングへ行く。
「おはよう父さん、母さん」
「おや。アデリーン、エリス、起きたのかい」
「2人がいると毎日にぎやかでいいわね」
と、起きてから早くも家族団らんの時間を過ごす。リビングのテーブルを4人で囲むだけでこんなにも変わるものだ。今朝のメニューは、マカロニサラダとハムエッグと味噌汁、そして白飯である。
「いただきます」
食事の前に、手を合わせて感謝を込めるのは欠かせない。格式ある伝統は、守らねばなるまい。
「それで今日はどうするんだい?」
「ミヅキさんが退院できるらしいので、彼女がいた病院までお見舞いに行こうかなって」
「あ、エリス? それなんだけどね、私お見舞いじゃなくてミヅキのおうちまで行こうかなって思うの」
エリスとアデリーンはそれぞれ今日やりたいことを述べたが、どちらも方向性が似ているようで異なっていた。
「け、けど日本一の殺し屋のおうちなんだろ。大丈夫なのかい」
「ミヅキが匿ってた人を守りに行くんですよ。彼女が安心して退院できるように」
心配してくれたダンディな義父・アロンソにアデリーンがフォローを入れる。蜜月については心配はいらないというニュアンスも含まれていた。続いて彼女はのんびりご飯とおかずを食べていたエリスに目を向ける。
「ねえ、エリス。ミヅキに会うのはもう少し落ち着いて余裕ができてからにしましょ」
「けど私、ミヅキさんにもう一度くらい会っておきたいです」
「あなたはヘリックスシティの研究施設を抜け出したばかりだし、しばらくはゆっくりしてもいいと思うの。母さんからも言ってあげて」
「そうよエリス。ここはアデリーンの言うことを聞いてあげてくれないかしら」
少し考えて、しっかり噛んだご飯とおかずを飲み込んでからエリスは答えを出す。キリッとして笑っていた。
「わかりました。姉さんと母さまからそう言われたんじゃあ仕方ないですよね。私待ちます」
「よろしい。いい子にしててねエリス」
サムズアップしてOKサインを出す。その後朝食を食べ終えたアデリーンは洗顔も終えて、支度を整えていた。
「それじゃ、アロンソ父さん、マーサ母さん、エリス、私はこれからミヅキが住んでるマンションまで行ってきます」
「気をつけて行っておいで! 危なくなったら連絡してくれよ!」
父からの頼もしい言葉に頷き、お互いに笑顔で見送ってもらうと、アデリーンは外に停めてあったブリザーディアを駆って、テイラーグループが経営していた病院で蜜月から渡されたメモ用紙に書かれた通りのルートを辿って彼女の自宅がある高級マンションへと向かった。
「ここがあの女のハウスね……」
駐車場でバイクを停めてヘルメットも脱いだアデリーンは独りでそうつぶやいて、蜜月が住んでいる階層まで移動する。
「フェイさん、いるかしら……。実はヘリックスのスパイだったりとか、さらわれたりなんかしてなかったらいいんだけど」
少し不安な顔をしてインターホンを押して鳴らす。ちょっと待っているうちに彼女は出た。
「はーい。……あっ!」
編み込まれたプラチナブロンド、ヘーゼル色の瞳。白い肌。――彼女こそ、蜜月がフェイだ。
「アデリーン・クラリティアナさんですよね? 蜜月さんが言ってた……」
「あなたがフェイさん?」
「そうです。はじめまして」
「……はじめまして~! 良かった、あなたに会えて……」
「わたくしもなんです! ささ、上がって上がって」
緊張も解けたことだし、と、2人はすぐ打ち解けて中に上がった。もちろん施錠はしっかりしてある。
「話は蜜月さんがあなたとの決闘に赴く前に聞いていました。何かあったら、アデリーンさんを頼るようにも……」
「なら話は早いわね。私はミヅキが安心して退院できるように、あなたを護衛するためにここまで来ました」
豪勢な内装で、整理整頓も抜け目なくきっちりしていた蜜月の自宅内を見渡して、驚かされながらもアデリーンはフェイと大事な話を続ける。フェイはアデリーンのあまりの美しさと恵まれすぎた体型に思わず、見とれてしまっていた。
「今日からは私も、フェイさんが何事もなくご家族のもとに戻れるようにサポートをさせていただきたいと思っています」
「ありがとうございます!」
「あなたはとっても幸せだと思いますよ。ミヅキがいて、私もいて……」
ここでアデリーンはフェイの家族に変わったことがないか、少しだけ心配になった。アデリーン自身はもちろん、蜜月を敵に回してしまったときの恐ろしさはヘリックスも知っているだろうから、下手に手を出せないだろう。――とは思うが、無事であることを信じたいアデリーンだった。
「そうだ。ダンス教室に通われていたとは、病室でミヅキからも聞いていたけど。フェイさんは他に何かやっておられたかしら?」
「蜜月さんと暮らし始めてからは時々、児童養護施設まで遊びに行かせてもらったりしてました」
「施設のお子さんと遊ばれたりとかしてたの?」
「はい」
「ちびっ子って見てるだけで癒されるのよね~」
フェイからあれこれ聞かせてもらっている中で、両手を頬に当ててアデリーンが語った。フェイの目にはそんな彼女が母性的に見えた。
その時、施錠した玄関のほうからインターホンの音もなしに、ガチャリと鍵を開ける音がした。
「たっだいまー! 各務先生にここまで車で送ってもらえちゃったよ」
2人にとって聞き覚えのあるハスキーボイスだ。呆気に取られていたが、あることを確信してそのまま待っていると、カジュアルかつフェミニンな格好をした、紫がかった黒髪で瞳が蜂蜜色をしていた女性がリビングに入って来たのだ。
「……ミヅキ!」
「お帰りなさい!」
すっかり全快して帰ってきた蜜月のことを、アデリーンとフェイは暖かく出迎えた。
「へへっ、何よ。2人して粋なことしてくれちゃってさ」
別に涙を流していたわけでもないのに、蜜月は感極まったかミツバチがプリントされたハンカチを取り出して目の周りを拭きとった。もちろん、彼女も笑っていた。




