FILE048:本当のあなたを見せて
「お帰りなさい。何も問題はありませんでした」
「お勤めご苦労様です。この家を守ってくれてありがとう」
「いいってことです。サンキュー、グッバイ!」
大騒動も収束を迎え、梶原親子も加えて浦和家に戻ったアデリーンは早速ここまで留守番と自宅(?)警護をしてくれたアイシングドールに礼を言う。そしてアデリーンと抱き合ったアイシングドールはそのまま光の粒となって消えた。一時的にアデリーンが2人に増えていたので、竜平に葵は先に説明を受けていたとはいえ、一同は不思議な気分であった。
「いやぁホント、今日はひどい目に遭ったわね。アデリーンちゃんに助けてもらえたとはいえ春子ちゃんも葵ちゃんも、気が気じゃなかったでしょ」
「でも、小百合ちゃんが無事で良かったわ。ね~、葵?」
「えへへ……」
こうやって顔を合わせることができたのはほとんど奇跡だ。この時間を大切に過ごしたいと願った小百合は笑みをこぼし、皆も笑顔になって和気あいあいとした空気が辺りに漂う。
「ふふふふ。みんな良い笑顔だわ」
「今日のアデリンさん、本当にかっこよかったですよ! シビレちゃった……」
暖かいまなざしをしてそれを見ていたアデリーンに、唐突に腰砕けな様子の綾女が抱き着いてびっくりさせる。隣にいた竜平は目を丸くして二度見した。
「今度、劇サーでお芝居やる際に参考にさせてもらっても良かったかな?」
「全然! かまいませんよ。お役に立てるなら嬉しいです」
ちょっとだけ男前な役を意識して、綾女はアデリーンの胸を指でなぞって問いかける。彼女はそれに快く答えた。それを見ていた竜平はマヌケ面をしてその場で硬直した。
「それにしても、ミヅキさんってばひどい! アデリーンさんとの約束を急に破って飛び出して行って、それっきりなんですよ!?」
「ミヅキが? 詳しく聞かせて……」
一同が少し落ち着いたところで葵が愚痴り出す。それを聞いていたアデリーンはあれからミヅキが何をしたのかを葵に訊ねた。
「アデリーンさんを探しに行くから、絶対にお外に出ないでね! ってわたしたちに言ってから、それっきりです」
だそうだ。周りが他愛のない雑談を始めた中、不審に思ったアデリーンは少しの間考える――。
「それは気になるわね……。わざわざ聞かせてくれて、ありがとう。また今度問い詰めてみる。……小一時間くらいね」
やんわりとした口調と笑顔ではあったが、葵にはどこか怖く感じられた。
◆◆◆◆
夜も更けた頃、厚着をして行ったアデリーンは静まり返った街の中を散歩していた。ある目的をもって。
「ごめんなさい、もうしばらくおうちには帰れません。それじゃ、おやすみなさい」
いったん立ち止まると家で待つ義父・アロンソと義母・マーサに電話でそう告げて、彼女はまた歩き出す。超感覚で『対象』の気配を探りながら。そして、気配が近づいてきたとき、彼女は少し口元をほころばせた。
「『黄金のスズメバチ』さん! いるんでしょう? あなたに用があるの。出てらっしゃい」
そこは誰もいない倉庫街。彼女がその名を呼んだ時、日本一金のかかる暗殺者・黄金のスズメバチは姿を見せる。血のように赤い満月をバックに、倉庫の屋上の避雷針の上に立っていた。
「おやおや……」
アデリーンの前に飛び降りて、『黄金のスズメバチ』――またの名をホーネットは腕を組む。
「あんたみたいないいオンナが1人で出歩くなんて、危ないよー。で、ワタシに用ってなんだい?」
「いろいろあるけど、まずはお礼を言わせて。……ありがとう。今回はあなたのおかげでみんな助かったわ」
「ふん。礼を言われるようなことはしてないっての」
すました笑顔でお辞儀するアデリーンに対し、ホーネットは顔は隠したまま肩をすくめてつっけんどんな態度をとる。
「ねえ、もうそろそろ素顔を見せてくれないかしら」
「何度も言わせないで。顔だけは企業機密だから見せられないよ」
「……『ジャーナリストのミヅキ』、なんでしょ?」
「ははははははッ。ミヅキ? 誰それ? 知らねーッ。何のことだかサッパリだわさ」
アデリーンから疑われて一瞬だけホーネットは動揺するが、食い気味に笑い出す。
「声といい、しゃべり方といい、髪の質感といい、共通点があまりにも多すぎるって思ってたのよ」
「よく観察してるなあ。けどアブソリュートゼロちゃんさぁ、『他人の空似』って言葉ぁ知ってるよね?」
「ええ、知ってるわ。だから本当のあなたが知りたいの。はぐらかさずに私の質問に答えて」
あきらめず食いついてくるアデリーンにちょっと苛立ちながら、ホーネットは踵を返そうとする。
「ヤだねッ。ワタシはアブソリュートゼロちゃんとは今の関係を続けたいんだってば」
「じゃあ、いい加減私に『素顔』を見せなさい」
ぷいっ! と、ホーネットは顔を背け、今度こそ立ち去らんとする。
「うっせーなあ! ワタシはワタシだ。今のこの顔がワタシの『素顔』……、だ……ッ!?」
アデリーン、言い訳を続けるホーネットの頬をビンタではたく。その勢いで黒いサングラスや黒マスクが外れ、地面に倒れた弾みでフードも取れた。
「っ!? な、何しやがる!!」
紫がかった黒髪、一房だけ垂れた前髪。吸い込まれるような蜂蜜色の瞳。端正で色っぽい顔立ち。バンギャル風の黒いコートと紺青色のワイシャツ。間違いない。彼女は――。
「……ほらね。やっぱり、ミヅキだったんじゃない」
「これ以上、隠しても無駄か。いつから気付いてた…………?」
左の頬を押さえながら、ホーネット、いや――ミヅキは問いかける。
「最初に会って、ハンカチを拾って届けた時からよ。あの頃からわざとらしく接触してきたし、ディスガイストの居所のヒントも教えてくれたし、うさんくさかったし、都合よく協力もしてくれて。薄々怪しいって思ってたのよ」
目を見開いて驚愕するミヅキだったが、次の瞬間その眼光は鋭く、口元も吊り上げて狂気的な笑顔を見せた。そして――。
「は、ははは……。ふふふ、へへへへへはははははは……! あーっはーっはははははははははははははははっは――――ッ」
哄笑する。ゆっくりと立ち上がるとその手に銃型デバイス――ジングバズショットを握り、アデリーンに銃口を向ける! アデリーンは眉をひそめ、彼女をにらんだ。
「ふぇへへへへはははははははははァァァァァ――――――――ッ!! ……バレちゃあ仕方ないなあ!! え!? アデレードッ!!」
今まで巧妙に隠してきた本性をむき出しにすると、首を傾けたり、目をすわらせたりするなど芝居掛かった仕草とともに、歪んだ表情で笑いながらそう叫ぶ。その鬼気迫る執念、底の知れない狂気、おぞましいほどの殺気――。伊達や酔狂で『日本一』を名乗っていたわけではないということを、アデリーンは改めて思い知った。
「ある時はフリーのジャーナリスト・ミヅキ。またある時はヘリックスの殺し屋・ホーネットガイスト。だが、その正体は……。日本一金のかかる暗殺者『黄金のスズメバチ』こと、蜂須賀蜜月。『みつげつ』と書いて、『みづき』だ。絶対に死なないお前を殺す女さ」
蜂須賀蜜月。それが多くの顔を使い分けてきた彼女の本当の名だ。声にもドスを利かせていた。
「ようやく、ありのままの姿を見せたわね。本当に私を殺せると思うの? 日本一お金のかかる殺し屋さん」
「答えるまでもないね。ワタシは不可能を可能にしてみせる」
「……あなた、狂ってるわね」
「ふぁははははははは!!」
動揺せず煽って行くアデリーン。乗せられることなく左手で顔を覆いながら、蜜月は狂喜する。
「ああ、狂ってるよぉ。ワタシは怖いこわーい殺し屋さんだから、何をやったっていいんだぁ。美学がまかり通る範囲でな」
「そんなもの、あなたのような殺し屋にあるわけがない」
「……人を猟奇殺人鬼みたいに言ってくれちゃってぇ……」
突然、特定のアニメ制作会社が好んでいそうな角度で首を曲げてアデリーンに主張する。蜂蜜色の瞳がより一層狂気を際立たせていた。かと思えば、姿勢を正し冷え切った顔でまたジングバズショットをアデリーンに向けた。
「暗殺のターゲットだろうと、敬意を払う。可能な限り正々堂々と戦って、1対1で殺す。それがワタシなりの【殺しの美学】」
「矛盾ね。私が死なないことを知っておきながら、信念のもとに【殺しの美学】を押し通そうとする。1つしかない命を散らすつもり?」
「そうか? ワタシにはお前を倒せると言い切れるだけの力も自信もある。最期のその時まで誇りに殉じて生きるさ」
余裕綽々でアデリーンに語る蜜月は汗1つかいておらず、目線も一切ブレていない。眉毛を『ハ』の字にして煽り返したかと思えば、すぐ吊り上げて憎たらしく笑う。
「1週間待ってやる。それまでにコンディションを万全にして、お前1人で【逢魔ヶ原】まで来い。そこで決着を着けよう。これは果たし状だ――」
宣戦布告。それを告げる際には、蜂須賀蜜月の声色や口調からはおどけた感情は消え失せ、日本一の暗殺者としての冷徹さだけが残っていた。
「……望むところよ」
「フッ。そうかい。それじゃあ、これ以上語ることは無いな」
スゴ味を見せたアデリーンに対し、蜜月はニヒルな笑みを浮かべる。くるくるとジングバズショットを回してからしまうと、腰に手を当てている彼女を指差す。
「また会おう」
そして冷めきった表情に戻ると、淡々とそう告げてから去って行った。それを見つめていたアデリーンは何を思ったのか。




