FILE049:ちっちゃなダイヤモンドと怪人お披露目パーティ
蜜月がアデリーンに素性を明かした翌朝、とある高級マンションの一室。広大で外の景色もよく見えて、広いキッチンや大きなバスルーム付きというなかなか贅沢なその部屋に、蜜月は1人で暮らしていた。暗殺者の朝はそんなに早くない――。
ふかふかのベッドから起きると、昨晩帰宅してからワンピース1枚で過ごしていた蜜月は童謡を口笛で歌いながらシャワーを浴びていた。髪の毛が肩下まで伸びていたが、いつものショートヘアーは実はウィッグだったのだ。荒事に発展しがちな暗殺業で受けた傷は、勲章として残しておきたかったが、ハニー・トラップを仕掛ける際に困るため……いずれもしっかり治療を受けて治していた。その際にスキンケアも同時に受けていたため、おかげで肌にはハリがあり、自慢の双丘は弾力もあってやわらかい……とは、本人談である。
「すっきりしたー!」
シャワーを終えた蜜月はしっかり体を拭き、あとは自然乾燥に任せて部屋着に着替える。次に冷蔵庫から缶ジュースを取り出して、ソファーに座って飲んだ。朝から飲むジュースは格別にうまい。本当は缶ビールが良かったが、バイクを運転できないと困るのでここはグッと我慢した。続けて、テレビは点けずに購読中の『コミック百合ちゃん』の最新号などの漫画を読んだし、かと思えば純文学などにも目を通す。以前、ヘリックスとは別の組織に属していた時に一生遊んで暮らせるほどの金をせしめたため、金銭についてはとくに困っていない。
「やれやれ。こんな朝からご苦労なこったね」
その時インターホンの音がした。モニターに映っているのは黒服の怪しい男。ヘリックスのメンバーだ。あくびしてから、呆れた顔をして蜜月は対応する。
「なんだぁ、バカヤロー? これから着替えてくっから、そこで待ってろ。覗いたら……わかってるね?」
ブラックジョークだ。だがヘリックスのメンバーの男はビビった。そして、蜜月は全体的にグレーっぽい私服に着替えて家の外に出て、鍵もしっかりかけていく。すると、ヘリックスの使者の男を高級マンションから連れ出した。
「こっちこっち」
「お、おい! どこまで行くつもりだ……」
ヘリックスの構成員の男の腕を引っ張り、どこかの河川敷へと連れ出す。橋の下まで行くとそこで足を止めた。ほがらかな笑顔を浮かべていたが、一転して――暗殺者らしい冷酷な目つきとなった。
「持ってきたんだろう。出しな……」
「けっ! 手間を取らせやがって。金食い虫がッ」
蜜月は悪態をついてきた相手に鼻で笑って返す。男はアタッシュケースを取り出すと、それを開けて中に入っていた光り輝く金の延べ棒を見せた。「わぁーお……」と、蜜月は若干わざとらしくリアクションして笑う。
「この前の報酬だ。お前が妨害したせいで作戦が失敗したので『減給』しておいた」
「まあ、いっか。もらえるもんはもらっといてやる。ありがとさん。と、言いたいところだが……」
アタッシュケースを閉めて受け取ると、ニッコリしていたはずの蜜月は急にジングバズショットを男の額に突きつけた。目じりを下げて残念そうな顔をして、相手を煽る。
「へああ~~!?」
「そう言えばワタシ、言ってなかったっけ? 報酬は、このくらいのちっちゃいダイヤモンドでいいってさあ?」
指で小さいものをつまむ形を作り出してヘリックスの男の前に見せ、表情も細かく変えながら蜜月は更に煽りながら注意する。金塊入りのアタッシュケースも突き返した。
「ちゃんと仕事をしないお前が悪いんだろが!」
「困るんだよね、こういうナメたことされちゃあ。次同じようなことやったら、この世からBANG! ……だぞ」
蜜月から凄まれて耐えきれなくなり、ヘリックスの男は気絶した。本当に銃殺されそうになって怖くなったのだ。
「ったくよ~、お互いプロフェッショナルなんだからさ。その辺しっかりしようね。誠意とか仁義とかが足りないのよ……おたくらは」
◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆
暗雲立ち込める、悪の総本山たる改造実験都市。その名をヘリックスシティと呼ぶ――。蜜月はあれからそこに招集されていた。サングラスで目を隠して黒いトレンチコートを着ているのみで、マスクは付けていないしフードも被っていない。彼女を知るメンバーたちからは「あいつ、今日はいったいどうしたんだ……」と、ささやかれたがかけらも気にしない。玉座の間へ赴くと、ヘリックスの総裁である老人――ギルモアがいつものように玉座にふんぞり返り、いつも激している彼にしては珍しく浮かれていた。
「皆の者、喜べ! こたび、研究部門がジーンスフィアとマテリアルスフィアの従来型モデルのチューンナップとマイナーチェンジおよび新型モデルの開発に成功した。これを我が組織の新たな『主力商品』とする……」
ヘリックスは死の商人としての顔も持つ。各種スフィアによってディスガイスト怪人へと変身すれば、誰でも手軽に戦闘能力を得ることが可能だ。戦争をしている国にそれを売りつければ高く売れるし、戦争を吹っかけられた側の国もそれを欲するため飛ぶように売れる。戦争どころか、ちょっとした小競り合いでもスフィアを使うケースも十分にありうる。恐ろしいことに需要は尽きないのだ。
「それらによって変身することが可能な、ディスガイストのテストモデルを見せてやろう。出でよ! 我が組織が誇るテスターたち!」
マスター・ギルモアの号令とともに両脇の扉や床の下の舞台装置からディスガイスト……の、テスターたちが現れる。全8体、いずれも個性的なものばかりだった。他のメンバーや幹部たちがあまり信用できないため、キュイジーネの隣を確保していた蜜月は、あまり興味がなさそうに見ていた)
「ブルドッグガイスト!」
「バウバウッ! ブルルルゥーッ!」
先陣を切った青いブルドッグのような姿の怪人が吠える。いかつい体型で青い金属のアーマーで身を守っており、両肩にブルドッグの頭蓋骨を模したパーツが付いていたほか、トゲ付きの首輪で急所である首筋も抜け目なくガードしていた。
「エッジガイスト!」
「ジャキン、ジャキーン!」
次にスポットが当てられたのは全身がシルバーグレーに光る刃物で構成されたディスガイストだ。頭のツノは片刃の剣で、右腕は両刃の大剣、左手はナイフとメスで出来ていた。少し触れただけで切り傷がついてしまいそうな印象を与える。――しかし、これでは怪人というより戦闘用のロボットだ。
「スティングレイガイスト!」
「エイエーイ!」
その次は赤いエイのような姿をしたディスガイスト怪人だ。エイそのものというよりは、エイのバケモノがエイを模したパワードスーツを着込んだような、そんな外見だった。いかつい体格だが、ジェットエンジンがついていて移動には不自由しなさそうではあった。
「モスキートガイスト!」
「カユカユカユカユカユ!」
4体目は片腕が巨大な注射器状となっている蚊のディスガイスト怪人だ。機械化・金属化された黒い頭部に大きな赤い目、血のように赤いボディ。その上には医者を連想させる白衣。どことなく不気味だった。
「サルバトールモニターガイスト!」
「ズブシャアアアアアア!!」
5体目は青黒いミズオオトカゲのような姿をしたディスガイスト怪人で、まるでファンタジーの常連であるリザードマンを連想させる外見だ。両腕にはジャマダハルのような形状のノコギリが付属しており、尻尾には丸ノコがついていて実に攻撃的だった。ウロコと表皮はいずれも金属化されており、また、胴体をチュニック状のアーマーで防護している。全体的に戦闘向きのフォルムと言えるだろう。
「パロットガイスト!」
「スコォークッ!」
6体目は空を飛んで卵でも吐き出すか、パラシュートのように降下するか、タルや鋼鉄製のタンクでもつかめそうなオウムの怪人だ。首筋にマイクのようなパーツが付属していて体色は緑と紫色のツートンカラーで、クチバシが完全に機械化されている。また、頭部自体もブリキのおもちゃのような質感で、目は黄色く発行していて、胴体は首周りにふさふさのフェイクファーがついていた。下半身はいかついロボットのそれであり、足はオウムの足を模した形状となっている。
「アングラーガイスト!」
「アンキモ! アンキモ! アンキモぉぉぉぉぉ!!」
7体目は異様な姿かたちをしていた。まず、全身機械化され、口を大きく開けた緑色のアンコウの中から人の顔が出ているさまを想像してもらいたい。そこに潜水服の意匠を付け加えて、ピンスポットライトの特性も持たせたとしよう。――そうして出来上がったのがこのアングラーガイストという怪人だ。
「ライノセラスビートルガイスト!」
「グルオオオオオオオオッ……!!」
そして8体目のディスガイスト怪人は、全身群青色のカブトムシのような姿をしていた。一本ヅノを生やし、筋骨隆々で全身にビスが打ち込まれ、機械仕掛けかつ重量級のその姿はまさに鎧武者のごとし。顔や接合部は金色で、鋭い目はライトグリーンの光を威圧的に放っている。全身に張り巡らされた赤色のラインは血管を連想させられた。冷めた目で見ていた蜜月もこのテスターに対しては、さすがにプレッシャーを感じずにはいられない。
「まだまだ……。我が組織のメカニズムはこんなものではない。今後も更にこやつらと同じ姿に変身できるスフィアの研究・開発と生産を続け、全世界に売りさばき、更なる富と権力を得て、この地球を支配するのだ!!」
「ハイル・ギルモア!」
「ヘリックス!」
「ヘリックス!」
「ヘリックス!」
「ヘリックス!!」
笑うギルモアが強気一本で宣言した直後、やかましいほどのシュプレヒコールが上がる。蜜月はこの乱痴気騒ぎには辟易していた。隣に立つキュイジーネは激しく喜ぶことなく、静かに周囲を見守るのみ。
「はぁ~~~~……、なあにこれぇ~~。見るに堪えん。あの妖怪ジジイに仮装大賞の司会のおっちゃんや出場者のみなさんの爪のアカを煎じて飲ましてやりたい」
死んだような顔で大きくため息をつき、蜜月は気だるそうに歩いて玉座の間から出ようとする。が、キュイジーネに腕をつかまれて止められた。
「口を慎みなさい。それに、このあと皆でダンスをするのよ。少しは機嫌を直したらどう?」
「ダンス? できれば女の子同士で踊りたいが……。うぇへへへへ……」
「ところであなた、今日はなぜフードもマスクもしてないのかしら」
「それはね、花粉症が落ち着いたからだよ」
「ふーん」
「ははははは、何真に受けてんのさ。キュイジーネらしくもない」
――などと、しゃべって時間つぶしをしているうちにダンスがはじまった。この日のためにわざわざ呼ばれ、雇われ、あるいはさらわれてきた踊り子たちとヘリックスのメンバーたちが踊り出す。ギルモアはそれを上機嫌で見下ろしていた。言い逃れ出来ないほどの俗物のやることである)
「……お……? あんた、どしたの? どっから来た?」
1人だけペアを組めずにいた踊り子を見かけ、蜜月は気分を入れ替え気さくに声をかける。その踊り子はプラチナブロンドの髪で、瞳はヘーゼル色。肌は色白でかわいらしく、一目見ただけでガラス細工を思わせる繊細さを感じられた。
「わたくし、『フェイ』と言います。よければご一緒に……」
「あんた、フェイって言うの。じゃあフェイたんだな。ちょっと待ってね~……。うーん、どうすっかね。……しゃーない!」
勝手にあだ名までつけて、白金色の髪のフェイの前で蜜月は少し考え込む。そして、サングラスを外し、おもむろに黒いトレンチコートを脱ぐと――。その下にシャンパンゴールドのスパンコールのドレスをまとって、まつ毛はぱっちり、リップも潤わせるなどして、おめかししていた。最初から誰かと踊ることを想定し、こうやって重ね着してきていたのだ。その早着替えとメイクアップは図らずも、踊り子のフェイを虜にしてしまった。
「――フェイたん、shall we dance?」
「もちろんです!」
その気になった蜜月は社交界っぽくお辞儀をして、エスコートは大成功した。そして2人はパーティーが終わるまで踊り明かすのだった――。




