FILE193:巨悪の本拠地?ポイントDD640
『ポイントDD640』は、周りを海に囲まれた無人島だ。行くならば船や飛行機しかない。普通ならそうなるが、彼女たちには幸いにもほかの手段があった。ワープドライブ機能を持ち、海上の移動にも対応できるスーパーマシン2台――マシンブリザーディアとイエローホーネットだ。
「海の上も走れたんだ……」
「しっかり掴まってないと沈めるわよぉ」
「急にオンナらしさを出すなッ」
「2人とも仲いいんじゃない」
「あのなーッ」
どことも知れぬ海上を走行している合間の一幕。ヘルメットを被りつつ馴染んでいる適応力には敬意を表した2人だが、もちろんこのままドリューを匿ってやるつもりはない。彼自身も望んでいるが、この後のことを済ませたら出頭してもらうつもりでいたのだ。
「ポイントDD640は……この島ね」
海岸の岩場に降り立ち、アデリーンと蜜月は辺りにヘリックスシティと思われる外壁などの設備がないかを探す。ドリューが自分たちを騙したのだという可能性も十分にあることを、警戒しつつ。
「そっちはどうだ?」
「ダメみたい……。いくら探してもヘリックスシティらしきものは見当たらないわ。やっぱり、ウソついてるんじゃないでしょうね?」
岩ばかりで木々や草花もまばらに生えているだけで、動物の気配もほとんどないような不気味な島を手分けして捜索するも、手掛かりは無かった。まさかとは思ったアデリーンと蜜月だが、確信したほうがよかったかもしれないとドリューに疑惑の眼差しを向けた。
「いやいやいやいや!? そんなすぐ移動するわきゃあない!? ぼくがゆうべ出入りしたときには、確かに座標はここにセットされてたんだ!」
「言い訳するんだ」
「違う! ホントにここで合ってたんだ、ついさっきまで……!!」
「ケンカはやめやめ! そんなことしてる場合じゃないでしょ」
波打際の岩場で空気がギスギスするのを寸止めして、引き続き捜索を再開しようとしたその時である。岩場の上のほうから、ゆらりと燕尾服の上にコートを羽織った無精ヒゲの男が現れたのだ。ドリューは彼を見て驚いてすくみ上がり、アデリーンと蜜月は対照的に眉をひそめた。
「ククク……。そのゴミカスの言い分は正しいぞ」
「スティーヴンッ!」
「あんたは!? なぁんでここにいるんだッ」
「いい大人がそろってムキになるな。お前たちに話があるのだ。私にも、お前たちにも有益な話が」
「だが断る。今になってあんたらと手を握れるものかよ」
言語道断とばっさり切り捨てた蜜月だが、スティーヴンのほうは交渉を取りやめようとしない。無下にされたので一瞬眉を吊り上げるも、ごまかそうとして薄ら笑いを浮かべた。
「ムキになるなと言った! ……お前も、No.0も、No.13も、身が立つように総裁に取りなしてやろうと思ってね。まー、突然言われても信じられやせんだろうが……。さほど驚くことでもない」
「なにい……」
スティーヴンを見る2人の目つきは一層険しくなり、ドリューは腰を抜かして立つことが出来ないでいた。彼ほど冷酷で残虐非道な男を前にしたなら、何をされるかわかったものではない。少なくとも、ろくな目に遭わないことだけは確かだった。
「元々No.0は我が組織の前身となったラボで生まれていたし、No.13は組織が発足されてから生み出され、蜂須賀蜜月もしばらくの間は我々に雇われていたんだ。悪い話ではあるまいよ」
まるで親身に思っているかのような口ぶりだったが、当人たちはだからこそ信じてはいなかった。この男の悪辣さや外道ぶりはよく知っていたからだ。
「金はいくらでも出そう」
「お金が欲しかったら、私ヘリックスなんかよりも真っ当なところで働くけど? それに……ヘリックス創設に立ち会ってジーンスフィア開発のための工業施設だの、研究設備だのをギルモアに提供した張本人に味方ヅラされたってね、信じられるわけがないでしょう」
誘われるも全否定した。アデリーンにしてみれば、至極当然のことだが。言い切った彼女のことを蜜月は心から尊敬できたし、ドリューにとっても彼女の勇ましい姿勢がとても頼もしく見えた。納得のいかない顔をしたスティーヴンは笑って取り繕うも、苛立ちを隠せないでおり――。
「そうかそうか。私も大変困っている……。お前たちを倒せとご命令が下ったのだ。これがすこぶる難しい……そこのゴミクズは除いてな」
スティーヴンは芝居がかった動作も交えて2人に近付きなおも食い下がるが、アデリーンも蜜月も考えを変える気はない。自然な流れでこき下ろされて、ドリューは傷付いた。
「だから、どうだね? お互いの利益のためと思って」
「もちろんお断りよ」
どこぞのエキセントリックな気質の敏腕漫画家でなくとも、ここはハッキリ「NO」と答えていただろう。それにアデリーンも蜜月も、甘い言葉の中に「最後にはスティーブンだけが得をする」という魂胆があったことを見抜いていた。最初からこの交渉は決裂する運命にあったのだ。
「それは残念だなぁッ! 『東雲』ッ!」
「でぇいや――ッ」
突然海中からアーマーを着込んだ、赤色のエイのような怪人が飛び出して一同を襲う。すれ違いざまに体当たりして彼女たち3人をひるませた。
「ウワーッ! やめろやめろやめろやめろ!?」
「汚ねえぞジョーンズッ!」
エイの怪人がエイを模したジェットエンジン付きのアーマーを装着したような姿を持つそのディスガイストは、スティーヴン・ジョーンズを護衛するように前方に立ちふさがる。ドリューはおびえ、蜜月はその卑劣さに烈火のごとく憤った。
「ふふふはははははははーッ! 策略に綺麗も汚いもあるものかよ! 騙す者が利口で! 騙される者が愚かなのだッ!!」
「東雲、ヘリックス一の卑怯者と噂のお前かっ!」
「そういうことだ。大人しくしてな」
スティーヴンにに距離を取られたアデリーンと蜜月はエイの怪人・『スティングレイガイスト』を取り押さえようとするもジェット噴射による素早い動きに翻弄された上、唐突に飛んできた円形の飛行メカによってアデリーンが拘束されてしまい、ドリューは煽られた末に理不尽にも殴り倒されてしまう。
「くっ。力が抜ける……!?」
アデリーンを捕らえた飛行メカは、何らかの方法で彼女の全身からエネルギーを吸い取り自由を奪っている。いつもならこの程度はすぐにでも凍結させて、脱出できるのだが――。
「抵抗するだけ無駄だぞ。そいつには、ZR細胞に由来する能力を封じる機能が搭載されていてね。つまり! No.0の持つ冷凍エネルギーは無尽蔵に吸収され、無力化されるのだッ!」
苦痛にあえいで膝をつくことしかできない。目の前で大切な存在が窮地に陥っているというのに――。アデリーンがその時抱いた悔しさは計り知れない。
「何をす……うわあああああああああああああああああああああああああああ」
ほくそ笑むスティーヴンは、指をパチンと鳴らしてどこからともなく戦闘員・シリコニアンたちを呼び寄せ、機関銃を持たせた彼らに一斉射撃を命じた。いきなり銃殺刑に処すのではなく、まずは威嚇してからだ。
「う、撃つな! 僕だ! 元味方だッ! ドリュー・デリンジャーだあああああ!?」
「ドリュー、いいからそのウジ虫どもを押さえておけ」
「な、なんだと~!? このクソヤロー、ぼくごと撃つ気かッ!?」
「エーイ! どうした? 元味方なんだろ、ドリュー? スティーヴン様の言う通りにしないか」
裏切ってスティーヴンにつく体で口答えしたドリューだが、アデリーンと蜜月に目をやるとしゃがんで身を守るようにジェスチャーを送った。しかし、アデリーンは謎の飛行メカに身動きを封じられたし、蜜月に至ってはスティングレイに羽交い絞めにされてしまっている。ドリューは望みを絶たれ、この世の終わりに面したような顔をした。




