FILE191:氷炎の姉妹・ニューヒロインは不死鳥のごとく
天を貫き曇天を焼き払うほどの巨大な火柱が上がったとき、市井を歩く人々のうち、ある者は「この世の終わりだ」と、底知れぬ不安を覚えたが、ある者は希望を見出した。「邪悪なものを焼き尽くす希望の灯火だ」……と。
「あれは何かを破壊して殺戮するための炎じゃないって、私思うの。葵ちゃんは?」
「まだ何とも言えません。けど、悪いものなんかじゃないっていうのはわかります」
少なくとも、彼女たちは――浦和綾女と梶原葵は後者だ。ロザリアの存在を感じ取ってさえもいたのだ。周りがスマートフォンで録画や撮影を始めるなど、騒々しくても彼女たちは不思議と冷静でいられた。何も驚かなかったわけではないが。
◇
「な、何なのだ、あれは……!? 元は我々が闇のNo.13に与えてやったというのに!!」
巨大な火柱と、それを作り出したエターナルエンプレスの存在を間近で目撃し驚愕した者はアデリーンたち以外にもいた。密かにドリューの動向を見張り、有事に備えてホオジロザメの怪人に変身していたスティーヴン・ジョーンズである。サメが直立したというよりも、サメを擬人化した、またはサメ人間というべきその異形の機械仕掛けの姿は、独自の風格さえも漂わせていた。
「大好きな妹が帰ってきてくれたんだもの。用を済ませて帰りたいから、片を付けさせてもらうわよ!」
それを知らなかった、否、気付いていたかも知れなかったアデリーンは妹の勇姿を見て士気を高め、自身もネクサスフレームをかざして強化形態であるスパークルネクサスへと変身する。メタリックブルーとパールホワイトの装甲にエメラルドグリーンとピンク色が加わり、より鮮やかとなっただけでなく翠色のマフラーもついてきた。
「ち、ちくしょおおおお…………! 自分の手を汚さず勝ちたかったんだがぁ!!」
《バット!》
追い詰めるつもりが逆に追い詰められ、ヤケを起こしたデリンジャーもまた、ジーンスフィアをねじると黒っぽいコウモリの怪人へと姿を変える。コウモリ傘型の剣・アマガンサーもその手に持ち、もはや怖いものはない――などと思い込んでいた。
「ドラァ! コウモリくんの相手は引き受けた!」
自分が何をすべきか察した蜜月は、すばやくデリンジャーへと拳で殴りかかり、Wスピアーも持ち出して剣でのガードも無視すると彼を牽制する。眉をしかめた彼女の顔は、暗殺者だったこともあり迫力に満ち溢れている。
「ええ、私はこのセイウチさんを元に戻すわ。ロザリアと一緒に!」
「そっちは頼んだわよ、相棒!」
槍で薙ぎ払いデリンジャーをぶっ飛ばした蜜月は、ウォーラスガイストの相手をパートナーに託してから背部の紫に光る翅を展開させて追撃に向かった。任されるまでもなく、アデリーンはロザリアとともにウォーラスガイストに立ち向かうつもりだ。そろって素顔を出したまま――。
「無駄にキラキラしやがって。なぁにが変わったってんだ!」
パワーアップ形態になったというのもあるが、アデリーンは物怖じしないし、それはロザリアも同じだ。表面的な力のみならず、勇気も泉のごとく湧き上がっていたのだ。ロザリアの場合は、同じ感情が烈火のように。
「ぶっ潰してやる、覚悟しなア!!」
「……あなたがね!」
ウォーラスが氷の牙を生やしてから口を開けての脅しにも屈しない姉妹は、地面をぶん殴ったウォーラスガイストのパンチをかわして顔面を同時に蹴る! 次にツララの大砲が放たれるもこれさえ切り抜け、ロザリアは炎を放ちアデリーンは空中で旋回しながら敵を斬りつける!
「派手に燃えろッ!!」
「グヒッ、ヴォファ――――ッ」
出力が段違いとなった2人の攻撃は、重装甲であるウォーラスガイストのボディをもやすやすとぶっ飛ばしてコンテナやドラム缶の山へと叩きつける。轟音を立ててものが崩れ、大爆発も起きた。煙が立ち込める中でひるんでいたウォーラスの前に、青い鎧と赤い鎧をまといしクラリティアナ姉妹が接近する。
「超低温環境でパワーアップしたのは、あなただけだと思ったかしら? あなたのフィールド展開のおかげで戦いやすくしてくれてありがとう」
「戦いやすくしたア!?」
起き上がったウォーラスを前に、アデリーンは威風堂々とした笑みをたたえ、種明かしをしながら挑発。ロザリアはそばで腕を組み、姉の勇姿が誇らしかったか「うんうん」と頷く。
「……行くわよ!」
「はい、姉様! いかに重装備だろうとぉーっ!!」
「今の私たち姉妹の前には! 通用しなぁ――――――いっ!!」
アデリーンは青いビームソードによる斬撃を、ロザリアは炎をまとう徒手空拳を、それぞれ繰り出して畳みかける。既にヒビだらけになっていたウォーラスの装甲はまともに機能せず、冷気を放出しての氷の精製もできなくなっていた。2人は攻撃の手を止めず、ロザリアは弓矢を召喚する。ダーク・ロザリアが使っていたものと同様の見た目をしていたが、呪いが解けたようにその姿を変えて行き――なんと、持ち主と同じく紅白を基調とする流麗なフォルムに生まれ変わった!
「【ソーラーアルバレスト】ッ! 紅き炎の矢があなたを貫くッ!!」
「絆の力を得た【ブリザードエッジ】は! あなたがいかに耐性をつけていようと関係ないッ!」
激しい勢いに乗って次々に放たれる矢と、最大出力となったビームソードの連撃がウォーラスガイストを襲う。もはや回避も防御も不可能となったこの大きな波から、逃れる術は無し。
「終わりです……プロミネンスアロー!」
「とどめッ! アークティックブレード!!」
ソーラーアルバレストを引き絞って放たれた巨大な炎の矢と、天と地を走る虹色の衝撃波が交わってウォーラスガイストの巨体を貫いた! 断末魔の叫びとともに恐ろしきウォーラスガイストは爆発四散し、彼は元の警備員の姿に戻り、セイウチのジーンスフィアは地面に落ちて砕け散った。
「う……うぐぐ、お、俺はいったい」
なぜこうなったのか、記憶があいまいな男のもとにアデリーンとロザリアが駆け寄って介抱をする。先ほどまで敵同士で戦っていたとは思えない穏やかさだった。
「よかった、元に戻れたんだわ!」
「ハッ!? そうだった、昨日の夜中に変な男が暴れてて……」
やはり、ヘリックス……というか、ドリューのせいで怪人に変えられあのような非道を働かせられていたのだ。事情を聞いている中でアデリーンは、ネクサスフレームから癒しの力を引き出し警備員の男の傷を治した。そうして、笑顔を見せて彼を安心させる。
「とにかくここは危険です。安全な場所まで逃げてください」
「あたしからもお願いします……」
クラリティアナ姉妹からのたっての願いを受け、警備員の男は立ち上がり表賀ドックから去って行く。戦いの影響ですっかり荒れ果てた倉庫の壁に開いた穴のほうを向いたアデリーンの顔は優しいものから、再び勇ましき戦士の顔つきに変わった。蜜月と合流するために動き始めた姉妹の傍らに、心の聖杯が浮遊して追従する。
◇
「まだハチがコウモリに勝てると思って……グゲェッ」
「いつの日もゲス行為ばかり、男として恥ずかしくないのか!!」
「その悪どいことやらなきゃ、生きていけなかったんだよぉぉぉっ!」
未だ凍ったままのドックの中で、飛んでいたところをはたき落とし馬乗りで数発殴ってから、デリンジャーを掴んだ蜜月はジャイアントスイングを繰り出し鉄柱に激突させる! そこにビームを撃ち込んでから急接近、追撃して更にデリンジャーを追い込まんとした。
「お前が! 心を! 入れ替えるまで! 戦うのを! やめないッ!」
「グギャ~~~~ッ」
片や、暗殺者から記者ならびにヒーローになった女。片や、商売が生業で戦い慣れていない闇バイヤー上がり。力の差はずっと前から歴然で、ドリュー・デリンジャーがバットガイストに変身しても到底かなわないのは仕方のないことだった。
「ケェ――ッ!!」
逆上して口から放った超音波攻撃も、蜜月には届かない。たやすく避けられた上にエルボーをぶちかまされ、そこから投げ技を決められてしまったのだ。
「余裕そうねミヅキ!」
「おおっ、アデリーンにロザリアっ! この通りピンピンしてるよー……さて」
やがて二人が駆け付けた! 嬉しさのあまり思わずあだ名で呼ぶのをいったんやめてしまった蜜月だが、それはおいておき目の前の敵を叩くことに注力する。やはり素顔を出した状態でだ。
「ワタシらがこうして、3人そろったからには!」
「もう容赦しないわよ。ここらが年貢の納め時」
「お覚悟はよろしくて?」
蜜月は元気や熱気が有り余った様子で、アデリーンは片目をつむって顔は険しく挑発的に、ロザリアは勇ましく人差し指を指して各々宣言した。
「ウギギギ! くっそーッ!! ざけんなぁァァァッ!!」
目の前に本物の心の聖杯があるのに――! 思わずたじろいだバットガイストこと、ドリュー・デリンジャーは今度は狂乱して羽ばたきそのまま体当たりをしかける。無策でやったことだが、それは彼にとって完全に悪手でしかなかった。
「草刈流槍術・三鋭閃!」
「奥義……パニッシュブレイズ!」
「ノーザンストライク!!」
「ぎにゃあああああああああああ~~~~ッ!?」
いたぶるような戦い方では後味が悪くなるだけだ――と判断した3人は、全力を出し切って迎え撃つことにする。まずは蜜月による三角を描くように突進してからの全力攻撃、続いてロザリアが心の聖杯から力を得て精製したフランベルジュに炎をまとわせてからの強力な一太刀、そして、アデリーンが繰り出した十字を描く閃光と冷凍エネルギーをまとった必殺の斬撃を食らって、バットガイストは爆発四散! 巨大な青いエネルギーの柱が上がり、治まると同時に凍っていたドックも、ようやく元通りとなった。
「……終わったな……!」
物陰から一部始終を見張っていたGホワイトシャークガイストが、人知れず去っていく。だがアデリーンは彼に感づいたか、一瞬のみ彼がいたと思われる方向に視線を向け、すぐにおびえているデリンジャーのほうに向き直した。
「誰かいたのかッ!?」
「気配からして、スティーヴンがいたかもしれないの。私の思い違いかもしれないけど……」
「なんでもない」と隠せば後で誤解や混乱を招くだろうと杞憂して、それを回避したかったアデリーンはその場で相方からの問いに答える。「思い違いじゃなさそうな気がする」とは、それを聞いた蜜月の意見だ。海風に吹かれて彼女らの身に沁みる中で、心身ともにボロボロに傷付き倒れ伏したデリンジャーの前には砕けたコウモリのジーンスフィアが散らばる。
「も、もうダメだ……おしまいだぁ……。ぼくの人生こんなはずじゃ、なかったのにぃぃいいい!!」
半べそをかきながらそう嘆くデリンジャーにアデリーンたち3人が迫り、容赦なく胸倉をつかみ上げた。ジーンスフィアの破片は早くも没収済みだ。なお、ロザリアは変身を解除して元の小柄な姿に戻ったものの、成長を喜んでいた姉とその友人は残念がっていたらしい。
「や、やめろぉ!! こっちに来るなァ!?」
「そうですね、ジーンスフィアはもう使えない! 帰ったって見せしめに処刑されてしまうだけ……」
少しだけ、先ほど痛めつけられたことを根に持ったような含みを持たせてロザリアが言葉責めをする。ドリューは更に彼女たちのことが恐ろしくなった。
「お、お前みたいな子どもが偉そうに! わかりきったことを言ってんじゃあないぞ!?」
「顔貸しな!」
おびえているくせにこの期に及んで強がり、反省も見られない態度のデリンジャーを見かねたアデリーンは、珍しく語気を強めてから彼の顔をビンタする。本気で怒っていたが、どこか優しさも感じられた。
「ワタシからもだ!」
ビンタをぶちかましたのは蜜月も同様で、とくに彼女の場合はヘリックスでしばらく一緒にいた時期もあったためなおのこと彼のことが許せなかったのだ。
「二度もぶったァァッ!? オヤジにもぶたれたこと……あったぞ!?」
その瞬間、養豚場のブタを見るような目が3人分、一斉にドリューへと向けられる。情けないうめき声を上げて彼は力が抜けて膝をつき、アデリーンも自然と手を離した。
「も、もう悪いことはしないよ……。お手上げ……」
「ホントでしょうねぇ?」
顔を思い切り近付けて、脅しをかけて探りを入れる。小悪党の言うことなど、簡単に信じてもらえるわけがないのだからそうもなろう。
「信じてくれよぉ~~~~、悪さをするよーな気力なんかもうマジで残ってない!!」
今度はマヌケに引きつった顔で土下座までし始めて、もはや彼からは悪党なりの誇りも何もなくなってしまった。怒っていたアデリーンたちも呆れて、肩をすくめたりする始末である。
「とことん見下げ果てたわ。……とにかく、ついて来てもらいます! あなたには聞きたいことが目いっぱいありますからね!」
だが、アデリーンは最後のチャンスと言わんばかりにあえて彼に手を差し伸べたのだった。口調こそ、きついものではあったが――。




