FILE052:決闘前のジレンマ
「たあっ!!」
バンブルビーガイストからタックルされて、後ずさるアデリーンだったがひるまずに一太刀浴びせて敵の翅を切り落とし、火花が飛び散る中で更にムーンサルトと刺突を繰り出す。これで翅を振動させてからの衝撃波を起こすことはできなくなった。
「クソがあ! クマンバチのスフィアは強めのジーンスフィアではなかったのか……!」
責任を転嫁するような言い方をしてから、バンブルビーガイストはジャブとストレートを繰り出すがアデリーンにはいずれも見切られ、力を溜めてからの袈裟斬りを受けてビルの壁を貫いてそのまま落下する。アデリーンは落下中に一回転してからカカト落としを繰り出し、そのままバンブルビーガイストを追撃して地面に激突させる。大きく窪みが出来てバンブルビーガイストはしばし、うめいた。
「スペックや殺傷能力自体は高いようだけど、結局はそれ頼みね」
これは長所を評価しているのではない。クマンバチのスフィアを用いて変身した殺し屋のことを、皮肉っているのだ。
「俺が弱いとでも言うのか? この……ダボがァ!!」
「本当に強い人ならば、こんなことはしない!」
逆上し、窪みから飛び上がってきたバンブルビーガイストに至近距離で輝く吹雪を浴びせ、凍らせてから滅多斬りにする。ダメ押しで回し蹴りと延髄切りもぶちかまして火花や氷の粒を飛び散らせる。ガクガクと震わせながら起き上がるバンブルビーガイストの首をつかむと、アデリーンは再びビームソードの先端を突きつけた。
「観念しなさい!」
「い、嫌だね! お前さえ生け捕りにすれば俺の名も上がると言うものだ! 賞金だってたんまり入ってくるぜ……!」
それを聞いてアデリーンは黙って斬りつけ、膝蹴りを思いきり食らわせた。地中からツララも生やして貫き、突き上げて転倒させる。更に右腕と一体化した巨大アイスピックも切断して爆破した。
「ちきしょう……あっ!!」
その時、バンブルビーガイストの目に必死で逃げる2人組の姿が目に留まる。竜平と葵だ! アデリーンもそれに気付いて止めようとするが、バンブルビーガイストは卑怯にも足払いをかけてアデリーンを一瞬転ばせる。その隙に竜平と葵を捕らえて人質にした!
「ブブブン! ブブブンッ! 動くんじゃねえ~~~~~~~ッ! No.0ォオオオオオ!!」
また生えてきた巨大アイスピックをあてがって、脅迫する。どこまでも汚い彼の卑劣さに憤るアデリーンは左手にブリザラスターを召喚し、銃口を向けた。その手は一切震えていないし、仮面の中では汗1つとして流していない。
「いいのかあ!? 俺様を撃ったらこいつらの命もねえぞ! あ゛ぁッ!? 大事な人を失いたくなかろう! 撃てるもんなら撃ってみやがれ! グワハハハハ!!」
「お、俺たちのことはいい!」
「助けてほしいけど、でも……構わず撃ってください!」
恐怖と戦いながら人質にされた2人が叫ぶ。次の瞬間、アデリーンは――撃った。バンブルビーガイストだけを正確に撃ち抜いた。撃たれた箇所が徐々に凍てつき、バンブルビーは苦痛にあえぐ。竜平も葵も心臓が止まりそうになったが、耐える。心の中ではアデリーンなら必ずやってくれると信じていたからだ。
「ブゲェ! い、いいのか!? こっ、これ以上撃ったら今度こそこいつらの命はないぞ! いいのかあああ!?」
「……………………私に人質なんて通用しないわ」
今度は右肩を撃って2人を解放させた。そのまま駆け寄ったアデリーンは、2人の方を向いて仮面の下で微笑みかける。2人からは見えなかったが、彼女が安心させようとしてくれたことは伝わった。気を取り直し、アデリーンは敵にブリザラスターを向ける。
「うがああああああ! お、お前さえ捕らえれば……1億はくだらないって言うのによおおおお……! な、なめやがって……!」
ダメージが大きすぎたためついに変身解除。変身していたのは、アデリーンたちは見たことも会ったこともない、いかつい見た目をした殺し屋の――カーペンター熊谷だ。身震いしながら拳銃を持ち出すが、それを横入りしてきた何者かに蹴られた上、銃撃で破壊され使い物にならなくされた。
「いい加減にしろよ熊谷! 人がちょっと目を離したらこれだ……。監視役? 自分が好き放題暴れたかっただけだろ!」
黒コートの下に黒のブランドスーツ、その下には紺青色のシャツを着た、黄金のスズメバチと謳われる女暗殺者――蜂須賀蜜月だ。近くには黄色と黒を基調とした専用のバイクを停めている。
「う、うへぇあ~~~~~~~」
蜜月からにらまれ、その目力におびえて熊谷は逃走する。いったいどういうことなのか? 竜平と葵が戸惑う中、アデリーンはブリザラスターの銃口を向ける。蜜月は表情とジェスチャーで待ったをかけた。察したアデリーンは変身を解除して元の姿に戻る。自らの怒りを鎮め、平常心に戻って彼女は蜜月と視線を合わせた。
「ワタシの元・相方が迷惑をかけちまったな。お前との決闘も近づいてるってのに、街もこんなになっちまって……」
「記者のミヅキさん、なんですよね?」
カーペンター熊谷が街中で暴れた件で申し訳なさそうな顔をして謝罪した時、まだ蜜月の本当の顔を知らない葵が訊く。片腕で胸を抱えていた。
「それは表向きの顔。その正体は日本一金がかかる殺し屋……。おっと。この先は葵たんたちは知らないほうがいいことだ。それより……」
いつも通り飄々とした語り口で、笑おうとしたがそうもいかず、それに彼女には何よりも言いたいことがあった。
「葵たんも、竜平っちも、この前は騙して見捨てるようなことをして……本当に悪かった」
「ミヅキさんはアデリーンさんの命を狙ってたからわたしたちに近づいて、それで利用して裏切ったってこと……?」
「利用するつもりなんて無かった。放っておけなかったっていうのも本当だ。たしかにアデレードは敵だが尊敬してた。そのアデレードが曇るところなんか見たくなかっただけなんだよ……」
「どんな理由があろうと、あなたが2人の気持ちを裏切った事実に変わりはない」
謝罪して弁明するも、葵やアデリーンからの指摘には何も返せなかった蜜月は顔を背ける。表情にも覇気がない。
「……アヤメ姉さんたちを助けたのも信用させて、油断させたかったから?」
「ワタシがそんなヤツだったら、今頃お墓の下で眠ってる。何より見捨てるのはワタシの信念や仁義に反するから」
物憂げな顔をしてアデリーンの問いに答える。しょせん自分は闇の住人であるゆえ、嫌われるのは当たり前だし、報われなくても、許されなくてもいいと思っていた。
「いいんだ、そりゃそうだ。とても褒められないような仕事ばかりやってきたからな。……あんたたちがお望みなら、悪者になってやる。アデレード、決闘は約束通り行う。英気を養って、思い出も作ってこい……」
一切笑顔を作らず、蜜月は乗ってきたバイク――その名も『イエローホーネット』に乗り込み、ヘルメットを被る。何か言いたそうだった葵も竜平も、言葉を噛み殺した。
「それじゃあな……」
イエローホーネットを駆って、蜜月は去って行った。竜平と葵の肩を持ちながら、アデリーンは一息つく。
「……何よ、ミヅキらしくもない。いつも通りヘラヘラ笑って、こっちをからかってくればよかったのに」
うつむいている2人を元気付けようと、アデリーンは笑顔を見せた。「大丈夫、笑えばいいのよ」と、目でエールも送り、2人を笑わせることに成功する。
「気にしないで。当日になったら、私があの人から洗いざらい真意を聞いてくるから」
そう笑顔で接して、彼女はこの後竜平と葵をそれぞれ家まで送って行った。同時に、2人に危害が及ぶことを危惧して決闘の日の前後には、可能な限りあまり触れ合わないことにした。――だが、2人はきっとアデリーンともっと触れ合いたいと望むだろう。




