FILE232:敵地へ……
《千鳥さんはここで見張りを?》
《はいな。それに、頼りになる上司だってついてますから。お気になさらないでください》
《アデリーンさんも、虎姫さんも、司令官も》
《このテレポーターには誰も近づけさせませんので。あとは帰りに注意してください》
《アーガイル兄弟にチドリさんがいたのなら、何も心配はいらないわね?》
侵入を果たしたアデリーンは、ヘリックスシティへ転送される前に――獄門山のアジト跡地で交わしたアンチヘリックス同盟の者たちとのやりとりを思い出していた。黒髪の若い女性メンバーと、行動隊長を務める双子の兄弟だった。彼女も彼らのことは心から信頼しているゆえ、何も心配はいらない。
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「今作戦の目標はバリア発生装置も兼ねた妨害電波塔の破壊と、地下にあるビッグガイスターの格納庫を突き止めて破壊すること。前者だけでも破壊できれば、やつらは逃げも隠れもできなくなる」
「特殊な手段を用いなくとも、場所が特定できるようになるんだろう? わたしはヘリックスシティの構造には明るくないから、どっちかについていくとしよう」
「私もカイルも、マップは頭にインプットできてるわ。信頼できると思った方を頼ってね」
「よしてくれ、含みのある言い方は!」
不気味なほど静まり返っており、警備のシリコニアンさえまばらにしか配置されていない――。そんなシティの中を、アデリーンたちは駆けながら話を進める。そこかしこに研究施設が点在し、ともすれば、近未来的に、サイバーパンク的にも見えたかもしれないが、あまりにも夢も華もない。このシティはそんな場所だ。
「……こうしよう。オレがどこかで敵を引きつけて時間稼ぎをするから、あなたたちには先ほど言ったふたつのうちひとつでも叩いてほしい。引き受けてもらえるか」
敵が大勢で集まっていそうな重要施設と思しきものを見つめた後、カイルはふたりに問う。その顔はとても真剣だ、まるで決戦に挑む前のように。彼の意図を汲んで、ふたりは首を縦に振った。
「ありがたい……作戦の無事を祈る」
笑っていったん別れたが、それはどうせ最後に見るかもしれないなら笑顔がいい……という、彼なりのささやかな心遣いだ。アデリーンたちよりも命懸けなのだ、カイル・コーデュロイは。
「あの方角は……まさか。ともかく、いきましょう」
これから彼の起こりうるであろうことを察してその身を案じながらも、彼女たちは反対方向へ向かう。マップによれば、その先に、ターゲットのひとつとしている妨害電波塔が点在しているためだ。
「ビームガトリングガン・【ノースウィンディ】と、超低温エネルギーで放つ電磁ナパーム砲・【ボレアルインパクト】……だったね。その2種でも持ってけばターゲットの破壊はたやすい」
「ええ、どちらも加減が利かないもの」
目的地へ向かう最中で水路が敷かれた区画に辿り着くと、アデリーンが今回、封を解いた超強力な兵装ふたつについて虎姫が振り返る。どちらも青や白を基調とした外見で、アデリーンが有する氷を操る異能の力にも対応した優れものだ。誰もいない土地で彼女が試し撃ちをしたところ、前者は岩や鉄筋コンクリートがたやすく吹き飛び、後者は地平線の彼方まで地面がえぐれたことがある。――それほどまでに強すぎた、だから一度は封印したのだ。
「待たんか~~~~いッ」
そこで突然、侵入者である彼女たちを撃退するべく現れたものがいた。チンピラやヤクザじみた背格好の男だ! 見覚えがあったアデリーンと虎姫はその登場にたじろぐ。
「あなた、おととい病院のカフェで……」
「そーだ、ヘリックス東京支部を預かってた猿山申太彦だ! てめーらがつまんねー事でチクりやがったせいで、オレ様は面目丸潰れ! みんなからは鼻つまみモンだ!」
余裕のない態度でわめき散らす猿山を見て、虎姫は煽るように笑う。アデリーンも彼を見ていたら、なんだかおかしくなってしまい笑い出した。
「……悪いがお前のアジトはわたしがべコンベコンに壊滅させた。それもあって、血眼になり手柄を立てたがってたんだな?」
「て、テイラー! この箱入り娘がよおーッ。ちょうど誰かに八つ当たりしたかったんだ……貴様らぶっ潰してやらあ!!」
《モンキー!》
サルの紋様が記された金色のジーンスフィアをねじった猿山申太彦は、これまた金色の体毛に白い顔、トチの実めいた赤い目をした怪人へと変わる。その手には三節棍を握り、体には動力パイプやコードに、軽装ながらも剛著な装身具をまとっていてそれなりに強そうだ。
「ウキキ! ウキャアー! ウキィヤアアァァァ」
「モンキーはモンキーでも、見たところキンシコウ……?」
「気分は斉天大聖さまだぞ~~~~~~~」
確かにこのモンキーガイストが頭につけたサークレットは緊箍児じみていたし、ボディを保護する装甲も中華の胴鎧めいた意匠が見られた、他の装身具もだ。三節棍も縁起がよい装飾が施され如意棒のようだ。だがあの有名すぎるサルと比べたら、月とスッポンどころの問題ではなく――。
「UKIYAA! サル分身だッ」
ご丁寧に毛をむしって無数に分身を作り出した。いきなり変わり種だが、アデリーンも虎姫も、この技のカラクリを早くも見抜いていた。
「初手分身技はルールで禁止スよね?」
「あ、アデリーン? ともかく、エテ公はわたしが相手をしておく! 君はターゲットの破壊を!」
「ありがとう、サル野郎は任せたわよ!」
本物のモンキーガイストを見抜いた上でパンチを1発見舞ってやると、アデリーンは虎姫が絶対に倒してくれると信じて先に行く。だがモンキーは小さな雷雲を呼び寄せ、しつこく立ちはだかった。
「ば、バカにしてんじゃねえ~~! オレ様を引き立て役みてーに言いやがって……雷雲しょうらーい」
「かーっ。気持ち悪い! やだあなた!」
先日の病院で相手の素行不良ぶりを目の当たりしたので印象が悪いのは当然だが、それを差し引いても心底嫌そうな、苦々しい顔でアデリーンはモンキーを罵倒する。ショックを受けていきり立ったモンキーは、地団駄を踏み悔しがってから如意棒の紛いもので突く! 雷雲が落とした稲妻による追撃もあったが、アデリーンも虎姫もそれらを軽く避けてしまった。
「どこに行こーか知らんが、行かせねー! エイプ・パンチッ」
「ひよった名前〜」
アデリーンはモンキーガイストのパンチ技を紙一重で避けて、宙を舞ったまま回し蹴りで反撃。顔面にぶち当たり水路に落っこちた上、彼が招来した雷雲も消えた。蹴られた頬を痛そうに押さえて、金色のモンキーは起き上がる。
「わたしたちを倒したいならね、モンキ~パ○チでもぶち込んでみろよ! 申太彦!」
「オレ様の首が飛んじゃうだろお!!」
まだ変身も装着すらもしていない、そんなふたりに彼は押され気味だったのである。パワー負けはしていないはずなのに――と、彼は思っていただろう。
「とーう!」
「ウキッ、ウギギギッ。こ、こいつら……出世の踏み台にできると思ったのに!」
張り倒された末に、アデリーンには素通りされた。その後ろで虎姫が、「閃烈!」と叫んで変身するためのギミックを起動しブレイキングタイガーへと姿を変える。モンキーガイストに対し、「勝ち目はない!」とでも言い放つかのごとく。
「チキショー! 目にモン見せてやるッキャアー!」
頭から湯気を出してまで怒るモンキーとは違って、ブレイキングタイガーは余裕綽々だ。




