FILE187:末っ子よ……i want to see you.
「……あたしひとりで行く。ダーク・ロザリアの残した変身ブレスレットと、擬似メタル・コンバットスーツだってある。みんなに迷惑はかけられないものね」
ロザリアはとある古い港のドックの跡地に来ていた。波が飛沫を上げる音が聴こえてくる中、海面に繋がれたほったらかしの移動用ポッドに乗ろうとする。ヘリックスシティの座標が記されており、ワープしない場合はこれに乗って行き来をする必要があった。ダークロザリアが使っていたのではなく、誰かが乗り捨てたまま回収しなかったのである。
「ポイントU3からポイントDD640に変わってる? でもこれにさえ乗ったら……」
ヘリックスシティの座標はこれまでにも何度も変わっている。部外者から特定され、乗り込まれないようにするためだ。
「きゃっ!?」
その時である! どこからともなく超音波が飛んできてポッドを直撃、ロザリアは驚きながらもすぐさま脱出するが、脱出ポッドのほうは火花を上げて爆発し、使い物にならなくなってしまった。
「ケケケケ、くき~~~~~~~~っ!! ずいぶん探したぜこのクソガキャアアア!!」
壊したのは、バットガイストに変身していたドリュー・デリンジャーであった。半狂乱しながら叫んで、ようやく落ち着いたか変身を解除してリクルートスーツ姿の青年に戻る。
「ドリューさん!?」
「たまたま見つけたそのポッドのあたりで張っといて良かったよ! それより! ぼかぁね、オメ~~のせいで今度こそ破滅だ!!」
わざわざ元に戻った理由は、怪人の姿ではなく人間の姿でロザリアを煽って追い詰めてやりたいというゲスな考えによるものだ。デリンジャーは矮小にもそのくらい、これまでダークロザリアにこき使われいじめ抜かれてきたことを根に持っていたのだ。
「あたしのせい!?」
「うるせえ!!」
薄気味悪い笑い声を上げて近づくデリンジャーは、港の端までロザリアを追い込んで詰め寄ると、ハッキリ拒絶されたことで逆上して彼女の頬をぶった。
「ひどい男!」
「だーっとれ! お前に恨みはねーけど!? ダークなお前のせいでなあ!! ぼかぁもう散々だよ!! みんなからこれまで以上にいじめられてよお!! 何やっても上手くいかないしよおおおお!!!!」
「だからってあたしに八つ当たりするんだ! そんなだから誰からも好かれないんですよ!!」
売り言葉には買い言葉とはよく言ったもので、ロザリアは物怖じすることなく言い返し、自身をいじめようとしたデリンジャーを的確に煽って逆に精神的苦痛を与えてみせた。
「なんだとおおおおおおッ!? オイッ! ウォーラスッ!!」
その辺に積まれていたガラクタを吹き飛ばして、2メートルはゆうに超える巨体を誇る青いセイウチの怪人が大地を揺らしながら姿を現す! 頭以外の全身を冷凍用コンプレッサーの意匠が取り入れられたアーマーに身を包むその怪人は、両耳に当たる箇所にもついた目を不気味に光らせてロザリアを捉えた。
「ウォーラスガイスト様だぁ、ヴォーッ!」
先にデリンジャーを訂正を迫って殴り、改めてロザリアを威嚇。鼻息荒く、冷気を撒き散らす。その荒々しい強そうな巨躯を前に、ロザリアは身の危険を感じずにはいられない。デリンジャーは振動から腰を抜かして尻餅をついた。
「懲らしめてやりてー相手がいるとかいうから確かめてみりゃあ、金髪のガキじゃあねーか! 俺様もナメられたもんだ」
白目が赤く、黒目が黄色い不気味な双眸がロザリアを見下ろす。敵は威圧感たっぷりだが、ここは勇気を出して立ち向かわなくてはならない。今は家族とも離れていて、味方がいないのだ。
「まあいい。すぐにひねり潰してやらあ! ヴォーッ!!」
ウォーラスガイストが咆哮を上げ、剛腕を振るって辺りを破壊しながらロザリアへ迫った。体格差を逆に利用し回避し続けるも、かすりでもしたら大変だ。1発もらうだけでもとてつもないダメージになりうる、とくに、冷気とそれで作り出された氷による攻撃は、ロザリアにとっては致命傷になりかねないのだ。絶対に死ぬことはないが――。
「見た目通り、力任せに暴れて! 頼んでもないのに周りを冷やして……大迷惑!」
倉庫の壁を破壊したウォーラスガイストの猛撃を運良く避けて、ロザリアは炎の翼をはためかせながら相手の乱暴さを非難する。聞く耳持たず、ウォーラスは大口を開けて氷のブレスを吐き散らし周りを凍結させた。
「ヴォーッ! おらーっ!!」
ソリやボブスレーの要領でスライディングしながらの体当たりをしかける。しかしロザリアは間一髪で回避し、ウォーラスガイストの頭上に瓦礫が降り注ぐ。
「待ちやがれエ~、ヴォーッ!!」
瓦礫を払い除けて、立ち塞がるものはすべて破壊しながらウォーラスガイストは追撃を再開する。その後ろをデリンジャーが必死で追いかけるが、言うまでもなく無茶も良いところだった。ウォーラスのほうが氷塊なりツララなりを飛ばしまくり、通ったところはほぼほぼ凍らせていたからだ。
「燃えろッ!!」
逃げてばかりはいられないと察して、ロザリアは少し力を溜めてから火球を放つ! 鼻を鳴らして威張るだけで、身を守ろうともしないウォーラスにその火球が命中し……。
「あっづううううう!?」
「ん? あっちゅ! あっっっっちゅ!!」
炎上したのだ。ドリュー・デリンジャーもそれに巻き込まれ、火を消そうと大慌てだ。海に飛び込もうと思ったが凍え死ぬなどゴメンだった彼は、貯水槽の水を被って消火する。
「ぜーっ、ぜーっ、あ、あれ……? おかしいな。冷熱に強いなら火にもとーぜん強いはずなんだが……なんでよく燃えたんだぁ!?」
「やりやがったな、おら――――っ」
逃げるロザリア。周りを破壊しながら、ウォーラスが彼女を追いかける。デリンジャーは高みの見物――とはならず、ウォーラスガイストの耐久性に穴があったため、補佐に回ることを強いられた。
「チビガキがあ!!」
スパイク付きの剛腕が振るわれ、大きな足が踏み潰さんとロザリアを襲う。それでも回避とその合間の反撃を続けたが、彼女はとうとう敷地内にあるドライ・ドックの手前へと追い詰められてしまった。鼻息荒く、ウォーラスガイストがいたいけな少女を見下しながら笑った。
「もう逃げられんぞオ」
「くっ。天焼!」
だが、装着も変身もできない。なぜそうなったのか? 彼女がその理由にに気付かされたのは、その直後だった。
「そうか、イーヴィルフレアには悪の心100%だったから変身できてたんだわ。今のあたしでは……」
「あれあれー、変身できなくなっちゃったんだー! ダッセーなー! ざぁーーこ! ザコがよおおお~~ヒッヒッヒッヒッヒッ!!」
「ザコなんて、あたしそんなこと言った覚えはありませんよ」
少し調子に乗っただけなのに……、と、ドリューは嘆き、しばしうめいてから怒鳴り声を上げた。非常にみっともない光景である。
「う……!? うるせ―――――――――っ!! ダークなお前と宝木の小娘に言われてきたことがゴッチャになってたんじゃい!!!! こっちの気持ちも知らないでさあああ!!!!!」
「お前がうるせエ!」
「グギっ」
先ほどからずっとそんな調子だが、ウォーラスガイストはドリューにも等しくパンチを見舞っては黙らせようと試みていた。上から目線で指示を出し、見ているだけのくせに小言を挟んでくる彼のことがわずらわしかったのだ。
「かわいそうなドリューさん。人から言われて嫌なことは言うなって、教えてもらえなかったんだね……」
「イヒヒヒ、ウヒッ、ウギッ、ウヒヒヒヒ!!」
結局上手くいっていないのではないか。ドリュー・デリンジャーを憐れんだロザリアであったが、しかし、起き上がってから咳払いしホコリも払ってから、ドリューはギリギリまで絞ったような声で笑い出す。
「…………違うなああああああああああああああああ―――――――!! 人にされて嫌だったこと!! 苦しかったこと!! やり返して!! 自分が嫌な目に遭わされた分はぁ!! いい目に遭ってるヤツから奪わなきゃ気が済まなぁ――――い!!」
周囲から虐げられ続けたあまり、歪みすぎた考えを暴露しながらデリンジャーは目をむいて狂乱する。ロザリアはおろか、近くで聞かされていたウォーラスガイストも引き気味だ。
「お前の闇の部分にず――――――っとそうされてきたんだからなあぁぁぁぁああ!! 言いがかりをつけやがってよおおおぉ!! ぼくばっかりオメーらから嫌なことされてきたんだ、おんなじように胸クソ悪いこといっぱいやり返してやるからなああああ!!!!!」
ロザリアを指差し、狂った顔をしながらまくし立てるように自分勝手な怨みを叫ぶその姿は、誰が見ても救いようがなく――、まさしく哀れなものだった。
「ごちゃごちゃやかましいんじゃ、下がってろ!!」
「イデッ!?」
洗脳下に置かれていたはずのウォーラスガイストは、見るに堪えなかったかドリューを先ほどよりも強めにぶん殴ってトタン壁に打ちつける。義理人情などではない、やかましかったからだ。前進したウォーラスガイストは雄叫びを上げてロザリアをひるませ、片手で払って造船するための大穴に落とした。自身も彼女を追いかけ、大きく揺らしながらそのドライ・ドックの底に着地する。
「ヴォーッ。ガキンチョがぁ、氷のベッドでおねんねしなア!!」
「っ!?」
「ヴォーッ、ヴォファーッ!!」
炎をまとって抵抗を続けるロザリアを蹂躙しようと、ウォーラスガイストはまたも口を開け、肩や膝からも――その巨体に備わったギミックを活かして冷気を当たり一面に放出する! 無理矢理に完全な低温環境を作ってロザリアを弱らせ、優勢を保っていたぶろうというのだ。
「ハァッ、ハァッ……ここまで乱暴で汚いなんて、救いようがない」
「ししし、仕事で、やってきたんだぞこちとらっ! そうしなきゃ殺されるからああああ……」
止まらない猛攻。疲弊して、片目を瞑りながら呼吸を整えているロザリアは敵のやり口を再三非難したが、ドックの壁についた階段を伝って降りてきたドリュー本人が必死な顔をして大声で反論する。だが、ロザリアは納得していない。
「凍っちまえエエ」
そうしているうちに、ウォーラスガイストはまたもや凍てつく冷気を放出し始めた!




