FILE239:父は永虎、母はヨランダ!
父は本多永虎、母はヨランダ・T・テイラー、娘は虎姫・T・テイラー。それが今のテイラー家・家族構成だ。永虎とヨランダの絆は、彼が彼女をテイラーグループ前会長の娘と知らずに出会い、彼女とは令嬢ではなく等身大の女性として接して打ち解けたことが始まりだという。それから、永虎はシンデレラボーイとも呼ぶべき大出世を果たし、ヨランダからの愛を胸いっぱいに受け止め人生の階段を駆け上がったのだ。
「頭取さんも張り切ってたよね。レッドタートルのみならず浜松全体をうーんと、更に立派にしてやりたいんですって」
「長かったので退屈したんじゃないかね。お前にもやることがある、頭取たちとは私が話を通しておくから気にしないでくれ」
「ヒーロー活動のほうは、順調だったかしら?」
「まだまだこれからかな……」
商談を終えたのちのこと。スーツ姿で威厳のある風貌をした永虎や、スパンコールが散りばめられたドレスワンピースを着た容姿端麗なヨランダからそれぞれ話を振られて、虎姫は――普段アデリーンたちと一緒にいる時とはまた違う、素朴で着飾らない柔和な顔を見せた。照れくさそうだ。
「かなり前に、あなたが「わたしも悪い連中と戦う」と宣言した時は、仕事や日常生活と両立できるのかしらって驚かされたけれども。でも虎姫はどれもこなせてるわね」
「父として鼻が高い……」
「お世辞はやめてよお」
「私もヨランダも、お世辞なんか言っとらんよ! ははは……」
談話を続けるうちに、虎姫はアデリーンたちと合流しようか少し悩んだが、もう少し家族の団らんを楽しむことを優先した。それもそうだ、互いに忙しくて、なかなか顔を合わせられないのだから。今この時間も思い出作りをしておきたいならばほんのちょっとでも長く、一緒にいるべきだ。
「アデリーンさんたちも、ケローネーに泊まるって話だったね?」
「あそこもずっと景気がいい。支配人一家のお父様もいい建築家や設計士と知り合えてよかったとおっしゃられていて。……建築家……?」
視察の途中で休憩のためにソファーに座り、虎姫がその話題をし始めた時、「はっ」と何かに気付いて口を止めた。まるで、触れてはいけないものがあったことを思い出したように……。
「どうしたんだい」
「いや、何でもないよ」
「あの件なら昔のことだし、お前とは直接関係のないことなのだから、あまり気にしないでくれ」
「言いたいことは、あなたにほとんど言われてしまったけども。母さんからもお願いよ、姫ちゃん」
「ごめんね。ありがとう……」
両親からの心遣いに、虎姫は心から深く感謝を告げた。そのしばらく後だ、彼女がアデリーンたちとのチャットグループ宛に『先にホテルでゆっくりしててね!』と送ったのは。
◆
グランドホテル『ケローネー浜松』は、レッドタートル貿易センターの目と鼻の先に建つ煌びやかなグランドホテルだ。ふかふかのベッドも大きな部屋も、露天風呂もビュッフェも完備で、おまけに足湯や宿泊せずとも自由に使える喫茶店までついていた。
しかも、浜松にゆかりのある徳川家康やウミガメに、ウナギなどのモチーフまでホテル内外に使われているという個性派ぶりだ。虎姫の秘書である環は、彼女からアデリーンたちにそこへ同行するように頼まれていた。家族だけの時間をとらせてあげたいと考えていたこともあり、虎姫側の思いも汲んだかたちになったのだ。
「やっぱり、いいホテルっすね〜」
「ご飯もおいしかったし? ディナーはもっと豪華なんだって」
ゲームコーナーなどを内包したアミューズメント施設で少し遊んだ後、赤いカーペットが敷かれた広めの廊下で蜜月と綾女がさりげなくつぶやく。
「会長が虎姫社長と一緒にリノベーションをされたんですよ〜! ふふふ!」
「支配人さんの一族が昔っからやってる、由緒正しきホテルなのよね。ねー、タマキさん?」
「さっすがご存知であらせられましたね? アデリーンさん!」
彼女たちはレッドタートルと同じく、このケローネー浜松に関しても隙があれば語ろうとしている。こうなるとやはり長くなるため、蜜月と綾女は早くも覚悟を決めなくてはならなかった。加えて、このメンバーが長話が苦手か好きかと言われたら、誰も彼もが微妙なところではある。
「それにしても家康像はまだしも、カメ様の像とかウナギ様の像とか立ってるし、クセが強いというかユーモラスというか。面白いよね? ここに泊まれるんだって思うと、ふふふ」
「あ、綾さん?」
「そーだ。年下のあなたたちに質問」
もちろん予約済みなので夕食および就寝するまでの自由時間を過ごすべく、しばしホテル内を探索してから、皆でひと休みをした時だ。困惑する蜜月を尻目に、綾女はニンマリと笑いながら玲音と葵に視線を向ける。多感な時期であろうロザリアも、興味津々だ。
「わたしたちぃ?」
「そ。ふたりともウチの竜平のことを好きでいてくれてるけど、取り合いになったりとかしてない?」
微笑みをたたえたまま、彼女は妹分たちに揺さぶりをかけていく。どちらとも長い付き合いゆえに、なんでもお見通しだ。
「ま、まさか。あたしにはもう彼氏いるから」
「何人もフってきたじゃん……」
「あ、あれはその。ヘリックスに立ち向かうにあたって、巻き込んではいけないからであってね?」
「ほらー、託されちゃったね。私からもリュウのバカのこと頼むわ」
「譲りあいならぬ譲り愛ってコト!?」
「上手いこと言っちゃって」というのは、ちょうど聞いていたアデリーンの感想だ。男っけがないわけではなかったが、せっかくのプロポーズもすべて断ってきたのだ。理由は男が嫌いだからではない、結婚するのはもっと平和になってからにするべきだ……という考えに基づくことだ。
「あたし気になります。もっと恋バナ聞かせて!」
「ろ、ロザリー。そうは言われても」
人懐っこいロザリアとも基本はこんな感じで絡まれているようであり、玲音はいつも困らされている。そういう年頃であれば仕方がなく、周りの年上たちは暖かい目をして見守る。
「綾さんよお、竜平っち連れてこんくてよかったんけ?」
「あいつに女の子がよりどりみどりのオイシイ思いさせたってねぇ」
蜜月からの質問に答えて皮肉な笑いを浮かべておどけるのは、意外にもついてきていない彼の姉の綾女だった。
「また土産物とか、土産話とか、しつこくせがまれるんだろうなあ。行きましょ」
「女だけでリフレッシュ旅行を楽しんで、何がいけないのか?」 ……と思う、アデリーンなのであった。




