FILE229:紫香楽宮玲音とその両親
ヘリックスにより尖兵へと変えられてしまった剣持桐郎は、入院して適切な治療を受けてから収監されることが決まった。敵が彼を狙って三度襲撃してくることを考慮し、厳重な警戒態勢がとられたのである。この警備には、蜜月とロザリアが協力しているため、守りは盤石だ。
「急に連絡を何件もくれるものだから、私もすっごく焦ってたのよ!」
アデリーンは2人に病院の警護を任せて、自身は虎姫とともにレトロモダンかつSFチックな雰囲気を漂わせる外観の屋敷を訪問していた。比較的裕福なその家こそ、彼女たちがたびたび話題に出していた紫香楽宮玲音の家だ。
「最近なかなか会えないものだから、寂しくなってつい……ね。竜平くんと葵はあれから大丈夫?」
ソファーに腰掛けてそう話す玲音は、つり目で髪はセピア色の少女だ。歳不相応なほどしっかりしていると家族も周囲の者たちは口をそろえて言うが、相応な点ももちろんある。口にしたものたちはこぞってその点も把握しているのだ。それは過去にアデリーンに命がけで守られたことがあるからこそ、彼女たちに迷惑をかけまいと達観した振る舞いを見せているということでもあった。
「誘拐されてはいたけれど、2人とも無事さ。彼女が間に合ってくれてよかった」
「それならいいのだけど」
そこに彼女の父である白衣の男が研究室から出て、姿を見せる。彼がやってきたのと同時に、割烹着姿の彼の妻……玲音の母もそこに合流した。ほかにも、紫香楽宮家には家政婦も雇われているようだ。夫婦そろって、平凡だが芯のしっかりしたムードを漂わせている。
「アデリーン! 虎姫! なかなか、君たちに会えなくてすまなかった」
「シガラキノミヤ博士がお気になさることはないの。こっちもウラワ博士の件があって最初は気まずかったから……」
「浦和さんには助けてもらってばかりいましたわ。アデリーンさんもまた、その浦和さんの子どもの1人であり、ワタシたちの誇り」
紫香楽宮夫人が淹れた冷たいお茶は喉ごしもすっきりしており、アデリーンと虎姫にとっても美味だった。昔を思い出して悲しげにしていた紫香楽宮夫婦を見て、娘の玲音は切なくなり、アデリーンは彼らの曇った顔を笑顔にして晴らそうとする。
「レイネのお母様……」
それからしばらく、思い出話に花が咲き……本題に入ったのは、その後だ。
「……結局ギルモアは何がしたいんだろうね。あのジジ……!? あの男の言うことは支離滅裂だ」
敵データの確認や情報の共有などをこの場にいた全員で行なってからのことだ、紫香楽宮博士がそう言い出したのは。ヘリックス総裁の話題を振る前には、度しがたかったあまり失言しかけて訂正までした。彼の妻は、そんな夫の精神状態を心配する。
「彼の目的そのものは一貫しています。神や悪魔にも等しい存在を生み出す、神や悪魔をも超えた創造主になろうとしている……」
「やはり正気とは思えないわ……」
「でしょう、レイネ? 彼が完成させたがっている最終兵器・ビッグガイスターは、その狂った思想の象徴だわ」
「生前に浦和博士も言っておられたが、全てを踏みにじる悪魔の巨人など作って、世に送り出して、何がしたいのか……」
常人はおろか、ギルモアと同じような狂気の持ち主や悪人でも、到底理解しがたいような目標を彼は目指していたようである。天才の心は天才のみが知っているというが、寄り添ってくれる者さえも敵や道具と見なす狂人の極致の心など、誰も知る術はない。そのことをアデリーンや玲音、紫香楽宮博士たちは語ったのだ。
「それも彼が既に正気じゃないから、それに尽きます。悲しいことですが……」
「あの、皆さん」
「虎姫さん?」
そこで虎姫が突然挙手をした。彼女なりに、現状を打破するための意見を出したかったのだ。
「とくにアデリーン。一度、敵の本拠地に乗り込んでみないか?」
「……攻めの姿勢で行きたいのね。あなたは」
「危険な賭けになりそうだけど、止めはしないわ。大丈夫だとも思いますが、アデリーンも虎姫さんも、お気をつけて」
「気を遣ってくれてありがとうね。レイネ」
その後、また昔話をして盛り上がるとアデリーンと虎姫は玲音たちと再会することを約束して、紫香楽宮家を発った。




