FILE202:フィンガーがシャイニングする
翌朝、アデリーンたちがアンチヘリックス同盟の戦艦・ホワイトオルカを発つ直前のことだ――。東京の片隅で、ヨモギ色のスカンクのような姿をした怪人が何か行動を起こそうとしていた。
「ブボボボッ! におってきた、におってきたッ。オレが撒いたくっせぇ毒ガスのにおいだ~~ッ」
プロレスラーが被るマスクを彷彿させる顔はスカンクそのものではなく、あくまでその意匠が見られるというだけだ。目は黄色く光っている。ところどころ機械化・金属化されつつコードや動力パイプがついたボディは細身ながら隆々とした体型だが、変身者もその通りとは限らない。
「クサいぜ~、クサすぎてみんな死ぬぜーッ。ヘリックスに入れてもらうための一番の手柄は、オレがいただく!」
独り言をブツブツとこぼしながら、彼は両手ほ手のひらや指に開いた穴からガスを噴出させ拡散を続ける。その間に自分の身に降りかかった出来事を思い出していた。それなりに仕事のできる男ではあったが、上役には怒られ続け、同期の男にはずっと差を付けられただけでなく、将来を誓い合う彼女との出会いまで先を越され――怒りと屈辱にまみれた日々を過ごしてきたのだ。
「オレより優秀だからといって、あのアホばっかチヤホヤして出世させちゃってェ! そいつはめちゃ許せんよなアアアア」
そこで彼は思いとどまる――ことができず、ヘリックスという悪魔に魂を売ると凶行に走ったのである。スカンクの遺伝子を宿したヨモギ色のジーンスフィアを言い値で購入すると、彼女と出会う約束をしてウキウキしていた同期の男の自宅を訪問。仲直りしようと持ちかけたが、そこで「お前はここがダメだから直した方がよかった」といった風に一言一句正論を投げかけられて、逆上。既に嫉妬と憎悪に狂っていた彼は『スカンクガイスト』に変身すると、怒りに任せ同期だった男をガスで窒息させた上で殴打して殺害した。そして彼が結婚を誓うはずだった彼女を奪って監禁し、自身は殺害時と同じく悪臭を伴う毒ガスをばら撒いたのである。
「そこまで!」
その時だ、可憐な少女の声が朝の街角に響き渡った。まったく爽やかではない今の状況だからこそ、光り輝くものがある。
「ブボボボボ! なんだぁ……!?」
スカンクガイストと化したガス会社の男が罵声を浴びせた対象は、紅白を基調とするボディを金色で縁取ったパワードスーツを身にまとっていたのだ。天使か何か、そういった神聖さをも感じさせる意匠も見られた。
「悪臭ガスどこやったぁ!?」
「換気させてもらいました!」
「な……空気清浄をしたってコトぉ!? どんなマジックを使いやがった!」
「答える必要はありません。あなたが毒ガスのオナラでテロを起こして殺そうとした人たちもみんな無事です! 閉じ込めてたお姉さんだって解放させてもらいました。……あとは、あなたをしばいて懲らしめるだけ」
謎のオーラを感じたスカンクガイストは、立派な体格とは裏腹におびえから後ずさる。
「観念しなさいスカンク男。あたしは、闇を照らす聖なる炎! 【エターナルエンプレス】!」
名乗りを上げた彼女から差すまばゆい後光に圧倒されたスカンクガイストは、まったく知らないヒーローネームまで告げられて更に困惑――。
「ブボボボボ!? あ、アブソリュートゼロだとかゴールドハネムーンとかじゃねえのか!? いってぇなにもんだ!? ウギャア!」
容赦のないパンチだ! キックだ! チョップだ! いわれなき往復ビンタまでかまされ、スカンクガイストは大きくふらついたところをエターナルエンプレスを名乗った女に投げ飛ばされ壁に衝突する。結構なパワーが乗せられたために、スカンクの体は「く」の字に曲がってから地べたにずり落ちた。更に、炎をまとった徒手空拳で追い打ちをかけられる。
「あっぢィィ! 待て待て待て、ブボボボー! オレをこのままファイヤーしてみろ。ガスがバーニングしてドッカーン! ……だぜェ!! テメッわかってんのかあ!?」
なす術なく攻撃にさらされ続けるスカンクだが、ここで揺さぶりをかける。心理戦に持ち込んでやろうと試みるだけの賢さはあった、が……、相手のほうはさほど動じてはいない。こういう手合いがいやらしい手法を用いたときは、どう対処すべきかわかっていたからだ。
「それはわかってますゥー。それじゃあー、あなたをぉー、採石場にでも連れてくだけ!」
炎の翼を広げたエターナルエンプレス――こと、『ロザリア』は敵を拘束するとそのまま自身が宣言した通りの山の中にある岩っころとぺんぺん草しか生えていない場所まで運んで、戦って御しやすくしたのだ。
「ブボボボボボ!?」
地面に叩きつけられたダメージが響いたか、よろめきながら立ったヨモギ色のスカンクガイストはヤケを起こし両手指や手のひらの穴から悪臭ガスを噴射する。しかし、ロザリアは元々いわゆる発火能力を有している。あとはもう説明するまでもないだろう、――そういうことだ。
「そーれい!!」
「ブボ……あっちゅ! あっっっちゅ!!」
引火して爆発し、スカンクだけがダメージを受けた。そもそもこのガスは可燃性で、スカンクガイスト自身もあとから燃やして火災を人為的に引き起こそうとしていたのだから、身から出た錆である。
「ここなら思う存分あなたを成敗できる! 容赦しませんよ!」
「このアマッ! ブボボボ――――!」
やがて殴り合いに発展したが、ロザリアのほうがはるかに上だ。戦いの経験については、いかんともしがたいほどの差があったのだ。よってスカンクは大した反撃もできずに岩盤まで叩きつけられ、情けないうめき声を上げた。
「ちきしょー、ヤケクソだ! スカンク猛臭拳んんんんん」
爪でひっかくような仕草で、スカンクガイストはガスを放出しながら何度もパンチを繰り出す。無数の残像が残るほどの速さ――だったが、ロザリアは炎のシールドをまといながら全弾的確に防いでみせた。
「き、効かね~~~~……? なんつー屈辱ぅ」
「ハアアアアア!!」
呆気にとられて動けないスカンクガイストを、ロザリアの紅い炎が襲う! 舞うがごとく鮮やかにスカンクを焼いてみせた。
(姉様! ミヅキお姉さん! お2人がいなくても、あたしならやれる! 『ピュア・ロザリア』の戦闘センスを活かしてみせます! また、手ほどきとかご指導も……)
かつては悪だった己の中の純真さの化身は、確かなセンスを持っていた。彼女にもそれは受け継がれ、短い期間で更に昇華させたのだ。高度な技術をモノにしてしまうまでに、時間はかからなかったというわけだ。
「あたしのこの手が真っ赤に燃える! あなたを倒せと轟き叫ぶ!」
ロザリアの右手の甲にハートを模した翼の紋章が表れた。これぞ彼女を示すパーソナル・マークだ。そして、仮面の下の彼女は勇壮たる顔つきとなっていた。
「なな、なになに!?」
「サンライズ! フィンガーッ!!」
まばゆいほどに燃え盛る炎をまとうその右手で、ロザリアはスカンクガイストにぶちかます。その刹那、追撃を繰り出した。
「――わしづかみ!!」
「ブボボボッ。限界が来てる、ガスが漏れるぅ~~~~!!」
ヒートアップしすぎたロザリアが、「頭部を破壊された者は失格となる!」とでも叫びたい気分だっただろうことは、想像にかたくない。スカンクガイストは爆発四散、ヨモギ色をしたスカンクの紋章入りのジーンスフィアもバラバラになった。
「破壊して燃やす……、それだけがあたしの炎じゃない。あなたがまき散らしたらしいばっちい毒ガスはその炎で綺麗さっぱり、火事にもなることなく浄化して消しました」
変身を解除して、プラチナブロンドをなびかせる可憐な少女へと戻ったロザリアは敵の正体を目撃する。
「『帝国ガス』のコヌダさん、っていうのね……」
ヨモギ色のスカンクガイストに変身していたのは、自身の職場での待遇の悪さを嘆き、どんどん出世した上に女子にもモテモテになった同僚に対し不平不満を抱いた果てに暴挙に出たサラリーマンの男だ。ロザリアは彼のスーツについていたロゴマークと、彼が落とした名刺をしかと目に焼き付けた。
「ジーンスフィアを誰からもらったの、誰から買ったの?」
「し、知らない! オレ何も見てないよ! 何も言えないよ! 殺されちまう~~!」
倒れたままの相手を起こす、などというはしたないことはせず。ロザリアはマウントポジションを取ると古怒田の襟首をつかんで、心の底から怒って問い詰めたが彼は口を割りたがらない。更には泣き出したその姿は、あまりにも見ていられないものだった。
「……そう。でも、こんな危ないものは回収させてもらいます。ジーンスフィアなんか使っちゃ、めっ! でしょ!」
ジーンスフィアを回収してから、ロザリアはこの男の罪状をカードに記す。白地にピンクの枠が使われたオシャレなものだ。
【この者、毒ガステロ実行犯!】




