FILE213:地上が車乗りの楽園に
「怪人が街で暴れてる。……ミヅキは残って! ヒメちゃんと情報を共有する人が必要だもの」
「う、うん……」
こうしてはいられない――ということで、アデリーンは離席。この美しく整えられたVIPルームを出る前に一度だけ振り返って全員にアイコンタクトを送った後、このハイテクビルを後にする。困惑する一同だったが、蜜月はぎこちないながらも笑った。
「ま、まあ……ワタシの相方もああ言ってたことですし……。けどやっぱり心配だな」
それは皆同じである。普段あまりアデリーンとは関わらない支社長も、もちろんそうだった。そんな中、皆が見ている前で蜜月は懐から何か取り出す。彼女以外は訝しんだが、その正体はすぐにでもわかった。
「出でよワーカービー1号!」
説明しよう。ワーカービーとは働きバチを意味する名の通り、蜜月の目となり手となり足となって飛び回る、ハチ型の偵察メカのことである。
「アデレードを助けておやり! お行き!」
ワーカービーは飛ぶ、しかし、排気口をすり抜けたり、窓ガラスを割ってでも飛び出したりなどはさすがにできず――。そこで真っ先に気を利かせた磯村が窓を開けて、ワーカービー1号機を出してやった。
「……森へお帰り!」
「帰しちゃダメでしょう。さ、話の続き続き!」
凛々しい虎姫も珍しく表情を崩して、なぜか鼻息荒くノートPCの画面を提示する。それには――、ホワイトタイガーを思わせる白銀のボディに黒い縞模様が刻まれた、スタイリッシュな外見のパワードスーツらしきものが映っていたのだ。設計図やイメージではなく、実物だ。
◆
超感覚を頼りに街中を駆けてゆくアデリーンは、その途中で炎の翼を生やして飛んできたロザリアと合流した。彼女も同じようにして敵の気配を追って、ここまで自力で来たのだ。やがて、街が突然破壊される中で逃げ惑う人々の姿を目の当たりにする! もう少し遠くのほうだが、ビルなどが立て続けに破壊され、逃げ遅れた人々は轢き殺されていたのである。
「ゴロンゴロおおおおおお」
「はーっはっはっはっ! 大虐殺だアルマジロ! 地ならしだ! 地ならしをするのだ!!」
街を見下ろすほど高いビルの屋上から緋色のカブトガニのような怪人が高笑いを上げ、その下では黄色いエネルギーを発しながらアルマジロの怪人が地面を転がって街をぶち壊し爆破して瓦礫の山、あるいは火の海へと変えて行く。異様な光景としか言いようがない!
「腐らせるものは腐らせろ! 焼くものは焼け! ヘリックスの命運をかけた東京クリーン作戦が成功した暁には……、不純物だらけの日本列島すべてを整地し! 全世界に羽ばたくのだァ~~!!」
「いかれた作戦もそこまでです! カブト!!」
「チィッ!」
己に酔いしれるように、タキプレウスガイストが雄叫びを上げる。だがそこに炎の矢が放たれ、振り向いた兜は盾で身を守る。苦々しい顔をしながら、襲撃者を見て舌打ちした。――デジャヴだ。つい昨晩、こんな風に自身はNo.0と呼ぶ金髪の女からビームによる威嚇射撃をされたばかり。
「姉妹そろってか……いったん止まれアルマジロ!」
「街を壊して人を殺すくらいなら! ボウリングはボウリング場でやりなさい!」
部下に命令を下すも、怒り心頭なアデリーンに首根っこを掴まれビルの真下へと転落させられる。普通は死ぬが、落とした2人にとってはどうということはなく、それは全身を鎧で覆ったタキプレウスも同じ。ただ、イタいものはイタい。
「う……うるさいんだよ! 東京クリーン作戦の意味もわからずに!」
マウントポジションを取られたゆえ目の前にアデリーンの大いなる双丘があったために激しく動揺するも、なんとか煩悩を振り切って目から赤と緑のビームを撃って威圧し、拘束を解いたタキプレウスガイストはギザギザの刀身を持つ長剣とカブトガニの甲羅のごとき意匠のある盾を構える。そのすぐ隣に、問題のアルマジロガイストも立ったことでアデリーンとロザリアはますます警戒心を強めた。
「……崩したビルは、ボウリングでいうピンではない。肥やしだよ」
「ハァ!?」
言っていることが支離滅裂で、まるで理解が出来ない――! ロザリアが心底信じられない顔をして怒り、アデリーンはタキプレウスのその言動に呆れた。
「火薬を使わず街を壊して、人を轢き殺すんじゃギロチン以下じゃない!」
「ギルモア様はなぁ! 地球の将来のため、悪い街や汚れきった大人たちを潰して! 肥やしにしたいんだよ。手始めに、不純物だらけの東京からねぇ!!」
彼はとことん悪を突き詰めたような言動を続ける。怒りからかえって頭が冷めきっていたアデリーンは、養豚場のブタでも見るような目を彼に向けた。
「盛大な自虐をしていくのね。その汚れきった大人ってあなたたちのことじゃなくて?」
「ウッ……ぐぐぐ……」
敵を煽って精神の動揺を誘う時は的確に鋭く突き刺さる言い方を選ぶ、誰が彼女をこのようにしたのか。ほかならぬアデリーン・クラリティアナ自身だ。
「こんなふざけたマネはここでおしまいよ!! 【氷晶】」
「右に同じ。【天翔】」
「くそがッ! やれアルマジロ!」
アデリーンも、ロザリアも、これ以上の非道を許す気はなくかけ声とともに青や赤の光に包まれて変身を遂げる。それぞれ対応する専用のメタル・コンバットスーツを身にまとったこの姉妹に、かなう者はいない。一瞬だけ2大怪人はその場で後ずさるが、苛立ちと共に3つ目のタキプレウスは剣を掲げて号令を下した。
「娘っこども、うるさいんだよ! ゴロンゴロー!」
地面を少しバウンドし回転しながらの体当たりを繰り出す、アルマジロガイスト。アデリーンは即座にビームシールドを構え、少しずつ凍結させたところでロザリアが超高熱のエネルギーを炎の矢へと変えて引き絞り、放つ。急速に冷まされ熱されては、せっかくの防御と攻撃を両立した戦法もたちまち崩されるというもの。
「邪魔をするなッ! 神がオレにこの力を与えてくださったのだァァァッ!!」
「ろくな神様じゃなさそうねッ!」
直接殴るべきと判断したアルマジロは、タイヤストーンリムーバー型の剣とホイール型の盾で武装してクラリティアナ姉妹を襲う。回避しては防ぎ、反撃も巧みな連携で瞬く間に、パワフルに行なう。この姉妹も伊達や酔狂でヒーロー活動をしていたわけではないのだ。
「アルマジロガイストよ、かまうな! こいつらは俺が引き受ける。貴様はクリーン作戦のための整地を続け、グギャァ」
クラリティアナ姉妹の相手をしてやろうとした刹那、タキプレウスガイストは至近距離で炎の矢を射られた。それはロザリアなりの、かつて狂気じみた実験の数々に利用されたことへのささやかな報復だった。そう何度も急所に直撃させるほどバカではないタキプレウスは、まぶた代わりのバイザーを閉じてとっさに防いだが、燃焼させられたことで受けたダメージまでは防ぎきれない。
「ちょっと前まで、よくも利用してくれましたね!」
「実験用の人形が偉そうな口を利きおる!」
アルマジロガイストの相手は姉に任せて、自身はより手強いであろうタキプレウスガイストへと単身挑む。手の内はそれなりにわかっているので、危ないと判断したらそこは柔軟に対処する。ロザリアはそのつもりだ。
「お前ごとき【小娘】が【大人】にかなうかァーッ! No.13! 我らに刃向かってばかりのお前らに利用価値などない! 見せかけだけの美人姉妹には廃墟の街で死んでもらうかよ!!」
「あたしたちは死なない」
「ゴロンゴローっ!!」
タキプレウスガイストこと兜円次が雄弁を振るっている横で、アデリーンはあくまでも落ち着いて、時に激しくアルマジロガイストとの戦いに集中している。妹が窮地に陥れば、もちろん助けに行く。その時はその時だ、2人でアルマジロやタキプレウスを同時に相手にするのだ。
「アルマジロは堅くて最強だとは聞いていたけれど」
敵が手にしている大剣『リムーバブレード』はアスファルトやコンクリートどころか、分厚い鉄板だろうと簡単に破壊できる。分厚い筋肉と表皮の上を覆った鎧も更に頑丈だ。その上で『ホイルガード』という盾で防御を万全にしているのだから、物理的な攻撃は望みが薄い。だから、先ほどロザリアと息をぴったり合わせたように特殊能力を中心に攻めるべきなのだ、このディスガイストに対しては。アデリーンは、敵の攻撃をかわして防ぎつつ、時にはかすってしまうこともあったが……そう分析した。
「東京をクリーンにするというお題目のもとに破壊行為をして、何がやりたいの。ゆうべ、車ごと人を殺したのはなぜ? 答えなさい」
「お前には関係ェーないだろが! 悪口を言うのはやめろ……」
敵の盾を弾き飛ばして、その隙に防御が比較的薄そうな腹部をビームソード・ブリザードエッジで攻撃! あえて、思いきりXの字や菱形を描くように激しく斬撃した。うめき声を上げたアルマジロガイストの体から火花が上がると同時に、氷の粒が飛び散る。アルマジロは大ダメージの影響からか、武器を落として脇腹を押さえたが、もう片方の手で指に力を入れて震わせる。苛立っている証拠だったが、アデリーンはそれを見落とさず、ロザリアもまた激しい攻防の合間にしっかりと目に焼き付けていた。
「いかーん! アルマジロガイストがやられたら、東京クリーン作戦はオジャンになってしまう……」
「ご自分の心配をしたらぁぁぁ!?」
赤と赤同士の戦いを制そうとしているロザリアは、タキプレウスガイストが油断した隙を狙って今度は零距離射撃ではなく、フランベルジュを召喚して弱点の眼へラッシュ攻撃をかける。直撃だけは避けたいタキプレウスは鬼気迫る勢いですべて防ごうとしたが、ここもわずかな気のゆるみを突かれて下腹部を蹴飛ばされ、アルマジロガイストの堅牢なボディへとぶつかった。
「ご存知の通りやられっぱなしじゃないのよ。観念したら!?」
「ほざくな。二度と再生できないよう木っ端みじんに……」
アデリーンとロザリアが、ひるんでいる敵に武器を向けトドメを刺そうとしたその時である!
「へあっ!?」
「ミヅキの働きバチがどうして?」
ハチ型のガジェットが、タキプレウスガイストの鼻先に止まったのだ。




