FILE185:用ナシ
時は少し前に遡り、ヘリックスシティ内にあるドリューの私室にて。
「く、クソォ……闇のリトル・レディは勝手に飛び出すし、心の聖杯もなくなっちまったし! 全部、あいつの小間使いやらされてたぼくの責任にされるじゃないか……。お偉方には、荷物まとめて出てけーって言われんだ。きっと! そんなわけあっかよ! 幹部のポストは取り戻してやっからな!!」
服や私物に資料、ゴミが散らかりっぱなしのまったく片付いていない自室で、デリンジャーは愚痴をこぼしながらアタッシュケースを漁る。『モスコプス』、『ハズバンド』、『ゴールデンライオンタマリン』、『ダチョウ』、『テッポウウオ』、『サラセニア』、『センザンコウ』、『タンポポ』、『歌舞伎』、『割り算』――といった、商品として売りつけている様々なジーンスフィアやマテリアルスフィアの中から、彼が選んだのは。
「厚い脂肪で、低温環境と冷熱に強い力持ちなセイウチのスフィア! これだッ。こいつがあればNo.0たちなんて敵じゃないよぉ! あとは誰を変身させるかだが……」
青色でセイウチの紋章が入ったものだった。彼が述べた通りの性能は確約されているが、あとは使用者次第だろう。下卑た笑みを浮かべ、既に自身がアデリーンたちに勝利して足蹴にし、いじめているさまを妄想していたようだ。
「みっともないぞ。何やってる?」
「ウッ!?」
わずかな希望を握りしめ、まだそうと決まったわけでもなしに自分の勝ちを確信した次の瞬間。兜円次と禍津、キュイジーネ、かつてのライバルだったジャックドーがドリューの部屋へと入ってきたのである。――髪型は紫がかったリーゼントヘアーまたはダックテイルで、ヘリックスのワッペン入りのジャケットを着た人相の悪い男がジャックドーだ。
「せ、整理整頓をちゃんとやっとかないといかんなーと思いまして!? あんたたちこそガサ入れか!?」
目論見がバレたらまずいのでドリューは慌ててアタッシュケースを閉じたが、手を挟んでしまったのでやり直し。突然踏んだドジにそこにいた全員が困惑し、微妙な空気がその場に流れ始めた。
「別に? デリンジャーさんが余計な気を起こさないか、見張りに来たの」
「しかしおれを僅差で負かしたお前がここまで落ちぶれるとは、昔は思わなかったけどなぁ。今なお幹部の座にしがみつくとは、呆れたものだ」
あくまでも穏やかに、普段通りに接していたキュイジーネとは違い、ジャックドーは昔を思い出しながら煽っていた。
「う……」
「そう言ってやるなよジャックドー」
兜としてはこのまま発言を続けさせても良かったのだが、あえてジャックドーに注意を促す。
「とはいえ、成り上がって以降は何をやっても実を結ばなかったお前に、いつまでも居座られていては迷惑千万なのも事実だしなあ」
しかし、そこで火に油を注ぐマネをするものが1人。ドリューを見下し、目の敵にしている禍津である。わざわざ言葉だけでなく姿勢をしてまで彼を煽り、余計なことができないように心を折ってやろうとしていたのだ。
「それにあなたは、博多でジャン・ピエールを助けに行かなかったでしょう。精神的に余裕がなかったらしいとはいえ……」
「も、もう過ぎたことでしょ? そもそもNo.0たちがいけないのに、全部ぼくのせいにしたいって言うのか!?」
見捨てたいわけではないらしいが、キュイジーネはドリュー・デリンジャーには助け舟を出さなかった。グルマンの件を持ち出されては、ドリューとしてもとても気まずく様子が一変する。負い目は感じていたのだ。
「お前まだチャンスはあるとか思ってるんじゃないのかね? もう用無しだから、出ていきな」
「ちくしょおおおおお…………!!」
極め付けは、例によって目の上のたんこぶも同然だった禍津の冷たい一言である。これを突きつけられたデリンジャーはアタッシュケースから取り出していたスフィアはそのまま、雄叫びを上げて部屋から走り去ったのだった。たまたま部屋の近くで歩いていた久慈川がそれを目撃するも、彼を止めるには間に合わなかった。
「騒がしい! ドリューくんがずいぶん荒れていたが、何があったんだね」
「別に? ヤツが年甲斐にもなくゴネただけだが」
禍津とジャックドーは、嫌いなドリューが出て行ってせいせいしたらしく、入ってきた久慈川に対してもその態度を隠さなかった。兜とキュイジーネは悪びれもしない2人をにらんで萎縮させ、久慈川は2人をこってりと叱った。
「あいつらも明日は我が身なんだぞ、足元見て笑いやがって……!」
部屋を出て階段まで来たデリンジャーは苛立ち、独りごちて早歩き。降りようとしたところ、上がってきた男と肩がぶつかる。髪にメッシュを入れたガラの悪そうなその着崩したスーツ姿の男は、疲弊した様子のドリューを見てゲスな笑いを浮かべた。
「おーおー。誰かと思ったら、元幹部メンバーのドリュー・デリンジャーさんじゃあねーか! みっともねーですなあ!」
「そ、そういうお前は『青田凱』!? うるせえなあ! ぼくに生意気言ってんじゃあないぞ!」
かつては見下していた青田に突っかかられたデリンジャーはキレ散らかすが、青田には通じずどつかれて踊り場まで転倒させられてしまう。打ちどころによっては死にかねなかった。
「もう幹部でもねえくせによォー。なーに威張ってんだ! 鬱陶しいから、さっさと出てけや! ギハハハハハ!」
……屈辱以外の何物でもない。拳を強く握りすぎたドリューの手元には血が流れ出た。
◇
そしてその日の深夜、ある埠頭の付近にて。ヘリックスシティから脱走し、フラつきながらそこに着いたドリューは、錆び付いて立て付けが悪くなったシャッター付きの倉庫の前で一斗缶などに当たり散らし、鬱憤を晴らさんとしていた。
「ヘリックスのお偉方なんてサイテーなやつばっかりだよっ! 同期の連中もだ! 毎日のようにそうだ……。どいつもこいつも、揃ってぼくのことバカにしやがってさあああ!!」
……見事なまでにろくな思い出がない! 冗談ではなく、彼にとっては実際にそうだったのだ。ライバル視していた禍津には鼻で笑われ差をつけられ続けたのも、真面目な兜から服装の乱れで再三注意を受けてきたのも、スティーヴン・ジョーンズから圧をかけられてばかりだったのも、最高幹部の桃井兄妹から踏みにじられてきたのも、かつてはバカにしていたジャックドーや青田に逆転されてしまったのもそうだが、もっとも堪えたのは、生意気な宝木聖花にナメられ、おちょくられ続けたことだった。キュイジーネにからかわれたことや、久慈川にはグルマンに関する失敗を許してもらえたことが幸運に思えないくらいには、思い詰めていたのである。
「おい! あんたこんな夜中に何やってる! 器物損壊で訴え……」
見回り中の警備員がそんなドリューの哀れな姿を見かけて注意したが、彼が聞くわけもなく……彼は逆ギレして警備員に襲いかかった。
「うーるせえええええ~~~~~~~~!! 知らね~~~~~~~」
「や、やめろ!」
セイウチの紋章が入った青いジーンスフィアを取り出し、その手に持たせ無理矢理ねじらせた。
≪ウォーラスッ≫
「う! うぉおおおおおお」
怒りすぎて顔を歪めたデリンジャーは、警備員が苦しみながら2メートル超えの巨大なセイウチ怪人に変わったのを見て紫の液体入りの注射器らしきものを取り出した。
「もひとつオマケだい!!」
「ヴォーッ!?」
頭以外の全身に冷凍用コンプレッサーの要素を取り入れたアーマーを着込んだ、筋骨隆々の青いセイウチ怪人は紫の毒々しい液体を注射され、激痛からなのか全身を震わせながら暴れ出し叫び声を上げる。冷気も発したが、その威力は周りが凍てつき、デリンジャー自身も思わず凍えてしまうほど。
「わーっはっはっはっはーい! これでもう敵なしだぜッ! せせせ、セイウチはパワーも強くて寒さにも強いからな……。アブソリュートゼロにぶつけるにはピッタリ! そそそそ、そーだよ、あいつらさえいなきゃあ……」
「フンッ。愚かな……お前ごときにできるかね」
デリンジャーは気付いていない、背後からGホワイトシャークガイストへと変身したスティーヴンに目撃され見張られていたことを――。




