FILE040:もう1人のお姉ちゃん
葵がアデリーンから何か告げられた後のこと。竜平の部屋にて2人は集まっていた。竜平はもうラフな感じの部屋着に着替えたが、制服のままだ。スカート短めで脚部、おもに太ももを強調していてセクシーであった。――なお、竜平の部屋だが、散らかってたりスポーツ選手やゲームキャラ、アニメキャラのポスターが貼ってあったりするくらいで他に特筆するべきものは無い。以上。
「な、なあ、葵? さっき、アデリーンから何聞いてたん?」
「そんなに知りたいの? やらしーッ」
「俺と君の仲だろ。隠し事はなしッ! 俺にも知る権利はありまぁす!!」
大げさなムービングや少しマヌケな表情とともに竜平がせがんでいる。しかし、葵はそれを話すつもりはないので――。
「教えてやんねー。わたしとアデリーンさんの女同士の秘密なんで」
「そ、そうかい……すまんかった」
煽るような顔で丁重にお断りする。誰にでも触れられたくないものはある。忘れてはいけない大事なことだ。
「ちゅうか葵、そろそろ帰らんでいいの? 母さんかお姉に頼んでおうちまで送ってもらおうか?」
「そだねー、いっちょ頼んでみるね」
それは名案だと思った葵が竜平の部屋を出て階段を降りる。「教えてほしかった~」、と、竜平はベッドに突っ伏した。その後、葵は愛用のスマートフォンからSNSを開き、SNS経由でメッセージを送って家族に帰宅する旨を知らせた。
「また会いましょ」
「竜ちゃんにもあたしらにも、いつでも会いにおいで」
「それじゃ、送ってってあげる。遠慮しないで乗って」
「はい。母にも連絡してあるんで……」
外に出た葵はアデリーンと小百合から見送られ、綾女の車に乗せてもらう。荷物は後ろに置いて、自身は助手席に乗ったのだ。少し冷えそうなので膝元には膝掛けをかけた。
「アデリンさん見て、ビックリしたでしょ? 外国の人なのに日本語堪能だし、スタイルもとびきり良いし。それにとっても優しいのよ」
「はい。お邪魔したら早速あの人がいたから、上手くおしゃべりできるかちょっと不安でした……」
「私も最初に会った時はそんな感じだったよ。だっていきなり竜平連れてきて、自宅訪問だよ? あの美人さんが、だよ? 心臓止まりそうだった~」
「あはは……。それは驚いちゃいますよね」
道路を走る中で盛り上がる2人。綾女は赤信号になったところでいったん車を停めた。その辺は抜かりないのだ。
「この人のこと信用していいのかなって不安になって、警戒しちゃったんだよね。けどその不安もおしゃべりして、一緒にご飯食べたり、お風呂入ったりしてたらなくなってったわ。亡くなった父さんについて、私の知らなかったこともたくさん教えてくれたからね。打ち解けるのに時間はかからなかったな」
「そっか。アデリーンさん、子どもの頃に紅一郎おじさんにお世話になったって言ってましたもんね」
「そうとくれば、不思議なもんでね。私の上にもう1人、お姉ちゃんが出来たような気分になったの。今じゃもう自慢のお姉ちゃんだよ、うふふ」
信号が青に変わったのを見て再び走り出す。そのまま運転を続けながら、綾女は暖かい笑みをこぼした。彼女の赤い髪が街灯に照らされて、元々美人で知られる彼女の美しさが、葵にはいつもの3割増しに見えた。
「……お義姉さん」
「おっと。葵ちゃ~ん、私をそう呼ぶにはまだまだ早いぞ?」
「わたしも、アデリーンさんと仲良くやっていけるでしょうか?」
「なーんだ、そんなことか。それなら心配いらないわよ。一見クールだし、ちょっとズレてるところもあるけど……。心が広くて見てて楽しいし、何より優しい人だからね」
暖かい目をして口元を緩める綾女はアデリーンの人柄について語り、葵の中に残っていた不安を拭い去る。
「葵ちゃんの身に何かあった時もきっと、守ってくれる。辛い時でも希望をくれる。私そう思ってるの」
「綾女さん……。はい!」
「えー。そこはお義姉さんでも良かったんだよ」
そうこうしているうちに、葵の家に着いた。庶民的な範囲は出ていないものの、なかなか裕福そうな家だ。車を停めて葵を降ろしてやると、自身も降りる。すぐまた車に乗ることになるのだが、葵と話したいからこれでいいのだ。
「ウチはいつでもOKウェルカムだから、また遊びに来てね」
「お義姉さん、ありがとうございます! 気をつけて……!」
「ふふ、そうよそれ。それでいい。それでこそ葵ちゃんだ」
綾女はノリよく両手の人差し指で葵を指差す。気分はコメディエンヌだ。切り替えの早い綾女はササッと運転席へ乗り込む。葵にはまたいつでも会えるからだ。
「それじゃあ、お元気で。バイバーイ」
「お義姉さんもsee you next time!」
葵は、綾女がUターンしてそのまま自宅へ帰るのを見送る。意気込んでから、自宅に上がって、手洗いうがいは済ませて、しばらくリビングで過ごすこととする。ところで彼女の家族構成だが、父と母はいるが兄弟姉妹はおらず、一人っ子だ。そして父親は単身赴任中でなかなか帰って来ない。
「葵ー、お風呂入らないの? 先にご飯にする?」
「ママー、その前に聞くことあるっしょ?」
「んー? 竜平君のこと?」
「そう、あいつ」
「彼ピッピのことは葵の好きにすればいいのよ」
「またまたー。もっとあいつと仲良くなったら怒っちゃうくせに。ハハハハッ」
「あんたねー、アハハハハハハッ」
母の春子と少し話し合ってから、葵は夕飯を先決とする。ちなみに春子は、少しくたびれた雰囲気を醸し出しているが、年齢を感じさせないほど美人だし、根はやさしく芯の強い女性である。葵はそんな春子の背中を見て育ってきたため、自慢の母だと常々そう思っている。
「ふんふふ~ん♪」
夕飯を済ませて少し経ってから、葵は浴室で鼻歌を歌いながらシャワーで体を洗ってから入浴。湯船に浸かっている中で、お湯でしっとり濡れた髪をいじくったりしつつ、少しだけアデリーンから聞いた秘密のことを思い出したり、「お姉ちゃんか妹がいたら一緒に入れてたのになー」と、ぼやいたりしていた。そして風呂から上がってバスタオルでしっかり拭き、パジャマも着てドライヤーで髪を乾かすと――なんやかんやあって2階にある自分の部屋へ向かった。
「よっこいしょ」
荷物を置いて、制服もハンガーにかけてからほっと一息吐く。葵の部屋はイマドキの女子高生らしく、フォーマルながらもなかなかかわいらしい部屋だ。インテリアはもちろん、小物にも凝っている。汚したりせず大切にしているぬいぐるみを置いた、かわいらしいベッドにうずくまって枕を持つと、胸がキュンと熱くなったのか顔を埋めた。
「アデリーンさん、けっこう大胆だったな……」
彼女と会ったことをまた振り返ると、少し照れくさそうにつぶやいて、もう少しだけ起きてから消灯。ぐっすりと眠ったが、その途中でまたアデリーンのことを思い出して照れ笑いした。




