FILE180:ウチに帰すのが好ましい
地球上のどこかに存在する、暗雲が立ち込める要塞都市にして犯罪結社の本拠地・ヘリックスシティに帰還していた兜たちは、ダメージが完全に回復していないダークロザリアを連れて玉座の間の近くを歩いていた。
「立てるか? そろそろ歩けそうだな?」
ダーク・ロザリアは鼻を鳴らしたり、不機嫌そうにするばかりで取り合おうとはしない。心が辛そうな相手にそっけない態度を取られたら、「心配して損した……」、と、こういう時は誰もが思う。しかしそう思わないのがお人よし、否――優しくて誰からも好かれる人である。
「口も聞いちゃくれんか……」
行き交う構成員たちがひやひやしながら見物していた中、「見世物ではない!」と一喝して追い払った兜は大扉を開いて、ギルモアが座す玉座の間へと入る。ほかの幹部一同も勢ぞろいしていた。事の報告を洗いざらい行なうと、総裁であるギルモアは両目を見開き激怒する。
「たわけめ!!」
「あべべべべ!?」
「ぐああああああああああああ」
「っ!?」
ギルモアは杖からの電撃光線でダーク・ロザリアを引き離してから、再度電撃をドリューと兜の両名に浴びせる。激戦と聖花のいたずらで受けた被害により、疲れ果てた体で折檻を受けるのは堪えるどころではなかった。
「相変わらず、誰も彼も使えぬバカ者ばかりだ! 少しでも信じた我が間違っていた……」
組織でも屈指のエリートと謳われた兜円次という男でも失敗はする。ドリューが失敗すれば笑っていた彼らの間にも、兜が同様になったらさすがに気まずい空気が流れ出す。誰でもミスは起こりうる現実を改めて実感した瞬間だ、それももう彼らにとって何度目であろうか。事態がごたつき始めたその時、久慈川がため息まじりにアウターを肩にかけ直し、ギルモアから見てちょうど前方へと足を踏み出す。ほかの幹部たちも、彼の直属の部下であるジャックドーたちは唾を呑むしか出来ない。
「失礼ですが、総裁! そもそも我々にはやることが多すぎます。全体的にまばらで、人手が足りているようでまるで足らんのです」
「だから、やつらに声をかけたと?」
「……やろうと思えば……、君にもできたはずだぞ。え? ジョーンズ?」
堂々と意見を示した直後、口を挟んで来たタキシード姿の壮年男性・ジョーンズに対し、久慈川が腹の内を探るような意地の悪い笑みを浮かべて彼を煽った。ギルモアは癇癪が治まらず、頬杖を突いて苛立っている。久慈川東郎がギルモア自身のことをこれっぽっちも恐れない上に、その彼にハッキリと意見されたこと自体が気に入らないのだ。謀反を起こされたような不快感を露わにしてさえいる。
「あぁ~~~~~~、『コニリオ夫妻』に、『ジェルヴェゼル』ね。そして牛米さん――。お得意先だからちょうどいいわ。それに、久慈川さん」
揉めていた禍津とデリンジャーを払い除け、長身でスタイルが抜群すぎる女幹部・キュイジーネが久慈川の主張に確認を兼ねたフォローを入れる。
「アジア支部から連れてきた皆さんも合わせたら、当分は人材に困らないでしょうねぇ」
「そこは心配いらんよ。くっくっく」
息ぴったりと笑い出した2人のもとにダークロザリアが近寄り、キュイジーネの後ろに下がってすがる。心中を察してか、愛玩動物でもかわいがるノリだったか、キュイジーネは微笑みをたたえ小さなレディの頭をなでた。
「それだけの人数を動員しても成功に導けぬのが、お前たち無能者の集まりだ。ビッグガイスターの設計図は未だ見つからず! 裏切り者の蜂須賀ごときに手間取ってばかりいる! 今度招集した者どもと作戦を展開しても、何の成果も得られないのならお前たちは皆殺しだぞ!」
「お気持ちを表明されてばかりではそれこそ、何ひとつとして事を成し得ませんぞ! 総裁自らが行動を起こされなくては……。お気を確かに!」
「黙れ虫ケラめが!!」
玉座の手すりを乱暴に叩き、気が狂った表情になったギルモアはまだ反論する久慈川へ一切容赦のない怒号を浴びせ黙らせようとする。その場にいた全員の足がすくみ、元から臆病者であるデリンジャーは気絶した。威圧され泣きそうになったダークロザリアを、キュイジーネが抱きしめる。
「うっ!? は、離してよオバさん。普段こーゆーことしないくせに」
「そう言わないの」
「す、すまんな。闇のリトル・レディ……いやダーク・ロザリアよ。見苦しいところを見せてしまった、お前の人生の手本として面目ない」
「――なんなんですか。急に父親ヅラと母親ヅラして……」
ダークロザリアからしてみれば、今のように、親身に接してくれる2人には時には気持ち悪さを感じることさえあった。オリジナルに対してはどうしていたのか――、記憶をたぐり寄せて見たところ、他の幹部連中とは違いとくにオリジナルのロザリアをいじめていたりはしていなかったことを、彼女は確認する。
「久慈川よ、その人形に肩入れしすぎじゃないのかね。気味の悪い……」
「私はこの子のオリジナルも、その姉さんたち……アデリーンのことも、人形と思ったことは一度もないが」
「チッ! なにい!?」
スティーヴン・ジョーンズが久慈川の発言に、露骨に苛立つ。彼は、アデリーンとその姉妹のことは心底忌み嫌っていたからだ。
「敵なのが惜しいくらいだが。……ふふふはははは」
サングラス越しに冷ややかな視線を向け笑っている彼に対しイライラさせられていたジョーンズは、ふと生まれたての小鹿のごとくおびえているデリンジャーのほうに向く。鋭い目で、弱った獲物を視界に捉えたサメのように。背筋も凍る邪悪な笑みだ。
(ちょうどいい機会だ。気晴らしにあの役立たずを今度こそ捨ててやろうか)
◆◆
脱走した凶悪犯・溝口の死に関しては、表向きは「逃亡先で発破用の爆薬を盗んだところ、誤って点火してしまい爆発に巻き込まれ、そのまま死亡」――という形で報道がされた。しかし、江村家という有志の英断により、ヘリックスの悪事が堂々と公に晒されてしまったことを考えれば、真実が明らかになるのは目に見えている。
「那留ゥ~~~~! お母ちゃんホント心配したんだからね! ほら! 葵チャンにあいさつしてきな!」
ヘリックスが大荒れしていたその頃である、那留は住宅地にある自宅でずっと心配していた家族と再会。母親と熱い抱擁を交わし、これには葵と一緒に様子を見に来たアデリーンたちもニッコリと笑ったわけだ。なお、那留の母は娘に負けず劣らず派手な格好をしており、チャームポイントは赤い髪と頭に巻いたヘッドバンドだ。
「えへへ……ただいま! もう、この通り、大丈夫だからさ」
「重ね重ねありがとうございます! 那留ちゃんともう会えないかもって、不安になりましたけど。助かってよかった……」
初対面である聖花にも、葵は等しく感謝の笑顔をプレゼントする。彼女なりに、悪党どもを相手に頑張った甲斐があったというものだ。後方で腕を組むアデリーンと蜜月も鼻が高い。
「葵のお姉ちゃん! わるーい怪人を引きつけたアタシのおかげでもあるんだよーっ」
「でも、けっこう危ないとこだったでしょ。あのムカデやろ……あら失礼」
「あ゛っひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
聖花とアデリーンのやり取りをすぐ近くで見て、蜜月がゲラゲラ笑い出したのはそれだけツボにはまったという表れである。少々クレイジーすぎたゆえに、周りから引かれてしまい彼女は「やっべ……」と、反省した。
「それじゃ、また会いましょう。あまりお邪魔しちゃ悪いし」
――そして、アデリーンと蜜月は宝木家のある虫風露市まで聖花を送り届けるべく先に帰ったのだった。葵たちとの一時の別れを惜しみつつ。
「さっさと行っちゃったよぉー。いいや、アデリーンさんにはいつでも会いに行けるから……」
「葵ちゃんどったのさ」
完全に見えなくなったのを確かめ、手を振り終えた直後のことだ。葵は目を伏せて、何やら考えすぎたのか寂しげな顔をする。那留とその母親にとっては、葵の顔が曇ってしまうのはあまり見たくないものだ。
「いつまで一緒にいられるんだろって思ったらさ。なんか、その……悲しくなってこない?」
「そんな杞憂はするな」と言わんばかりに、那留は葵を元気づけるべく豪快に笑う。
「おセンチだなああ! 葵ちゃんにはあたしや玲ちゃんだってついてるじゃないッスか! アデリーンさんたちだって見捨てたりなんかしないと思うし、気にすんなし!」
「確かに玲音ちゃんもいてくれるけどなぁ……でも、う~~ん」
アゴに指を添えて難しいことを考え出した葵に、那留の母も肩を叩いて、親指で玄関のほうを指差す。モダンかつこだわりの感じられる外観から、仙崎家はそれなりに裕福な家庭だと思われる。実際、長女の那留の趣味も考えるとそうでなくてはバンギャルは続けられない。
「葵チャンもお上がりなすって! 那留が帰ってきた記念に、パーっとやりましょう」
「そだね。おーしぇ――――い!」
……切り替えの早い女子高生である。




