FILE192:私をヘリックスシティへ連れてって
「改めてお帰り! ロザリア!」
姉たちに連れられ、帰宅して早々に出迎えてもらえたことだけでも彼女にとっては幸せなことだ。無論、心の聖杯も持ち帰ったロザリアは靴を脱いで上がり、手を洗う。アデリーンと蜜月も一緒だ。いつも通りの日常風景が戻ってきたと言えよう。ただし、傷だらけでズタボロに汚れたドリュー・デリンジャーを伴って帰還したという点を除いて。
「どんどん食べていいんだよー。姉さんもあなたもいなくて寂しかったエリスお姉ちゃんが、特別に! 腕を奮ってやろーう」
玄関に上がった時点でいい匂いが漂ってきていたことから、勘のいいアデリーンは察する。その香ばしさを辿るとそこに用意されていたのは、ホットプレート一式と、そう――お好み焼きだ。しかも豚玉からイカ玉まで取り揃えられている! その前に手洗いうがいは欠かせない。まずそれらを済ませ、連れて来たドリューにもそれをさせてからアデリーンと蜜月は席に着いた。
「ありがとう! ありがたくいただきます……!」
ドリューのことは家族にちゃんと説明をしつつ、アデリーンは手を合わせてこのごちそうにありつく。もう何年も定住している以上、お好み焼きをナイフやフォークで切り分けて味わうという、人それぞれの時代でもそうそうやらないようなズレたことはせず、箸まで持って、ソースまたはケチャップなどで味付けするなど堪能した。
「う、うゥッ……気まずい……」
とくに拘束はされていないが、罪悪感などからドリューは食事には手つかずで眺めてばかりだ。その前にしなければならないことも、彼にはある。談笑していた最中だったアロンソもマーサも、そんな彼のつぶやきやそのみじめな姿が目に留まる。
「何が気まずい? 言ってみろ!」
「そうだよ。デリンジャーくんは言うことがあるだろ」
「こここ……、こたびは散々嫌がらせじみた悪さばっかりして皆様に大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでしたあああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
後ろめたさとおびえから、ドリュー・デリンジャーは引きつった顔をすると床に頭をこすりつけてまで土下座をする。ずっと敵対してきたアデリーンや、乱暴されたロザリアは言わずもがな、付き合いの長い蜜月も見ていられなかったほどだ。捕まっていた時期に一応面識のあったエリスも、内面は複雑だった。
「もういい! 君が反省も後悔したのは伝わった。頭を上げろ、上げなさい」
「え……? お許しくださるのですか!? お二方とNo.ゼ……!? 娘さん方には、ひどいことばかりしてしまったというのに!?」
「いいトシした男がウジウジしない!」
険しい顔をしたアロンソや同じような表情のアデリーンからの言葉には、もちろん「水を差すな」、というニュアンスもあったし、「無闇に卑下をするな」、という説教も込められていた。食事を続けたり、お好み焼きの続きを焼いたりしていたほかの面々は「余計な首は挟まないでおこう……」と、自身に言い聞かせていたのだろう。
「ん」
かくして、ドリューが輪の中に入れてもらえてからしばらく経った時のこと。むすっとした顔のアデリーンが、切り分けたお好み焼きのうちの1切れを皿に乗せてドリューに差し出す。アデリーンの隣にいたエリスからは箸まで持たされ、いよいよ逃げ道はない。
「このお好み焼き食えよ」
ドリューのすぐ隣にいた蜜月は、自身の分のチーズ入りを食しながら催促する。
「蜂須賀はともかく、クラリティアナ一家はいつからジャパニーズに……!?」
「イカ玉ミックスだぞ。お好み焼き食えよ~~っ」
「アレルギーはお持ちですか? ほかにもエビとか入れる予定があったんだけど」
「しょ、食物アレルギーなら何もないが」
確認が取れたエリスはマーサに合図を送り、そのままホットプレートに追加で具材を乗せる。食べてばかりは失礼に値すると感じたアデリーンはというと、自分もコテを片手にプレートに乗ったお好み焼きのもとをタイミングを見極め適度にひっくり返す。当たり前だが今までも何度か家族や友人でいわゆる『オコパー』を開いており、今回は久々だったので失敗したものの、次第にカンを取り戻していった。
「そうそう、その調子!」
褒められたら伸びる法則である。褒められなくても伸びるが、あまり気持ちの良いものではないのが現実だ。
「ご、ゴチに……なります……」
カチコチに震えた手でソースをかけて、次に箸に持ち替えて皿を持ちながらそのお好み焼きを食する。イカやキャベツ、玉ねぎなどなど多くの具材が程よく混ざり合ったそれは、そこまで味にはうるさくはない彼の口にも合っていて――。
「うめーっ!!」
アデリーンたちも思わず注目してしまうほどの心からの歓喜の声を上げた時、ドリューは大変恥ずかしそうにしながらその1切れを食べ終わった。少しは憑き物も落ちたような顔で。
「ジャパニーズ……つまり日本人じゃなくてもお好み焼きは作れるし、その魅力やおいしさもわかるの。わかっていただけたかしら」
「えぇ、ええ……マーサ奥様のおっしゃる通りで……ハイ」
深く頭を下げて一礼する。それには、「今はこんなことしか出来ませんが……」という、彼なりの謝罪と感謝が込められていた。それから、これまでの所業もあり、クラリティアナ一家の前で戦々恐々としながらも……やっと輪の中に入れたドリュー・デリンジャーは、このお好み焼きパーティーを満喫した。アデリーンたちは彼を好き放題にいじり倒して、責めるどころか逆に赦してやるつもりでいたのだが、デリンジャーはそれが逆に怖かったらしい。
「……ぼくだって好きで悪さしてたわけじゃないんですって! 信じてくださいよ! 上役に悪いヤツらがいっぱいいてねぇ、スティーヴン・ジョーンズやギルモアっていうんだけど、こいつらがどうしようもねー悪党なんだな……」
「今までの自分の行いを人のせいにしないの!」
「いででっっっっ」
彼は『オコパー』の途中でようやく緊張がほどけた様子を見せるも、ロザリアとアデリーンの両名が、ドリュー・デリンジャーの頬をつねった。戦いの場ならそんな程度では済まず、もっと恐ろしい目に遭っていたであろう。想像にかたくない。
「なによ、言えたじゃねえか。ギルモアのジジイへの不平不満がさあ」
デリンジャーを褒めてやった蜜月は、酒の代わりにオレンジジュースを一杯飲み干す。気持ちよさそうに一息つくと、今度は烏龍茶をおかわりした。一方アロンソは、酔わない程度に酒をあおっていたため娘たちから心配された――が、マーサはというと、どこかそっけない。羽目を外して酔いつぶれた夫のみっともない姿を、今まで何度も目にしてきたためだろう。
「あ、あの! 皆さん! 施してもらってばかりではやっぱりアレじゃないですか。だからぼくのほうもせめてもの償いがしたい」
もう少し経ち、彼がこのパーティーに中断を入れた際のことである。今度は腹をくくったのか真剣な顔をして、デリンジャーはその場にいた全員に大事な告知を行なったのだ。
「さすがは闇のバイヤー出身。上手いこと言うわね?」
「お世辞はいらないって! ともかく、そうだ……今ぼくにできそうなのは……」
アデリーンに食い気味に返事を返すも、つれない顔をされてばつが悪そうにしたデリンジャーだが、咳払いをして仕切り直す。
「No.ゼ……じゃあなくて! クラリ……でもなくて!」
「もったいぶっちゃって」
「あ……アデリーン、さんには……ヘリックスシティの座標をお教えしたく……」
「ふふふ。でももう変更されてない?」
からかわれ気味だったが、アデリーンはどこか嬉しそうだった。彼が自らの意志で更生を望んでいることをうかがい知れたから、と思われる。
「あたしが使おうとした移動用ポッドには、ポイントDD640とは書いてありました」
「今のうちなら変わってないかもしれない……ですぞ!」
箸と皿をテーブルに置いて、一息つくとアデリーンは腹八分目にしたところで食事を切り上げた。ロザリアが休憩したがっていたのを見逃さなかった彼女は、「大丈夫、後はお姉ちゃんたちに任せてゆっくりしなさい」と、彼女を休ませることに決める。心の聖杯は言うまでもなく置いて行くことに決めたし、アデリーンが何も言わずともすでに両親と妹が預かっている。
「お好み焼きでよかったら作り置きしておくわ。なんならサキ先生もお呼びする」
「ありがとう、母さん! 準備バッチリよ」
「やったぁ! 私エリスも、姉さんの健闘を祈っています」
「慢心はしない」と自戒をした上で自信に満ち溢れた姉の姿を見て、エリスも自分のことのように誇らしげに喜んだ。可能ならば、この後、虎姫やスーパーコンピューター『ナンシー』の手を借りて、戦えるようになったロザリアのことや心の聖杯のことを研究するつもりでいた。
「もうちょい食べさせて……」
アデリーンもアデリーンで、蜜月やデリンジャーを伴いポイントDD640に行こうとしたが――名残惜しくなってもう1枚だけ食べてから行くことにした。お好み焼きというのは、食べ始めたらそうそう止められないものなのだ。「好きにしてから出発してもいいのよ」、とは、母・マーサの談。




