FILE190:I'm Rosalia, the holy flame that illuminates the darkness!!
消えた聖杯が向かったのは、ロザリアがいる表賀ドックの倉庫内だった。光に包まれて現れたそれが収束して全貌があらわれた時、その場にいた誰もが我が目を疑ったのである。
「こ、心の聖杯だとおおお!? 本物か!? きっと本物、ということは……ぼくの出世ええええええェエ――――イ!!」
彼にだけは渡すまいと、アデリーンは真っ先に前に出て必死な顔をしたドリューを平手打ちにして転倒させる。そこから華麗にUターンして、ロザリアと蜜月のもとへ聖杯を持って行った。ウォーラスガイストは「ガラクタはいらないが命令されたから……」ということで奪おうとしたが、ロザリアが炎を放ち牽制した。
「どうしてこうなったのかわからない。聖杯にも何らかの意思があったとして、あたしを追ってきたというの……?」
炎の壁を作って敵サイドを遮断すると、ロザリアはアデリーンや蜜月とともに心の聖杯を覗き込む。そうしたら何かが起こる、わけでもないのにだ。けれども、彼女たちとしては、そうしなくてはならなかった気がしたのである。
「ロザリア……?」
その時、心の聖杯が不思議な光を放ちその中にロザリアを呑み込んだ。外に漏れ出したほどのまばゆい光が収まった頃には、彼女の姿も、聖杯も、どこにもなかった!
「せ……聖杯とやらもあのガキも消えちまったぞ。どうなってんだ?」
「ぼくが聞きたいんだがああ!!」
炎の壁の向こうでも、その内側でもそれぞれ突然の事態に戸惑っていた。しかし、意外にも内側にいたアデリーンたちは冷静だった。ロザリアが必ず帰ってきてくれそうな予感がしていて、希望を持つことができたためだ。何よりここで敵を確実に倒しておかなくては、彼女が無事に戻ってきたところで安心することはできないだろうと、そういう判断も下していたのだ。
「……言っておくけど。私、氷の能力が効かなくても、それ以外でならセイウチさんを倒せるわよ」
「毒もじきに効いてくるさ。もう暴れんのは、やめな」
燃え盛る炎を乗り越えて、ゆらゆらと表に出たアデリーンと蜜月はドリューとウォーラスガイストを挑発する。少し優しい物言いだったのは、変身者がドリューに操られ望まぬ破壊と暴虐を強いられていたからだ。
「うっせえ! ヴォーッ! おらああああ!!」
毒で弱らされていたこともあり怒り狂ったウォーラスガイストは、またも冷気を吐き散らして暴れ出す。アデリーンたちからすれば、タネさえ割れてしまった今なら対策を講じれば何とでもできそうなのだ。
◇
「ここは……?」
目を覚ましたロザリアは、どことも知れないようなモノクロームの空間の中に飛ばされていた。そこにあったものは、自分自身と、むなしく輝いている心の聖杯のみ。
「よーこそ、もう1人のあたし。ここは心の聖杯があたし同士の対話のために作り出した、現実から隔絶された場所」
寂しがらせないように、という気遣いなのか、説明を入れながら黒い衣装をまとったロザリアが現れる。非現実的だが、そういうことが十分にありえるところに隔離されたのだ。
「1つになった以上、もう話すことなんて無いと思うけど……」
「あたしにはある。最後の一押しをしにきたの」
罪悪感などから顔をそらすロザリアに対し、もう1人のロザリアは手を差し伸べようとする。
「また悪魔のようになれってことじゃないでしょうね?」
「そんなこと言いにくるわけないじゃない。あたしがもう1人のあたしに聞きたいことがあるとしたら、戦うことにためらっているのか、そうでないのか」
「今更、ためらったりなんかしません。あたしが戦わないとみんなが傷付いてしまう。目の前で死なれるのは……それこそ耐えられない。ダーク・ロザリア……、あたしは」
「その名前は、今のあたしにはふさわしくない。そうね、名を名乗るとしたら……」
かつて悪の化身だったもう1人のロザリアが、光の粒とともに『お色直し』をする。黒い衣装は半分白く、左右ともに赤かった瞳は右目が青色に――。姿だけでもう1人の自分がどういう存在になったのかを表現していたことを、ロザリアは察する。
「……ピュア・ロザリア。善悪のどちらでもない、あなたの純真な心を司る者」
「ピュアでイノセントなあたし……!? 想像もつかない」
驚く暇もなく、今度はロザリアが身につけていたブレスジェネレーターが聖杯と一緒に光を放つ。ピュア・ロザリアが何かをしたわけではなく、ブレスレットのほうから不思議な力を発したのだ。
「!?」
「ほら! 心の聖杯もそのブレスレットも……あなたに新しい力を与えようとしてるわ」
「けれど、100%の悪ではなくなったあたしにはあのスーツ……イーヴィルフレアをまとうことはできない」
そのためらいだけではない。許されざる罪を犯した自分が姉たちと一緒に、同じ屋根の下で過ごしていいのか、幸せなひとときを過ごして許されるのか? そういった迷いが彼女の中で渦巻いていた。ピュア・ロザリアがこの空間を介して実体化したのは、ロザリア本体がそうして葛藤し苦しんでいるのを憂い、せめてもの贖罪に繋がれば――と、それらのマイナスな感情を拭い去りたかったからだ。
「それはもうイーヴィルフレアではなくなってる。……まだ、不安なこといっぱいあるんだよね? 大丈夫、姉様たちがついてる。あたしはもう1人のあたしであり、あなた自身。ヘリックスと戦い、打倒することがきっと罪を償うことにつながる――」
今は、悩み苦しんでいる場合ではない。ロザリアは、かつて自分が励ましたもう1人の自分を見上げてその言葉に耳を傾ける。自分の中の純粋な部分がここまで言ってくれたのだから、彼女は顔も気持ちを前を向いて、考えを改めてなくてはならない。
「あたしの前であたしが犯した過ちから逃げないって誓ってくれたの、嬉しかったんだ」
「ああ言っといてから日和ってたなんてさ。カッコ悪いよね……。でも、自信がついた。もう逃げたりなんかしない。姉様たちだって助けに来てくれたのに、ここで折れてたら、もっとカッコ悪いもの」
やがて、この何もない空間でもう1人の自分と改めて向き合っているうちに、自然と笑みがこぼれた。ロザリアの真紅の瞳には、再び光が満ちあふれピュア・ロザリアも降りてきてロザリア本体と手をつなぎ、そして抱き合って1つの存在に戻る。モノクロームに染まっていた空間も彼女の心境を反映してから、明るい方向へと色づき始めた。
「そうだよ、みんなと一緒にいてもいいんだ……。ありがとう……ピュア・ロザリア!」
その時、ロザリアの周りに鮮やかな紅色の炎が巻き起こる。その炎に呑まれた、というよりも、暖かく包み込まれ、抱きしめられたロザリアは決意も新たにその可憐な瞳を勇ましく、闘志を燃やした。
◇
――そして、消えた聖杯は光とともに、凛々しい顔になったロザリアを伴って戻ってきた。彼女はその手に漏れ出すほどの輝きを手にしている。姉・アデリーンと親友・蜜月はロザリアの帰還を大いに喜んだ。ヘッドパーツを解除し、自ら素顔を露わにしてまで。
「ロザリアっ!? 無事だったのね!」
よく抱きつかれる日だ。しかし、ロザリアはそれが嬉しかった。目に入れても痛くないと言わんばかりに姉と友人から可愛がられた以上は、2人に相談もせずクヨクヨしてばかりはいられまい。
「せ、聖杯! 聖杯をよこせよ! このガキャアアア~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
パニックを起こしたデリンジャーが罵声を浴びせても、一同は気にしない。ウォーラスガイストが口先だけの彼に怒って払い除け、襲い掛かろうとして来ても動じない。ロザリアを守るべく応戦し始めたアデリーンと蜜月が一度離れたのを見て、ロザリアは聖杯をその両手に掴んだ。
「いいえ、デリンジャーさん! あなたたちには渡さない! 【天翔】!!」
天を焼くのではなく、天に羽ばたこうというのだ。その刹那、ブレスレットを構えたロザリアを中心に、施設の天井どころか、雲の上まで貫くほどの巨大な紅蓮の火柱が吹き上がった! そして彼女の体は一時的に成長を果たし、その身に擬似メタル・コンバットスーツをまとう。
「イーヴィルフレア……じゃない!?」
堕天使や悪魔を連想させる赤黒いスーツは、炎の中でその色彩を紅白を基調とし、アクセントを桃色とするものへと変えていった。金色のフレームに縁どられたそのスーツはもう悪魔的とは言えない、まるで天使のようだ。
「闇を照らす聖なる炎、【エターナルエンプレス】!!」
深き暗闇から生まれたのだ、その炎が。その天使のような乙女は、悪魔に堕ちてから今一度生まれ変わったのだ!




