FILE179:悪のアイデンティティが揺らぐとき
「それ以上寄ったらこの子、殺しますよ。寄らなくても……どのみち……殺すッ!」
「私に人質は通用しないけど、もしセイカちゃんになにかしたら……タダじゃおかないわ」
プラチナブロンドの長い髪を風にたなびかせ、廃ビルのあるスクラップ置き場のすぐ近く、誰もいない建設現場に逃げ込んだところ、アデリーンに追いつかれたことに気付いたダークロザリアは振り向きざまに聖花へ弓を突きつけ、脅迫。やはりアデリーンには効果がないどころか、かえって怒りに火を点けてしまう。本気で怒った彼女を相手にするのは、ダークロザリアとて分が悪い。
「話をさせて!」
「ふん。聞いてあげてもいいよ、手短にね」
「……ロザリアって子の影だとか心の闇の化身だとか、耳にタコできちゃうくらい聞いたけど。そんな複雑なことよくわかんないけどさ! 叱ってくれる人とか、引き留めてくれる人とかいないの? あなたのお姉ちゃん、つまりアデリーンさんみたいにさ!」
「必要ない! 姉様だろうと、邪魔者に変わりはないんだから。誰であろうと消しますよ」
決死の問いに意地の悪そうな笑みをして答えたダークロザリア――だったが、その前に一瞬だけ、迷いを抱えた複雑そうな顔になっていたのをアデリーンも聖花も見逃さなかった。以前、「変わろうとする自分を拒んでいる」と指摘されたことが、ダークロザリアの中で尾を引いていることもなきにしもあらずだ。
「ロザリアはいい子だわ。いえ、いい子ではないかもしれない。けれどもあなた、少なからず葛藤とかしてるんじゃないの?」
「前から似たようなことばかりを言う! あたしをどうしたいと? この子がこの世からいなくなってしまってもいいんだね」
「間違いをすれば止めてくれる人やお説教をしてくれる人がいるのって、とても幸せなことなのよ。自分の過ちを認めてやり直せば、ロザリアの元に還れば父と母から離れずに済む!」
「あれは、あたしの両親であって両親にあらず! そうよ、あたしにとって親はギルモアおじい様ただ1人……?」
違う! そのギルモアも、厳密には実の祖父ではない。娘のように思って接してくる久慈川も、父などではない。自身がオリジナルのロザリアの人格を塗りつぶし、1つに統合するということは、アロンソとマーサが両親になることを意味する。だがあの夫婦の娘として一緒にいるには、今のままでは――。こんな風に、ダークロザリアの心の中は高性能なコンピューターが致命的なバグを起こした時のごとく、複雑なものががんじがらめとなっていた。激しい頭痛により表情を歪めるのと同時に、過呼吸を起こしたのがその証拠だ。
「今よセイカちゃん!」
合図を送り、ダークロザリアが苦しんでいる隙を突いて、アデリーンはとうとう聖花を奪還することに成功する。あとは残った敵を倒して帰るのみ。ちょうどその倒しそびれた朱色のムカデ怪人がズタボロになった体で現れたのである。
「ウジャウジャッ! オレ様を無視してんじゃあねえええええっっっ! 前科百犯でムショに何度も入れられた凶悪犯様なんだぞ! そりゃあもう数えきれねーほど盗んで殺したなぁ!!」
「犯罪と殺人自慢してんじゃあねーぞこのクズッ!」
有刺鉄線のムチを地面に打ち付け、怒り狂うセンティピードガイストに乱入してきたゴールドハネムーンこと蜜月のドロップキックが炸裂し、センティピードが転倒する。「やるじゃない」と、アデリーンが賞賛のサインを送った。その後をつけてタキプレウスガイストとバットガイストも馳せ参じたが、形勢は彼らにとってあまり良いとは言えない。
「ウジャウジャウジャウジャ!!」
「おーおー、怖い怖い。ムカデの毒ってのは……本来、激痛で腫れるからね!」
大アゴで噛みつこうとするセンティピードの攻撃を回避して、鉄骨を噛み砕いたところを見て警戒心を強める蜜月。毒と強酸により溶けたそれと同じように、自分もアデリーンもこうならないようにしなくては――。そう思ってすぐ、彼女はケリを付ける方針を立てた。
「凍りつけ! 今が狙い目よ!」
「スティンガースコールッ!」
聖花をかばいながらアデリーンが放った冷凍エネルギーにより、センティピードガイストは凍結。このチャンスを逃す蜜月ではなく、Wスピアーを手にし目にも留まらぬ速さで連続突きを放った。硬いカラに覆われたセンティピードのボディもやすやすと貫いたのだ。
「ウジャウジャジャジャジャジャ!? い、イデェ~~~~し、死んじまうよおおおおお!!」
あえなく大爆発、周りに燃えカスが散らばる中でムカデの紋章入りの朱色のジーンスフィアも粉々になり、残されたのはボロボロになってますます汚らしくなった溝口だけだ。アデリーンたちはおろか、ダーク・ロザリアに兜も呆れた顔をして、ドリュー・デリンジャーは後ろでおびえている。
「覚悟しろよ……」
「た、タキプレウス。兜ォ! オレを助けてくれよおおおおお――――ッ!」
命まで奪うつもりはないが、二度と再犯はさせないように釘を刺す目的で蜜月がWスピアーの切っ先を向ける。すると恐怖した溝口は兜に縋りついたが、上級怪人に変身したままの兜は冷たい目をしてギザギザの両刃剣を構えた――。
「どどど、どうするんですか! このクズ助けるんですか!?」
変身を解除していたドリューが慌てながらそう訊ねたが、「下がっていろ!」と兜は一蹴する。元幹部が口を挟んで良いわけがなかった。
「なぁにが前科百犯だ……。とんだ見込み違いだったな。俺が与えた任務も満足に遂行できないとは、不甲斐なきヤツ! 消え去れい!!」
「ギニャアアアアアァァァァ~~~~~~」
凶悪犯が変身したセンティピードガイストは、タキプレウスガイストにより文字通り斬って捨てられ……爆発四散するとあっけなくこの世から消えた。非情がすぎる。ヘリックスの怪人に成り下がった以上はアデリーンたちも同じことをしていたかもしれなかったが、それでもこの処遇には衝撃を受け、怒りに震えざるを得ない。罪を償わせようという思いが強かったためだ。「見ちゃダメ!」と、アデリーンは戦慄する聖花の両目を覆っており、溝口が斬殺されるさまを直接は見させなかった。
「今更、何を驚いてる? 当然の末路だろう、貴様たちの代わりにこの俺が手を汚してやったのだ。ありがたいと思え」
「そういうことじゃないんだよっ!!」
嘲笑う兜に対して拳を存分に震わせ、激昂した蜜月は槍による激しい連続攻撃を見舞う。最後には鋭い一突きをかまし、兜をぶっ飛ばした。
「ウガアアアアアぁ!?」
「グエー! お、重たいって、ミスター兜……」
「ええいッ! 宝木の娘のせいで、ロクな目に遭わなかった……ダーク・ロザリアよ。一緒に帰るぞ!」
変身が解けた兜は青い血を至るところから流しており、見るも無残な格好をしていた。幹部としてのプライドを傷つけられ、身勝手な怒りで歯を食い縛った顔をアデリーンと蜜月に向けたが、何の効果もない。
「お断りです。あたしは、今日こそお姉様に引導を……」
「スパークルネクサぁ――――スッ!!」
アデリーンが間髪入れず、強化形態へと姿を変えてオーロラめいた青と緑とピンクのオーラをまとう回転斬りを放つ! ダーク・ロザリアは悲鳴を上げて転倒し、黒いパワードスーツが解除されたことで元の姿へと強制的に戻された。
「あなたたちも大概分からず屋よね――! ダークロザリア! どこまではねっ返り娘を続けるつもり?」
「言わんこっちゃない!! だから帰るぞと……」
本気で怒っているアデリーンに叱責され、悔しさに唇を噛み締めるダークロザリア。その時――彼女の脳裏を何かがよぎった。悪の黒に染まった自分が白に塗りつぶされてしまいそうな気がして、恐ろしくなったのだ。何度もそのビジョンを見てしまい、どうにかなってしまいそうなのだ。またも過呼吸して、その場にうずくまる。
「お、おい! 具合が悪いのか……」
「あたしが具合が悪いだと。お姉様やロザリア同様、不老不死と無病息災をもたらすZR細胞で構成された、このあたしが……?」
気を遣ったのではない。そのつもりなのに、兜の中でダーク・ロザリアに対してわずかだが情が沸いてしまった。オリジナルを実験に利用したのに、痛めつけてきたのに、なぜなのだろう。彼もまた、この場でその感情を否定したがっていた。
「貴様ら覚えていろ、この借りは返させてもらうからな!!」
険しい顔をするアデリーンたちを指差して、余裕のない表情でそう叫びながら、兜はダーク・ロザリアを連れてワープで撤退。デリンジャーを巻き添えにして――。
◇
「さっ、帰りましょー」
いろいろあったがすべて終わったし、那留たちも無事に逃げられた。気分を切り替えて笑顔になるよう勧めた蜜月と聖花だったが、アデリーンはどこか引っかかったような顔をしてそれどころではなさそうだ。
「……あ~、気になっちゃった? さっきね、ダーク・ロザリアが変わろうとしている自分を、恐れているように見えたの。あの子、こないだの事件で戦ってからずっとそんな感じなのよね」
「あの悪い子がねえ。それってもしや……黒いロザリアの消滅を意味する?」
「何にせよ、ロザリアに元気が戻れば幸いだわ」
あくまでも推測の域を出ない。しかし、現実になる日も近いかもしれないと、アデリーンはそんな気がしていた。
「アタシ会いたいなー! そのロザリアちゃんご本人に!」
その後はみんなで笑い合って帰路についた、らしい。




