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【5th anniversary!】アデリーン・ジ・アブソリュートゼロ  作者: SAI-X
【第9話】ワタシたちのスタート
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FILE057:やめさせてもらいます


 翌朝のことだった。――あれから結局、蜂須賀蜜月はヘリックスの本拠地である改造実験都市・ヘリックスシティへと戻っていた。暗雲が立ち込める空の下にあるその悪の本拠地然とした機械的なその都市の最上階、そこに点在する玉座の間を訪問するために中心部へと向かっていた。


「は、離してください!」


「あたしたちに乱暴しないで!」


「いいからついて来るんだ!」


 が――その途中、研究者や黒服たちにどこかへ連れて行かれそうになっている外見は20代前半に見える女性と、ハイティーンに見える少女の姿を発見。放っておけなくなった蜜月は眉をひそめ、接近を試みる。


「おい、やめろ! 嫌がってるだろ?」


 暴力を振るおうとした黒服の男を締め上げ、見るからに怪しい雰囲気の研究員の腹部にもキックを入れて黙らせた。そしてブランドスーツと黒コートについたホコリを払う。


「き、貴様は蜂須賀! 敗北して帰ってきたよそ者が何の用だ……」


「命のやり取りやってるわけでもないのに、大の男が女相手に暴力振るってんじゃないよ。みっともないからさっさと消えな」


 研究員らの暴挙に苛立ちながらそう言って、追い払うと連行されている最中だった女性と少女の前で笑顔になり、ひとまず安心させる。


「ありがとうございます……」


「いいってことよ。で、お嬢ちゃんたち、お名前は?」


 この出会いにセンチメンタリズムな運命を感じた蜜月は、玉座の間に行く前に彼女らの話を聞くことにする。まずは研究員や黒服のメンバーに見つからないと思われる物陰に移動することに決めた。

 まず、大人っぽいほうは背が高く恵まれた体型の持ち主で、髪色は落ち着いた色合いのブロンド、瞳の色はライトブルーだった。顔つきは絵画や人形のように美しかったものの、どこか憂いを帯びている。

 彼女よりも年下の少女のほうは、プラチナブロンドのショートヘアーで、瞳はワインレッド。肌は透き通るような白さで、スレンダー体型だった。

 どちらも奴隷が着るようなみすぼらしい格好をさせられていて、不憫に思って着替えさせようと思ったが、「ここは彼女らのためにも我慢だ……」、と、蜜月は自分に言い聞かせる。名前について聞かれると2人は視線を合わせ、少しの間考えて無言になった。しゃべり出したのは時間が経ってからだ。


「『エリス』と呼んでください」


 そう名乗ったのは外見年齢が20代前半のほうだ。蜜月は腕を組み、ちょっとだけ鼻の下を伸ばしたが、咳払いしてうまくごまかした。


「あたしは……『ロザリア』と言います」


 年下で外見年齢が14~15歳相当の彼女はそう名乗った。この2人を見比べてみて、いったいどういう関係なのかと疑問に思い、思考を巡らせる蜜月だったが――その疑問はすぐ解決することとなる。


「エリスにロザリアね。ワタシは蜂須賀蜜月、殺し屋だがあんたたちの敵ではない。よろしく頼むわ」


 2人と順番に握手を交わす。ほのかに温かみを感じ取った。――自身にとどめを刺さず、救ってくれた『彼女』と近しい雰囲気も。


「いきなりでなんだけど、あんたたちはどういうご関係?」


「姉妹です。この子……ロザリアは末っ子で、私とはこのように歳も離れてて」


 こくり、と、ロザリアが頷く。


「そういうエリスは何番目かな?」


「私、エリスは次女かな……」


「え? ()()じゃなくて?」


「意外でしたか?」


「だってあんた、しっかりしてそうに見えたよ」


 これはいったいどういうことなのか。長女は誰なのか、そもそも親はいないのか? 蜜月はアゴに手を当てて訝しんだ。これから親睦を深めて、楽しい時間を過ごそうとした矢先のことだった――。


『実験体No.1とNo.13は見つからないのか!?』


「はっ! 申し訳ございません! 先ほど蜂須賀がウチの研究員たちに襲いかかって来て……」


「隠れろ!」


 近くでヘリックス構成員の声がした。エリスとロザリアをかばいつつ、彼女たちに近くにあった箱やドラム缶に身を隠すように指示する。2人とも素直に従って、自分から隠れた。蜜月は見張りのためそのまま残る。


『なにい! 貴様らの班は何をやっとるか! 早く探し出して捕まえろ! でなければワシの首が飛ばされてしまうのだぞ!!』


「ははーッ!」


 上司からこっぴどく叱られた構成員の1人が素通りする。蜜月が近くでエリスとロザリアをかくまっていることには気付きもしなかったので、蜜月はそれを笑った。だが警戒は怠らない。


「いたぞ! 蜂須賀、敗北者のお前がそこで何やってる!?」


「ハァ、ハァ……、敗北者……?」


「乗らないでミヅキさん! 戻って!」


「冗談だよっ」


 見つかった――。頭上からだ。建物の屋上から、ライトを持った黒服の男や研究員たちがしきりに罵声を浴びせてくる。嫌な気分だ。更に背後から簡素な見た目をした戦闘員・シリコニアンまでぞろぞろとやって来た。蜜月は苦虫を噛み潰したような顔をして、手を上げて観念する。――表向きは。


「……別に何もやっちゃいないよ。アデレードに負けて悔しかったからたそがれてただけだ」


「ウソをつくな。近くにNo.1とNo.13がいるのはわかっているのだ」


「ワタシには何のことやら。皆目見当もつかない」


 上手くごまかし続けるも、ふとしたその時、シリコニアンのうちの1体がエリスとロザリアを発見してしまう。


「グルグルッ! 思った通りだ。またラボから逃げ出しやがって、実験体の分際でぇ! グルルーッ!」


(ラボ? 実験体? 逃げた……? さっきもあの子たちのことをナンバーで呼んでいたが、まさか――)


 悪寒がしたが、これ以上触れたら危険だ。見捨てるわけにも行かない。蜜月はジングバズショットを取り出して、自分にホールドアップをさせたシリコニアンのうちの1体を銃殺する。前転しながら、ほかのシリコニアンたちは一網打尽にし、他の研究員や構成員も気絶させた。そしてエリスとロザリアを奪還する。


「あぶねーとこだった……」


「ミヅキさん、これからどこに?」


「悪いけど、このあとギルモアのジジイに用があるんだ。ちょっと付き合ってくんない? その代わりワタシがあんたたちを守るから」


 おどけている蜜月から持ち掛けられた時、難しい顔をしてエリスもロザリアも一瞬だけ考えたが、すぐに考えるのを終えた。


「わかりました、あたしもエリス姉様もミヅキお姉さんについて行きます」


「……よしっ。殺し屋のお姉さんに任せな」


 そして実験体と呼ばれた姉妹をお供にして、蜜月は逃げも隠れもせず最上階へ堂々と向かう。コソコソしたほうがいいのは頭ではわかっていたが、正面突破できるだけの力や技量、知力が彼女にはあったのだ。


「ドラァ!!」


 SF映画を連想させつつも禍々しい内装が施されている廊下を抜けて、カチコミをかけるヤクザのように玉座の間への扉を乱暴に開くと、突入。周囲にいたヘリックスのメンバーらが騒然となっている中で、蜜月は実験体の姉妹を守りながら闊歩する。目標は玉座でふんぞり返っている総裁――白いヒゲを生やしたマスター・ギルモアだ。


「蜂須賀――。No.0に敗れて、おめおめと逃げ帰って来た貴様が、今更この我に何の用だ」


 ギルモアから開口一番にそう言われて、罵られたことを意に介さないどころか、蜜月はあることに気付き始めていた。もしや、エリスとロザリアは、No.0ことアデリーンと何か関係があるのではないか、と――。


「自分からは絶対に動かず、いっつも部下に丸投げするくせによく言うよ、欲ボケジジイが。用件を話してやってもいいが、この子たちには手を出すなよ?」


 蜜月はいつもの不敵な笑みを浮かべて物怖じせず言い切った。言われたそばから手を出そうとしたシリコニアンをノールックで撃ち抜いて撃破し、エリスとロザリアを守ってもみせた。次にギルモアの玉座に通ずる階段を上がり、ほかの幹部メンバーが戦々恐々としている中で――彼女はあるものをギルモアに差し出す。それは封筒に入っており、封を破って取り出す。


「貴様、これはいったい何の冗談だ?」


「うぇへへへへへへ……」


 封筒の中身を見たギルモアは表情を歪ませ、蜜月をにらむが彼女は腰に空いた左手を当て平然としている。それもそのはず、蜜月が出したのは――。


「えー、あなたほどの大科学者が見て分からないとおっしゃるんですか? 本日付けで辞めさせてもらいます。契約解消につき、殺し屋さん10周年記念キャンペーンのお得なセールもこれにて終了ということで」


 退職届だったのだ! 誰もが目を見張って腰を抜かし、ギルモアは唇を噛みしめて血走った目で蜜月をにらみつける。蜜月はわざと慇懃無礼な口調でしゃべってあらん限りにギルモアを煽った。更に玉座の手すりに右足を乗せて、ギルモアに顔を近付けて行く。人相が魔王のように凶悪な相手だろうと、恐れることなく蜜月は笑っている!


「では貴様は、この我に逆らってヘリックスのすべてを敵に回すと言うのだな!?」


「……出て行く前にこれだけは言っといてやる。あんたたちはアデリーン・クラリティアナを鹵獲して不死身の兵器にすることも、ビッグガイスターの設計図を突き止めてパーフェクトに仕上げることもたやすいって思ってるんだろうが、無理だね。無理無理の無理! あの子を人形だの、人間もどきだの、バケモノだのと見下して、尊厳を踏みにじって、あまつさえ常に人をなめくさっているあんたらみたいなクソカスの集まりじゃあ無理だ。どこかで破綻するね」


 ギルモアをひたすらまくし立てる蜜月を見守っているエリスとロザリアは、その中に聞き覚えのある言葉が混ざっているのを逃さなかった。蜜月自身も先ほどのように薄々、分かってはいたが今は他に先決するべきことがあった。


「それにあんたたちはなぁ、仁義とか誠意とかクソ食らえって思ってんだろ。とくに妖怪ジジイ、お前だよ。どうせ、自分以外のすべては使い捨てでいくらでも代わりが利く道具でしかないって考えてたろう? ――だからワタシは裏切ることに決めた。ワタシ自身の信念のためにな」


 ずっと意地の悪い笑顔のままギルモアを罵倒していた蜜月だったが、ここで急激に冷め切った表情を見せて右足を下ろす。隙を突かれないようにギルモアの座す玉座からは迅速に飛び降りてエリスとロザリアをかばった。


「蜜月、あなた……」


 エリスとロザリアをかばいながら激しい銃撃戦を繰り広げる蜜月。そんな中でメガネをかけたウェーブヘアーの美女――キュイジーネが心配して声をかける。そのバストは豊満だった。


「ごめん、キュイジーネ。あんたのことは好きだったけど、これ以上あんたと一緒にはいられない」


 そう言ってキュイジーネに顔を見せて返事すると、彼女はタランチュラ男こと雲脚の左肩を撃つ。去り際にキュイジーネに少しだけ振り向いて、すぐ前を向いてその場から脱出した。


「ええーい、この役立たずどもめが! No.1とNo.13をひっ捕らえろ! そして、裏切り者の蜂須賀蜜月を処刑せよ!!」


「ハイル・ヘリックス! ハイル・ギルモア!」


 部屋中に響くギルモアの怒号。彼らが総裁に向けたシュプレヒコールは勇ましく見えて、その実、恐れおののいていた。


「どいたどいたッ!」


 エリスとロザリアを引き連れて逃走中の蜜月は、必死に追ってきた戦闘員たちを片付けて先へ先へと進む。市街地まで出て追っ手の戦闘員を銃撃や斬撃、たまに毒攻撃で片付けるとイエローホーネットを呼び寄せる。どこからともなくそのメタリックイエローと黒のバイクが現れた。


「時間もないし、2人とも、どっちがワタシと一緒に乗りたいか決めて。言っとくけどワタシ、ターボでぶっ飛ばすからね。すんごい危ないからその点も考えて、よろ」


 だが、ひとつだけ問題があるとすれば、イエローホーネットには両方は乗せてやれないということだ。エリスかロザリアのどちらかと相乗りはできても、もう片方は乗せられない。


「あたし飛べます」


「え?」


 その時、ロザリアは背中から炎を燃やし、炎でできた翼や尾羽を展開する。まるで不死鳥だった。蜜月はその美しさに衝撃を受けて目を奪われ、エリスは心配そうに妹のその姿を見つめる。


「……決まりだな。さあ乗って」


「怖くなかったのですか?」


「常識が通用しないのは、裏社会で嫌って言うほど見てきたよ。ロザリア! 飛んでる最中にものにぶつからないようにね」


「もちろんです!」


 しかし切り替えの早い蜜月は、驚いている場合ではないと見とれるよりも逃げることを優先した。アクセル全開でイエローホーネットを走らせる。


「うあああ、かつてないスピードを出しちまった! ワープドライブシステム起動だッ!」


 適当なところでイエローホーネットに備わったそのシステムを使用し、淡い青紫の光をまとって走り出し、ワームホールを目の前に開く。今までもこうやってアデリーンの前に突然姿を現したりなどしていたのだ。


「はあ、はあ、バカめ……。そう簡単に逃げきれると思ったら大間違いだ!」


≪タランチュラ!≫


 その時、左肩を押さえながら追ってきた雲脚と部下の戦闘員たちの姿が! 怒り狂っている雲脚は青色でタランチュラのエンブレムが記されたスフィアをねじり、英語の電子音声が発せられると共に青黒い不気味なスモークに包まれて、6つの目をギョロギョロうごめかせる異形の毒グモ怪人へと姿を変えた。


「シェーッ! シェエエエエエエエ――ッ!!」


 背部のクモの巣状の後光型発電器官を発光させると、両腕から電気を発するクモの糸を飛ばした。蜜月たちを拘束してそのまま幽閉あるいは処刑するつもりだ。


「まずい! 避けるぞ!」


「きゃっ」


 バイク大の小型ワームホールを開いてワープする直前、ロザリアがその糸に絡め取られてしまった。


「しまった……ロザリア――ッ!?」


 ワープを中断して引き返そうとしたが、蜜月の背にしがみついているエリスはそれに反対した。せめて一矢報いたいと思った蜜月は、自身の無力さに怒り、悔しさから唇を噛み締めて、タランチュラガイストをもう一度だけ撃つ。そしてワームホールは閉じられた。


「ダメです! あの子ならきっと大丈夫だから……ミヅキさんは前に進んで!」


「ッ! ……入れ込みすぎるのはワタシも同じか……」


 できることなら助けたかったが、エリスの思いを無駄にするわけには行かない。負い目を感じながらも止まることなく、そのまま蜜月は突っ走る。ワームホールの中の空間のほころびを抜けて飛び出した先は、何もない原っぱだ。着地させ、エリスもしっかり掴まっていることを確認するとワープドライブは終了させてそのまま市街地を目指す。


「逃がすな! ヘリックスオートバイ部隊出動!」


 その時、あらかじめ蜜月を追って現れた赤黒いレザーファッションの男性幹部・禍津が、丘の上でインカム越しに指示を出した。オートバイに乗ったシリコニアンたちが一斉に現れ、更には巨大な装甲車も1台お出ましだ。その装甲車には、右目が機械化された赤褐色の体のイヌのようなディスガイストや、植物のツタのようなディスガイスト、半身が機械化されたハトのようなディスガイスト、金属の骨格が一部むき出しになったカマスのようなディスガイストが乗っていた。


「殺せ! 捕まえろ! No.1さえ捕まえられたら、蜂須賀の生死などどうでもいいのだッ! フハハハハハハハハ!」


 荒野に禍津の邪悪な高笑いが響く。必死にバイク・イエローホーネットをを走らせていた蜜月や、彼女に抱きつくように掴まるエリスの耳にもその声はしっかり届いていた。


「マガっさん!? くそー、むちゃくちゃやりやがる! エリス! しっかり掴まってろよ!」


「はい……!」


 ――途中、自動運転モードに切り替えてエリスを護衛し、追手と銃撃戦を繰り広げながら、蜜月は必死で逃げ続けたのだった。

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