FILE047:救えない相手
その頃、梶原家のリビング。アデリーンがカメレオンガイストを抑え込んでいたため、とくに被害には遭っていない。戦う術を持たない以上、竜平や葵たちにできることは彼女が勝利することを祈り、帰還するのを待つだけ。だったのだが――。
「アデリーンさん帰ってこないね……」
「あれからカメレオンの怪人も、人間もどきも襲ってこないってことは、今直接戦ってくれてるのかも。俺たちのために……」
「ねえ竜平ちゃん。なんだか胸騒ぎがするんだけど、おばさんだけかしらね」
「気になりますよね……」
葵、竜平、春子の3人が話し合っている横でミヅキが難しい顔をして腕を組んでいる。今のところは安全地帯にいるようなものだが、不安なものは不安だ。
「やっぱ心配になってきた……」
いよいよ、堪忍袋の緒が切れたのか、そこでミヅキが立ち上がる。たった1人で怪人と戦いに行ったアデリーンのことを放っておけなくなったのだ。それを見た葵らは少し心細くなり、肩を寄せ合う。
「ごめんなさい! ワタシ、アデレードが心配なので探しに行ってきます」
ミヅキが竜平らに頭を下げてそう告げる。
「えっ、でも……」
「とにかく、ここから出ちゃダメ!お2人とも春子さんから離れないように!いいね?」
「う、うん。そうします」
口頭で葵や竜平と約束すると、半ば強引にミヅキは出て行く。梶原家の前で曲がると全力で走って行った。
◆◆◆◆
「みんな早く逃げてください!」
その頃、アデリーンはカメレオンガイストに逃げられないよう相手を凍らせたり取り抑えたりしながら戦っており、救出した人々を守りつつ、ここから逃がす必要もあった。
「レロレロレロレロレロレロッッッッ! キュイジーネさんには見捨てられたし、あんたはそうやって邪魔してくるし! な、なんでみんな、僕の思い通りにさせてくれないんだ~~~~っ!?」
「そんなこと私が知るもんですか! それに悪が栄えた試しはないのよ!」
身勝手な主張をしたカメレオンガイストに憤ると、アデリーンはとうとう相手の2本のツノをへし折った。次に舌を引っ張り出そうとしたが突き飛ばされ、巻き取られてしまう。氷から変換したJK制服の上からもてあそばれて、ピンチに追い込まれた――かに見えた。苦悶の表情を浮かべていたはずのアデリーンはどういうわけか、凛々しく笑っていたのだ。
「レロ……!? つつつつつつめてえーーッ」
次の瞬間、カメレオンガイストの舌が凍りつく。アデリーンは全身から冷気を発し、更にその手で長く伸びた舌の一部をつかんだことで瞬間的に凍結させたのだ。そのまま振りほどいて、カメレオンガイストをひるませたアデリーンは右手を天に突き出してポージングを決める。
「【氷晶】!」
彼女がその言葉とともに変身するまでの時間は、わずか0.05秒に過ぎない。瞬く間にアデリーンは全身に青と白に輝くメタルコンバットスーツを装着した。雪の結晶とティアラをモチーフとしており、外見も全体的にスタイリッシュで、まさに戦う女性にふさわしいと言うべきフォームをしていた。
「ウワーッ! あ、あ、アブソリュートゼロ、お、お、お、おま、お前だったのかぁ~~~~ッ!?」
「やっと気付いたようね。でももう遅いわ」
アブソリュートゼロ=アデリーンのバイザー越しにカメラアイが青く光る。落ち着きながらも悪へ対する怒りと闘志で燃え上がっていた。
「うぇへへへへ…………」
黄色と黒を基調としたバイクに乗って遠くからそれを観察しているのは――強化スーツも同然の全身メカニカルな姿をしたスズメバチの怪人、ホーネットガイストである。見守っていたかと思えば専用のバイクから降りて、逃げている最中の小百合や綾女たちのほうへ向かった。と言っても彼女らを殺すつもりなど毛頭ない――のか?
「うおおお――――ッ!」
「レロレロレロレロレロ!?」
無理矢理引っ張り出した舌を掴んでジャイアントスイング! 廃ビルの屋上まで飛んだのでそこまで追撃だ。そこで更に殴って、蹴って、撃って、凍らせて、また殴って、投げ飛ばして追い詰める。手加減も容赦も必要ないからだ。
「レロレロ……! こ、こうなったら!」
次の瞬間、カメレオンガイストは卑怯にも至近距離で口から黒っぽい液体をアデリーンのバイザーに吐きかけた。吐瀉物――ではない。毒液である。ただし、視界を封じるためのものだ。
「くっ! 生き汚いやつ!」
「しめたーッ! どうしたぁ! こっちだ~~~~! あーらヨット!!」
途端に調子に乗り出したカメレオンガイストは、このビルのてっぺんから彼女を落とそうと誘導し始める。軽くタップダンスまでして、後が怖いとはみじんにも思っていないらしい。
「こっちだよー! おいでおいで! よーしよしよしよしよしよしよしよしよし……」
拭き取ろうにもなかなか取れない。安い挑発にも乗せられることなく、持ち前の超感覚を頼りにカメレオンガイストの居所を探る――。
「かかったなアホがア! 死ねえええええ!!」
「てぇーいッ!」
「レロロロロロロ!?」
誘導されるがままに落とされるのかと思いきや、アデリーンはカメレオンガイストの眉間にエルボーをぶちかまして後ずさりさせる! 次にバイザーの周りについた毒液を凍結させ、そのまま無効化したことにより視界は回復した。
「こ、殺される……!?」
すっかり逃げ癖がついていたカメレオンガイストは思い出したかのように姿を消す。これは説明するまでもなくカメレオンの十八番だ。
「保護色を使って身を隠したわね? ……無駄よ!」
「レロッ! ほげぇ~~」
ところがである。アデリーンの超感覚は敵を見逃さなかった。カメレオンガイストが潜んでいる部分だけ、空間が歪んで見えていたのだ。そこを狙ってアデリーンはブリザラスターからアイスビームを発射し、カメレオンガイストを完全に凍らせた。
「マイナスフォーティーブロウ!!」
「レロロロロロロロロォオオオオオ!?」
少し助走をつけてから放たれる必殺パンチ! カメレオンガイストは空高く吹っ飛ばされて爆発四散! 変身者である亀澤律夫――、特筆するべき容姿でも無い彼は既にズタボロの状態で近くの茂みまで落下した。駆けつけると、アデリーンは彼の周りに散らばったカメレオンのマークが入った黒と緑色のジーンスフィアの破片を回収する。情けないうめき声を上げている彼を、少しだけ哀れむような眼で見たが、首を横に振った。
「お、お許しを……! ママンとダディには言わないでくれぇ! うっ!?」
「あなたに救いは無い」
亀澤を引っ張り出すと、雪の結晶とティアラを掛け合わせたエンブレム入りのカードに亀澤の罪状を書きつづり、氷の鎖を精製して彼を拘束した。
【この者、連続殺人ほか誘拐犯人! 余罪多数!】
カメレオンガイストが倒された時、彼が銀行から盗み出した大金はすべて元の金庫に戻り、彼が作り出したコピー人間たちもみんな消滅した。アデリーンが必死に守って逃がした人々の無事も確認できて、めでたしめでたしだ。しかし、彼女の中ではまだ何かが引っかかっていた。
「アデリンさーん!」
「アヤメ姉さん! サユリ母さんも……!」
「助けてくれてありがとうね。ところで、似合ってるんじゃないの? それ」
「え~、お世辞は結構ですよ!」
変身を解除したところ、綾女が小百合を連れて走ってきた。アデリーンは彼女らを迎え入れて抱き合う。もし、この場に竜平がいたら、輪に入りづらかったであろうことは想像にかたくない。
「カメレオンガイストに変身していた悪い子は、今しがた懲らしめました。もう二度と悪さは出来ないでしょう」
正気を失って悶え苦しんでいる亀澤を指差す。ショックで正気を失い、文字通り何も出来なくなった彼はこの後警察に連行され、そのまま病院へと搬送された。
「無事で何よりでしたけど、あの後本当に何も起きませんでしたか?」
「それなんだけどね。ハチっぽい怪人がどういうわけか安全な場所まで誘導してくれたのよ」
「ハチっぽい……!?」
小百合からあれからどうしたのかを聞くと、笑顔だったアデリーンは一瞬固まる。
「でもまあ何もなければ、それに越したことはありません。アヤメ姉さん、サユリ母さん、帰りましょう」
「はい!」
家族に囲まれて帰路につくアデリーン。スマートフォンを取り出すと梶原家で待つ竜平たちにも連絡する。
「ワタシの出る幕はなかったみたいだねぇ。カメレオンの正体見たり、いじめられっ子の亀澤君……」
独り言をつぶやき、ホーネットガイストは変身を解いて元の姿に戻ってから去って行く。




