FILE024:祝え!お嬢さん方の無事を
やっぱり本気で言ってたんだ……。何があっても絶対に殺す気なんだ! 控えめに言ってもイカレている! 彼女はイカレている! ――アデリーンの顔にかつてない緊張が走る。サングラスで隠されていても判るのだ。その瞳に宿る狂気が全開となっていて、マスクに隠された口は兇悪に歪んでいると!
「BANG!」
彼女としては、それなりに覚悟はしていたのだが。それがこうだ。拍子抜けさせられた。安堵と呆れから、強張っていた肩を落とす。
「なんちゃってー! さっき消耗したばっかなんだ、こんなとこでドンパチして殺そうって思うほどワタシもバカじゃないよ。日本一金のかかる殺し屋さんナメんなよ?」
十字剣を背中に背負い、ジングバズショットを片手に肩をすくめて蜂須賀がおどける。素顔を隠しているのに感情や表情が動作の1つ1つに出ているあたり、不思議である。
「今日は値張のやつの性根が気に入らなかったから手を貸してやったが、次からはまた敵同士だ。首洗って待っときな……」
アゴをくいっとつかんでそう告げた。――直後、アデリーンが眉を吊り上げてホーネットへつかみかかる。これは完全に想定していなかったようで、ホーネットはらしくないほどにうろたえて大声を出してしまった。
「逃がさないわ。今日こそ、その素顔を暴いてやる」
「わッ!? な、何すんのさ! バカ、やめろ! やめてってば!! なんだよこのバカ力! 放せポンコツ!!」
「言ったわね? この口が私を侮辱した悪い口?」
「あッ」
「悪意に満ちた人間は、こうしてやるーッ! そのフード脱いで、グラサンとマスクも外しなさい。これでもか! これでもか!!」
「や、ヤメローッ!! 放せって言ってんでしょ!! 放して!! 放すんだよォーッ! あ゛ぁぁぁ――――――――ッ!!」
使命感と知識欲から、相手の正体を知ろうとするアデリーンは歯を食いしばってまで容赦なく追及し、ホーネット・蜂須賀の黒サングラスと黒マスクを外そうと試みる。胸が当たるほど接触されたこともあってか、蜂須賀は興奮気味に抵抗し、少し取っ組み合った末にアデリーンを振りほどく。肩で息をしていたが、アデリーンのほうはピンピンしている。彼女が人造人間で、常人とは一線を画すほど強くて体力もあるゆえのことだ。
「あいたたたた! 道理で不死身の兵器として利用されてたかもしれなかったわけだ、浦和紅一郎博士に感謝だな……」
「レディーの過去を蒸し返すなんて失礼しちゃう」
「とにかく! 余計な詮索はしないこった。お互いのためにもな……。じゃあの」
体の節々を痛めつつも、体勢をしっかり整えたホーネットはジングバズショットを撃って火花を散らしてから煙幕を張り、退却する。アデリーンも「まあ、いいか……」と専用マシン・ブリザーディアを召喚し、ワープ走行で大地主の屋敷から去るのだった。
(そんなに私に見られたら都合が悪かったのかしら? ますます怪しくなってきたわね……、日本一お金のかかる殺し屋さん)
青いボディのブリザーディアを駆って道路を走りながら、アデリーンは1人、心の中でつぶやく。その疑問はいつ解決されるのだろうか。
◆◆◆◆
夕方。クラリティアナ家に帰宅して早々、手洗い・うがいを終えてからのこと。アデリーンは、アロンソとマーサに報告を行なった。娘が無事に帰ってきたことを喜びたかった2人だが――。
「コトノさんとこのレミちゃんや、ホナミちゃんにチトセちゃんたちが帰ってきたんだって!?」
アロンソがつい大声を出してしまったとき、マーサとアデリーンが人差し指を前に立てて彼を落ち着かせる。彼は気まずそうな顔をしてから頭を下げた。
「はい、きっちり全員救出してきましたから。悪徳大地主もブタ箱に行ったらしくて何よりです」
「まったくもって同感よ。あなたも捕まった子たちもみんな無事で良かった良かった」
「い、言い方……」
アデリーンがメンチを切って、マーサは目元は笑ったまま怒り、アロンソはおびえて萎縮する。この家族における力関係を示唆しているような光景だった。
「す、すまん。2人とも事実を言ったまでだったな」
平謝りだったが、アデリーンもマーサも心が広いのでそれで勘弁してやった。もう夕飯がテーブルの上に並べられていたこともあり、いち早く席に着く。ここですぐに食べかけるのではなく、2人が席に座るのを待つ。2人ともすぐ来たため、手を合わせて食べ始めるのだった。
「さ、気を取り直して……うーん。今日の夕飯もナイス! デリシャス!」
スラッグガイストからレミたちを助けるべく奮闘して疲れたこともあってか、あまりにおいしかったようで彼女は大喜び。今にもほっぺたが落ちそうなアデリーンである。それからも彼女はじっくり味わうように食べ続けた。
「うふふ! ランチプレート風の盛り付け、気に入ってくれたみたいね。嬉しいわ!」
「ホント、マーサの料理は絶品だなあ! ハッハッハッ!」
夫婦もこのように仲睦まじく。一同、童心に帰って喜んだ。――そして、完食。
「また小百合ちゃんから教わりに行こうかしら?」
「ええ、そうしましょう、そうしましょう。きっと会える時が来ますよ! きっとね!」
語らう母と娘。口ではこう言っているマーサとアデリーンだが、内心では「ここは耐えよう」と考えていた。まだ、浦和小百合ら浦和家とクラリティアナ家が会うにはリスクが多すぎる。ヘリックスが目の敵にしている両家が一堂に会してしまえば、確実に目を付けられて、ひどい目に遭わされることは想像にかたくない。
「ふんふふん♪ ふんふんふふーん♪」
食後、しばらく経ってからアデリーンは入浴。体はもちろん長い髪もしっかりと熱いシャワーで洗い流し、湯船に浸かるとここでも感情を解き放つ。多面性を持っていてこその人間だ。どうせ誰も見ていないのをいいことに、胸の谷間にお湯を寄せて遊んだりもした。
「プハーッ」
そして極めつけに、風呂上がりにバスローブ姿でミルクを飲んで、一息ついて至福の表情を見せた。両親に見られてしまったが、身内だから良しとする。しかし、同じシチュエーションでも竜平に見られていたら怒ったり、ごまかしたりしていただろう。
「あら、ゲームやらないの?」
「リュウヘイならやりそうですよねー。でも私はゲーマーではないので、テレビ見てから適当に寝ます」
母からの問いに笑顔でそうは答えたが、真っ赤な嘘。というか、人造人間流のジョークである。やりこまないだけで、ゲームはそれなりに遊ぶほうだ。テレビゲームもカードゲームも、まあまあできるのだ。彼女は。彼女自身の基準であることがミソだ。
「寝る子は育つってね。うふふふふ」
「えへへへ……」
笑い合う2人。「そんな子どもじゃないんだけどね」、とはアデリーンの弁。外見年齢はともかく実年齢は――これは、トップ・シークレットである。そうして、宣言通り寝ることにしたアデリーンはパジャマに着替え、2階の自分の部屋へと上がる。
「カタリナお姉ちゃんが生きてたら、2人でこの部屋使ってたんだけどね……」
窓から夜空を眺めながら、彼女は物思いに耽る。死後の世界など無い、あるのは虚無だけ――なんてことはアデリーンは考えない。天国へと旅立った姉・カタリナやもう1人の父・紅一郎は今、何をしているのだろうか――と、そう考えることにしている。2人を心から愛し、尊敬しているからだ。そんなアデリーンの部屋のベッドは実は2段ベッドなのだが、これはカタリナと一緒に使う予定があったからである。それももう、叶わなくなってしまったが。
「お休みなさい」
――就寝。その時、女性の手がそっと優しく被り布団をかけ直した。




