FILE188:Rosalia... i want to save you.
ロザリアを探して道路を駆け抜けているアデリーンは、信号の前で一時停止を行なう。その時だ、脇道からメタリックイエローのバイクに乗った蜜月が現れたのは。ヘルメットを被り、上着の下には紫のワイシャツと白いアクセント入りの黒のベスト、黒いズボンを履いていた。
「なんかあったんだなアデレード!?」
「ミヅキ!? お仕事はいいの?」
「ヤな予感がしてさ、キリのいいところで中断してきた。ワタシはいい……どこに行こうとしてるのか」
「ロザリアが家出をしてしまって、彼女の気配をずっと追ってるの。姉妹だからわかるの……」
「フィーリングってコトぉ!?」
「私の読みが当たっていたら……表賀ドックだと思う」
信号が変わったので運転を再開した。蜜月は頷き、そのまま該当する地点まで移動。廃棄され、既に使われなくなったそのドックに辿り着く。ヘルメットを脱ぎ、アデリーンのほうはあらかじめバイクの右ハンドルを抜いてビームサーベルに変形させた。
「やけに寒いわね。潮風が身に染みるというにはあまりにも……」
寒さだけではない。地響きも、轟音も、明らかに普通ではない音が聴こえてきたのである。アデリーンがこの異常事態に、その身で何も感じないはずがなく……。
「きゃあああああ!?」
その時だ、目の前にロザリアが落ちてきた。アデリーンと蜜月はすかさず、彼女を介抱する。誰かにやられたか、煤だらけだ。しかし自己再生能力を有しているためか、とくにケガは見られない。
「ロザリア!? 何してたの!」
「ね、姉様? ミヅキお姉さん? ダメです、こんなところに来ては……」
見つめる視線も弱々しく、ロザリアは危機が迫っていることを告げる。すぐそこに彼女をここまで追い詰めた元凶が来ていた、2メートルはゆうに超えている巨体の怪人だ!
「ヴォーッ!!」
ウォーラスガイストである。彼のそばには、彼をこのような怪人に変えた張本人のドリューもついてきており、2人は説明を受ける前からドリューの仕業だということを察した。伊達に長い間、ドリューを含むヘリックスの構成員たちと戦ってきたわけではない。
「クッソおおおおおお! ウォーラス、お前が真面目にやらねーから余計なもんがついてきちゃったじゃないか!!」
「騒ぐんじゃねえや!!」
配下にしたはずがすごまれてしまい、ドリューは萎縮する。……これではどちらが上なのかわからないというもので、アデリーンたちは首を傾げた。
「まぁた金髪のガキが来やがった。これじゃあ、本気になれねえなあ!」
「……すぐに、その減らず口を叩けなくなるようにしてあげるわ」
相手のいたぶるのを楽しみたいような言動が癪に障った、というよりも持ち前の正義感の強さから許せなかったアデリーンは、いつも以上に険しい目をしてビームソード・ブリザードエッジをウォーラスに向けて威圧する。
「な、なんだとオ!? このアバズレどもめ、ペシャンコになっちまえ!」
おびえさせるどころか啖呵を切られ、いきり立ったウォーラスは拳を地面に叩きつけて衝撃波と振動を起こす。更に地を走る氷の塊も発生させたが、アデリーンたちはそれをかわす。
「……根性叩き直してやるぜえ!」
「すごいパワーだ。ロザリアみたいないたいけな子をデカブツと組んでいじめるなんて、とことん見損なったぞデリンジャーッ!」
鈍重だが怪力を発揮している敵の攻撃を間一髪回避し、時には防ぎながら蜜月はドリュー・デリンジャーへの怒りをぶつける。なまじ、ヘリックスにいた時期があっただけになおのこと怒りに震えていたのだ。
「ぼかぁ悪くない! そいつが悪いんだよそいつが! そのクッソ生意気なメスガキが!!」
「サイテー。その仕返しに痛めつけてやったというのね?」
この期に及んで責任転嫁をしているドリューを、アデリーンは軽蔑の眼差しと共に問い詰める。
「サイテーなもんか! いじめられた側は、仕返しするときに何をしたっていいんだ! ぼかぁお前の妹にメチャクチャされたから、こうなるのは当然の帰結なんだ!」
開き直ったドリューは、醜く歪んだ笑みを浮かべねじ曲がった持論を展開。受け入れられるわけもなく、アデリーンから左ストレートをお見舞いされ頬を思い切りぶっ飛ばされた。
「ウゲッ」
「それこそサイテーな発想よ。何をやってもいいからって、ロザリアにこんな仕打ちをしていい理由にはならない。恨み言なんかを言う前にね、自分がやったことを省みて」
「人造人間が偉そうに……!」 ……少なくとも、ドリューはそう憤りを感じたであろう。しかし、彼女が彼に見切りをつけず、彼女なりに彼のことを案じて言ったことが今の彼には必要なのだ。
「ヴォーーッ! 食らいな!」
そんな中、ウォーラスガイストの背中のキャノン砲からツララが撃ち出される。それだけではない、ウォーラスは冷気を吐き出してトゲトゲした氷の塊を作り出し、その場で砕いて破片を拡散させたのだ。
「まきびしじゃあ!」
「てい!」
まだ変身せずともいける、という判断を下して、アデリーンは氷のまきびしに射撃などで対処しつつ、蜜月とともにロザリアを守りながらウォーラスガイストへ反撃する。だが……。
「ヴォファーッ、ヴォフォフォ……」
「やっぱり思った通りだわ。私の力は効き目が薄い」
「ならワタシがっ」
蜜月がスレイヤーブレードに毒を乗せた状態で攻撃し、蒸発した煙が立ち上るもウォーラスガイストは不気味に笑っている。毒が回るのが遅かったのだ!
「だーっはっはっはっ! ほーれ見たことか! ウォーラスガイストは最強のディスガイストだからなあああぁ――――! 氷が効かないんじゃ、氷や吹雪に依存したNo.0なんか敵じゃないぜ!」
「だからワタシがやり続けるんだ。お前が倒れるまで」
自分の手を汚さず手下にやらせているのに、さも自分の功績のように言い張ってバカ笑いをしているドリューのことなど、蜜月は最初から眼中にない。まだ推定の段階だが、彼のせいでこんな怪物に変えられたであろうウォーラスガイストを倒して元に戻すことに集中しようとする。それもロザリアのためだ。
「ハチ女ぁ!!」
「グヘヘへッ、痛くもかゆくもねえなァ」
「そのハチにも毒があるんだぞ」
頭では効かないと分かっていても、今はひとまずそうするしかないアデリーンはロザリアを守りながらアイスビームを撃ち続ける。蜜月は大振りな敵の攻撃をかわして、武器をWスピアーに持ち替えて乱舞させる。もちろん、この槍も強力な毒を秘めていた。
「こ、このくらい、ヴォ~~ッ」
「少しは効いてるらしい。生物だからな……」
「おら―――――っ!!」
苦しみ始めたウォーラスだが、怒りのまま反撃としてスライディングしながらの突進を繰り出す! ドリューは巻き添えにされ、近くのガラクタまで吹っ飛んだ。アデリーンたちも食らってしまったが、コンテナやドラム缶に当たる前に体勢を立て直して着地。ロザリアも手放さなかった。
「さっきからなんてバカ力、大海獣だからか!?」
「あとしまつが大変なやつじゃない!? ロザリアしっかり!」
「ガキをよこせ、アバズレどもおォ! ぶっ潰されてえのかア!」
片目を瞑りながらも、ロザリアは姉からの言葉に応じる。安堵している暇もなく、悪意と暴力衝動に突き動かされたウォーラスは追撃をやめない。
「ウォーラス氷点下ッ!」
青いセイウチ怪人の口や全身のギミックから更に勢いが増したブリザードが放たれたことにより、表賀ドックは完全に氷に閉ざされた。でも、建物の中なら――。そう思ってロザリアを連れて避難するが、やはり凍っており、すぐにウォーラスが追いついた。
「立ち向かうしかないかっ!!」
「氷なんて効かないのはわかってるけど……! ロザリア下がって!」
足音が一歩、また一歩と近づくごとに地響きが起きる。非人道的な実験により作られたジーンスフィアによって人間が変身した……または変身させられた怪物に、質量保存の法則など適用されているはずもない。
「大きなセイウチさん! 女の子をいたぶるのがそんなに楽しかった? ロザリアには指一本触れさせないから!」
そう言って、アデリーンは少しエネルギーを溜めてからアイスビームを発射する。命中自体はしたが、ウォーラスガイストは笑っていてやはり効果がないようだ。
「ヴォーッ、ヴォファー! ヴォフォフォ! おめえバカだろ! 冷気なんか効くかよ!」
「……火花はちょっと熱いんじゃない?」
「そんなわけなかろう……ヴォォ!? あっぢいいいい!」
冷熱に強いからと言って燃えないわけではないし、寒さを感じないわけではない。アイスビームも効き目が薄いだけで、それが着弾することにより飛ぶ火花やわずかに発せられる熱は、どうやら効果があったようだ。事実、アデリーンが使われなくなった周りの物を利用するなどしてやり方を少し凝らした結果、ウォーラスガイストは一転して余裕をなくしジタバタし出す。
「こういうやつは守りが薄い関節をだね!」
「下がっとれエ! 俺よりチビぞろいのくせに、うっとうしいんじゃあ!!」
戦う2人の姿に勇気づけられて、ロザリアも微力ながら発火能力で支援を行なう! 対するウォーラスガイストは頭に血が上り出し、段々と動作が雑になったゆえに押され始めた。
「い、いいぞー! ウォーラスガイストよ! そんなカスどもにやられんな! とくにそのチビにはわからせてやれー!!」
「ガッハッハッ! どうしたア! おらーーーーっ!!」
凍った地面の上でのヘッドスライディングだ。立ち塞がるものは全て壊す! もう何度目か、繰り出した側もいちいち覚えてはいない。このウォーラスガイストはスペックで経験差をごまかし、力押しでアデリーンたちを倒し切るつもりでいる。
「むざむざ食らわない!」
「イデェ!!」
回避したアデリーンは真上からビームソードを構えて急降下し、装甲で守られた堅いうなじを突き刺す。冷凍エネルギーには強くても痛みは感じるためか、著しいダメージを受けてひるんだ。なおもこの海獣のディスガイストは、ロザリアをひどい目に遭わせてやろうとして痛みに耐えながらアデリーンを払いのけた。
「ウォーラスガイストめっ、やめろッ!」
「ヴォーッ!? じゃ、邪魔するんじゃねえや!!」
ロザリアにパンチが届く寸前で蜜月が攻撃の相殺を試みるも、パワーだけならばウォーラスが上回り蜜月とアデリーンを吹っ飛ばしてしまう。ロザリアに攻撃が及ぶ前に、今度は蜜月が彼女をかばう形で転倒した。
「よーし、こうなったらやつらがやられる瞬間を狙って生中継してや……!?」
その間、ドリューは自分を見下して罵倒してきた仲間たちにウォーラスガイストがアデリーン達を追い詰めているさまを見せてやろうと機材を準備していたが、その直後……そんなことをしている場合ではなくなってしまった。地を這いつくばらされたアデリーンの懐から、あるものが転がりだしたのだ。金色に輝き、赤いハートの宝石がはめ込まれたお宝が……。
「お、おま、おいっ!! 心の聖杯じゃあないか、なぁんでNo.0が持ってんだ!?」
「ヴォ――ッ! やっと捕まえたぜい、チビがあ……」
「まだ潰すんじゃあないぞッ!」
千載一遇のチャンスを危うく見逃すところだったデリンジャーは、血眼になって叫び、ウォーラスガイストがどさくさに紛れてロザリアを捕獲したのも確認する。ここでいったん落ち着けたら本人的には良かったのだが、ここで冷静になれるほどできる男だったのなら、そもそもこのような事態は招いてはいなかった。
「オメーらひざまずけ! 命乞いしろ! それから心の聖杯を渡せ!! 自分と妹だけが助かりたいと言えーッ! ウォーラスッ! 蜂須賀だけはぜってー殺せよ!! あのアマはぼくらの機密情報をすぐ洩しやがるからな……!!」
この機を逃がせば今度こそ本当に後がない以上は、彼は失態を犯すわけにはいかない。必死の表情と全体的な余裕のなさが、彼の惨状を物語っていた。だからといって情状酌量の余地が、アデリーンたちから見てあるはずもなく、彼女たちは敵を容赦なく成敗するつもりでいた。――ただ、迂闊に手を出していい状況ではないというだけだ。
「これやばいよ。どうすんの……?」
「私に考えがあるの」
いくら自分と同じく死ぬことはないとはいえ、妹に対して非道を働くことを厭わない敵を前に我を失いそうになりながらも耐えているアデリーンは、蜜月へと耳打ちする。ここから、逆転するための妙案だ。
「……わかった」
「何をゴチャついてる!? 妹を返してほしかったら、心の聖杯をよこせ!!」
焦っているドリューに振り向くまでは不敵に笑っていた2人だが、視線を合わせた時には眉をしかめていた。自分がここから持ち直して出世を果たすことで頭がいっぱいだった彼が、その意図に気付くわけもなく――。




