FILE219:モチキリくん
アデリーンが虎姫自らが装着する予定のメタル・コンバットスーツを少しだけ見物させてもらってから、また数日後のことだ。彼女は虎姫と秘書の磯村環が視察に行く予定のとある人物のもとまで、同行することになって車に乗せてもらっていたのだ。運転するのは磯村で、助手席にはSPが、後部座席には虎姫とアデリーンが乗っていた。2人ともよそ行きの小ぎれいな服装で、磯村はいつものスーツ姿だ。
「こないだロールアウトを前に稼働テストをやったんだよ。きっと君たちの力になれる! アムールさんのためにもそうしたい……」
「彼女もきっと喜んでくれてるわ。ヘリックスに仕えてしまったことを相当悔やんでたから……」
2人ともアムールという女のことはよく覚えている。敵でありながら勇敢で誇り高く、悪事など働いていなければ良き友人になれていたはずなのだ。思い出話も交えて、――かくして2人を乗せた車はとあるアパートへと辿り着く。その名も『おとずれ荘』だ。
「さっきは変な話振っちゃってゴメンね」
「いいんだ。さ、ここだ。我々が提携先の1つと行なっている、再就職支援プログラムの対象者にあたる方が住んでいるのだけど……」
複合企業であるテイラーグループはそういうボランティアも行っている。恵まれた者として恵まれない者、弱った者に手を差し伸べ、――と、これだけなら、善良なふりをした悪の組織もやりそうなことではあるが。テイラーグループは決してそのような悪徳企業などではなく、しっかりとひとりひとりに寄り添い親身になって接しているのだ。
「剣持さん? 『剣持桐郎』さん? テイラーです! お話に来ました、調子はどうですか? お体のほうは……」
対象者の部屋の前でアデリーンたちと並ぶとインターホンを鳴らして少し待ち、ノックをしながら虎姫はそう呼びかける。心から心配していることが、表情からも伝わった。
「私どもはモチキリさんというあだ名でもお呼びしてるんですよ!」
「へぇ~~、モチキリさん。ふふっ」
「モチキリさんの話題で持ちきりになったりもするんですよ。モチキリだけに!」
などと、これから会おうとしている剣持の話で盛り上がっていたその時だ。玄関のドアがとうとう開き、その中からダボダボの部屋着を着た青年が現れたのである。至って普通な容姿で、髪もボサボサ――。もっとも、これからちゃんと支度をするつもりではあったし、虎姫たちにとって匂いもきつくはなかった。
「て、テイラーの社長さん? なんで? 磯村さんも……それにそちらはどなたで」
「私ですか? アデリーン・クラリティアナと申します、テイラー社長とは古くからのお友達です」
あいさつを笑顔で交わしてから、彼女たちはその青年・剣持の部屋へと入らせてもらうこととなった。モノが多すぎて散乱しており、整理整頓もあまりできていないようだ。日々生活する中で出たゴミはゴミ箱にはおさまらず、仕分けしたうえでポリ袋に入れられていた。
「食べ残しとかはないみたいですね。前はひどかった」
「おれも、あの時は今よりしんどかったので……」
こうやってゴミだけでなく家具なども散らかり、いわゆる汚部屋となってしまうのは精神的に余裕がなく、荒れている証拠だという意見や見方もあるとされている。平凡ながらも陰のある彼、剣持桐郎がそうだ。虎姫たちはこれから、そんな彼の身の上を改めて聞くことになった。
「コミュニケーション不足とか、失敗が積み重なったとかで、前の職場ではうまく行かなかったんだよ。それで外に出るのが怖くなって……。今はだいぶマシにはなりましたけど、気分転換に散歩や買い物に行くのもイヤなくらいでした」
「そんなに辛いことが…………」
散らかっている部屋ではあるが、来客に座ってもらうだけのスペースは確保されていたし、風通しも意外と悪くない。だが、台所は洗い物だらけだし、洗濯物もベランダだけでなく室内に可能な限り干されている。
「おれが要領悪くて、運がなさすぎたってだけですから。無理に理解しようとしてくれなくていい、普通に生きられて、普通に幸せでいられるのが一番だ」
「私も普通じゃなかったんだけどな」とは、あえては言わないのがアデリーンだ。だが、その彼女から見ても、剣持の境遇は不憫すぎる。どうにかして、少しでも力になりたいと思っているのだ。
「クラリティアナさん?」
「キリオさん……モチキリくん? 私で良かったら、お友達に」
会ってすぐなのに、この距離感はいったい何なのか――と、衝撃を受けた剣持はハトが豆鉄砲でも食らったように驚き後ずさったあまり、後ろのふすまに激突する。アデリーンたちはそんな彼が見るに堪えられなかった。
「ほ!? ほ、本当に友達からでいいんですか……!? ありがとうございます!! ぜひ、ぜひ!!」
「え? う、うん。もちろんそのつもりよ」
後退したかと思えば急に戻って来て、ちゃぶ台越しにアデリーンの手をつかんで嬉し泣きしながら懇願する。この時は剣持も戸惑っていてどう返事をしたらいいのかわからず、とっさにこんなことをのたまってしまった――らしい。しかし反応に困ったのはアデリーンも同じで、勢いに押されて照れ笑いした。
◆
それから2~3時間ほど経つもとくに問題は起きず、剣持の精神的なケアも無事に終わって物事は良き方向に向かっていた。
「私けっこう忙しいんだけど、またどこかで……ね。モチキリくん」
「はい! クラリティアナさん! 皆さん付き合ってくれて、ありがとうございました」
剣持もアデリーンたちも、互いに一礼する。虎姫が〆を飾るべく前に出て、アデリーンの隣に立つと剣持の手を取った。磯村とSPはそれを暖かく見守る。
「また見に来ますね。わたしたちもついてますから、お互い頑張っていきましょう」
そうして彼らは別れ、剣持は社会復帰を目指して、虎姫たちはどうすれば彼の支え続けられるかを真摯に考えながら帰路に着く。
その一部始終を付近のビルの屋上から監視している者がいた。誰にも気づかれることなく、そう、超感覚を研ぎ澄ませているアデリーンでさえも――。
「……ふふふふふ。感じたわ~。あの男から底知れない心の闇を、ね」
双眼鏡を手にしているのは、茶髪のロングウェーブヘアーの長身の女だ。スタイルも豊満でビジュアルにも自信が見られる。メガネをかけて微笑んでいたが、ヘビのように瞳孔を鋭くしていて静かな狂気や冷酷さを感じさせる。
「お前の言う通りだよ。相当根深いと見た、クックックッ……!」
その隣には、赤髪で白いジャケットを着た伊達男だ。彼はその右手に銀色に光るカプセルを転がしていて、その表面には刃物をかたどった紋章が描かれていた。
「なんでもズタズタに切り裂く鋭利な刃物のパワーを宿した、『エッジ』のマテリアルスフィア。これを試すときだ!」
「とびきり面白くて残酷なショーが見られそうねぇ。あの子はどうやって、目の前で起きる惨劇を止めるのかしら?」
不敵に笑い、悪巧みをしている兜円次とキュイジーネ。――これから己の身に起きようとしていることを、剣持桐郎は知る由もない。




