FILE226:憎しみの過負荷
「ヘリックスの屁理屈ゥ!!」
ロザリアは別に、場を凍りつかせるようなことを言いたいのではなかったのだ。たまたま、ダジャレじみた言い回しになってしまっただけなのである。寒気を感じてくしゃみをした無礼者も中にはいたが、敵も味方もおおむね大人な反応をして聞き流した。
「わがままを言ったってあなた方は返さないわよ。ここでおしまいです」
ジェルヴェゼルが眉毛を『ハ』の字にして、目は釣り上がったままで笑ってその旨を告げた。
「ジャキーンッ!! 幹部の皆様が手を出すまでもない。おれがバラしてやる」
竜平たちをかばうアデリーンに剣持が大剣を振りかざして襲いかかる。背後で緊迫している2人に逃げるよう、彼女は視線を送った。
「モチキリくん、正気に戻って!」
「ヘリックスなんかの命令に従う必要はない! ……剣持さん! 聞こえてるんでしょ!?」
2人が説得を試みている間に、ロザリアは舌戦に参加するのを我慢して竜平と葵を脱出させることを最優先する。「こっちです、敵さんの気が向かないうちに……」と、いち早く外に出て2人を逃がした。用済みだと宣言したからには、ヘリックス幹部たちもどの道無頓着となるというもの。
「うるせーッ! おれァ正気だ! それに生きてて良いことなんて、数えるほどしかなかった! こんなクソみてーな世界をメチャクチャにしてから!! おれも死ぬ!!!!」
火花が飛び散るほど怒りを露わにしながら、エッジガイストは暴れ回り周辺の柱や壁を切り裂く。切り傷がついただけでなく、切断されたものも散見された。吹き抜けの上層から見ていた幹部たちも、さすがに少し焦った。
「裂刀衝撃斬」
円形の衝撃波が放たれ、アデリーンたちは回避するも肩や腕などにかすった。その姿と同様に、触れる者すべてを傷つけようというのだ。
「一生そんな手で生きてくつもり!? 誰とも握手できない、友達にもなれないぞ!!」
以前のアデリーンとまったく同じことを言いながら、蜜月は敵の攻撃を防いで変身を解除させようとする。エッジガイストのほうは、剣と一体化していないもう片方の手で頭を押さえて苦しみ出した。
「だ、黙れーッ! どうせ……どうせ友達になったって、すぐ裏切られる! 信じても裏切られて、見捨てられるのがオチだ!! 実際そうだったんだから……!!」
剣持の脳裏をよぎったのは、かつて経験した辛い日々。猜疑心から誰も信じられなくなったあの日の嫌な思い出だ。
「そんなのは思い込みよ! 人を信じることを忘れなければ良いことも起こる!!」
「起こらなかったから苦しい思いをしてきたんだ……ジャキイイイイイン」
簡易的に変身を済ませ、メタル・コンバットスーツをまとったアデリーンと蜜月は一心不乱に大剣を振り回すエッジガイストに抵抗し、敵の攻撃を弾いて的確に攻撃を入れ続ける。これも、エッジガイストを元のあるべき剣持桐郎へと戻すためだ。
「ハアッハッハッハ! これは傑作だ! 俺たちが手を出すまでもなく、エッジガイストくんが邪魔なNo.ゼーロたちを処刑してくれるのだから!」
「全員活目せよ。こんなに愉快で面白い殺戮ショーは、地獄にイッたって見られないぜ」
上の階に移動し、手すり越しに戦いを見物していた兜が高笑いし、禍津は剣持を思って戦うアデリーンと蜜月の努力を鼻で笑う。
「そうかしら。こんな状況でもギリギリ逆転しちゃうのが、あたくしの知ってるあの子たちだけど?」
「わかりますー。そのくらいはしてもらわなくては、見ていて面白くないものね」
2人の女幹部は禍津の述べた考えに同調――しなかった。つまらなさそうな顔をして禍津を見つめ、彼を萎縮させたのだ。少しは想定外の出来事も欲しいと、そういうわけであろう。
「お楽しみ中の禍津君と兜君には申し訳ないが、私もそう思う。やはり、多少はアクシデントがなくてはなあ……」
「え…………そ、そうかい」
サングラスで目元をうかがえないようにしていた久慈川も、否定派だ。焦った禍津は兜に助けを求めようとしたが、彼の答えは――。
「俺も実はそう思っていたところさ! ほら、ヒーロー気取りども! もっとガッツリやってみろッ!!」
「な、なにい~~~~ッ!? 俺ひとりだけが悪いみたいな空気を作るなッ」
(禍津なんぞに肩入れするのはなあ。知らんぷりするか……)
兜は想定していないトラブルが起こることに期待して、アデリーンたちを煽る。……これを同調圧力と呼ぶのだ。兜にも雲脚に見捨てられたことが、禍津蠍典の心を傷付けた。彼は兜に掴みかかって罵声を浴びせ続けたが、相手のほうは気にも留めていない。
「ジャキ……や、やりづらい」
「ドラァ!!」
揉めている幹部たちに気をとられた隙を突かれ、エッジガイストは顔面に一太刀浴びせられた。蜜月は「手応えあり……」と、彼が少しでも正気に戻ることを期待したが、すぐに裏切られてしまう。
「うぁ……」
モノアイがついたエッジガイストの顔は、ガイコツのような不気味な素顔を隠すための仮面に過ぎなかった。苦痛に喘ぐ彼は狂乱の雄叫びをも上げて、まだ寄り添ってくれようとしていたアデリーンたちを否定し続ける。彼女たちは仮面の下で唇を噛み締め、武器をビーム銃へと持ち替えて両手に握る。
「お箸も持てない手で生き続けるくらいなら!」
「元の姿に戻りなさい!!」
必殺の射撃を叩き込まれて柱をぶち抜き、壁面に叩きつけられると、エッジガイストは爆発。その場に倒れ込んだ。兜円次たちも思わずたじろぐほどの破壊力と火力だ、しかし――その時、爆炎が敵の体に吸い込まれるかのように逆流していく。地獄の底に棲む鬼めいた唸り声を上げて、エッジガイストが起き上がった。このことに、アデリーンは嫌な予感がした。
「む? 変身が解除されていない。……様子がおかしいわ!」
「じゃ、ジャキン……ジャキン! ジャキィイイイン! ジャキイイイイイイーン!!」
全身を震わせ、禍々しく発光し出したエッジガイストの刃物だらけの体が物々しい音を立てて突然変異を起こす!
「より戦闘向きの姿になってしまった!?」
「名付けて『ネオエッジガイスト』よ」
各部が更に鋭利で物騒なものへと変わった、それだけではない。ネオエッジガイストはもう片方の手もマニピュレーターとなり、片腕と一体化していた大剣は両腕の手の甲から生えてきたのである。命名者は、狡猾な頭脳と豊満なバストを誇るキュイジーネ・キャメロン。




