FILE041:邪気がうごめく
「これは……!?」
夜も更けた頃、テイラージャパンのVIPルームでPCを使い、調べ物をしていた虎姫は何かを閲覧して――瞳孔を閉じた。そうしてしまうだけの何かを見て知ってしまったのだ。恐る恐るウィンドウを縮小化して、付き添ってくれていた秘書の磯村のほうを向く。
「……磯村君。このことをアデリーンに伝えるべきだろうか?」
「私の推測ですが、恐らく……。ご本人様は既に気付いておられるのではないでしょうか?」
磯村は少なくともそう思っていた。聡明なアデリーンのことだから、彼女がこの件に関して何も知らないはずはないと考えたのだ。それを聞いて、虎姫は神妙な面をする。
「それならいいんだが…………」
確認のため、虎姫はもう一度ウィンドウを拡大。アゴに指を当てて考え事をはじめる。そのスクリーンに映っていたのは――黒いフードに黒いサングラス、黒いマスクなどで巧妙に素顔を隠した、とある殺し屋の情報だった。
◆◆◆
その頃、悪の総本山ヘリックスシティ。その地下にある格納庫。そこに彼女――ホーネットはいた。眠たそうに大きくあくびをすると、格納庫内部に保管された巨躯を見上げる。
「こんなデカブツ、よく作って運用しようと思ったよなー」
ごちていたところ、暗い脇から何者かが現れた。カブトガニのような姿をした怪人だ。全身に甲冑を着込んだような堅牢な外見で、額からは巨大な第3の眼がのぞき、その下に無機質ながらも端正な目と顔があった。
「単なるデカブツではない。我々ヘリックスの計画における最重要課題となる最終兵器……」
ガチャリ、ガチャリと足音を立ててやってきたカブトガニ男は、その巨躯を軽く見たホーネットに警告を促すようにその建造された目的を語る。額の眼が彼女を見下ろしていた。
「ビッグガイスター、かあ」
退屈そうに、興味など無さそうにホーネットはつぶやく。柵の上で頬杖も突いて、カブトガニ男のほうを向いた。カブトガニ男は不真面目な態度をとる彼女を見て額の目を細めた。
「人類みんな悪い子にして殺し合いさせて、残ったワタシたちで地球をこっちの都合のいいように作り直そうぜー、って、そういう巨大装置なんだろう。そんなのつまんなくないか? 兜おじさん?」
「今は『タキプレウス』だ。捨て駒風情が我らの崇高なる理想をバカにするとは笑わせる」
「はいはい。……チッ、結局ワタシの代わりはいくらでもいるってか」
真面目そうなタキプレウスとは違い、ホーネットはずっとひねくれた様子で皮肉混じりに話す。
「とにかく。ワタシがヒーローなら、そんなのまっぴらごめんだからね。別に自分がヒーローになろうってわけじゃないが、地球全土がそうなっちゃったんじゃあ、少なくとも……あの子は黙ってないよ」
「あの子だと?」
タキプレウスが鼻で笑う。ため息をつき、少し呆れつつもホーネットはタキプレウスに近づき――冷めきった顔でにらみ、片手で肩をつかんだ。『日本一金のかかる殺し屋』の通り名は伊達ではないという、スゴ味がある。
「実験体No.0。いや、……アデリーン・クラリティアナだよ」
ホーネットがその名を口にした時、タキプレウスが眉をひそめたかと思えば次の瞬間には冷たい笑みを浮かべた。
「フッ。だったらなんだというんだ? 実験体は実験体でしかない。人間としての名前など持っていたところで無駄さ、しょせん奴は結局人の姿形をしているだけで中身は人外のバケモノ……っ!?」
その時、ホーネットは何を思ったか銃型デバイス――ジングバズショットの引鉄を引いて撃つ。わざと外したが――。その気になれば、でかでかと目立っているタキプレウスの第3の眼を潰すこともできたのだ。
「死にたいらしいな? ターゲットにも敬意を払うのがワタシだ。これ以上あの子のことを侮辱したら、この世から消す」
「闇社会の虫ケラが調子に乗りおって。やってみろ……」
ホーネットがドスの利いた声で宣言して、眼前にいる彼と互いににらみ合った後、一転してホーネットが笑い出した。得体の知れぬ狂気を孕んだ高笑いだ。
「ふへへへへははははははは。じゃあの……兜おじさん」
翻弄されて苛立つタキプレウスを置き去りにして、エレベーターに乗ると地下格納庫から地上へと上がって行く。そのエレベーターの中でマスクを外すと、また口元を緩めた。
「ほーん、とうとう動き出したか。キュイジーネ、あんたにゃ悪いけど……。ワタシはワタシの好きにやらせてもらうからね」
スマートフォンを見ながら、SNSを利用してその名を呼んだ女幹部・キュイジーネと連絡を取り始めた。地上フロアに着いてエレベーターに降りたところで、どこに向かうまでもなく、ヘリックスシティの中を気まぐれにブラブラし出した。




