FILE178:逃走経路を確保する
「お姉ちゃん、あんたはねえ、あたしにいじめられ、再生できなくなるまで焼かれて……死ぬの。今度こそ死ねるの」
蜜月と聖花がヘリックス幹部と元幹部を相手に時間を稼いでいた頃、アデリーンは末妹の影たるダークロザリアと火花を散らしていた。まずは赤黒いパワードスーツをまとった姿に変身せず、ロザリアとそっくりな顔でアデリーンを煽るが、彼女には蚊ほども通じない。
「私は死なない。前に言わなかったかしら?」
「っ!?」
容赦なき右ストレート! とっさに頭を守る体勢に入るも、ダークロザリアは大きく吹っ飛ばされシリコニアンの集団の中に叩きこまれてダウンする。悔しそうに唇を噛みしめてから、ダークロザリアは両手から赤黒い炎を放った。
「脱出するわよ、みんな! ついておいで!」
黒々とした邪悪な炎が辺りを包み焼き尽くす! それを激しい吹雪で相殺し、シリコニアンたちを凍結・粉砕したアデリーンはそれに加えてビームで壁に横穴を開け、血路を開く。
「あたしもなんです。また葵や玲音とライブ観に行きたい……」
「レイネさんと? いいわね、ぜひ!」
「アブソリュートゼロさんってお友達が多いんだぁ。さっすが!」
「あなたたちも、ご家族やお友達にまた会いたいでしょ? だからみんなのことを守らせて!」
残存しているシリコニアンたちを巻きながらビルの外に出て、アデリーンは走りながら子どもたちを安心させる。長い間、センティピードらにいじめられていた彼らのケアをすることは必須だ。
「あとは、捕まらないように散らばって逃げて!」
「はーいっ!!」
追手が来れば迎撃し、それ以上来ないか見張りながらスクラップ置き場にもなっていた廃ビルの周辺から子どもたちを逃がす。アデリーンの手際が良かったこともあり、全員無事だ。
「おーねーえーちゃーん――――ッ!!」
やがて、炎の翼をはためかせ闇の妹が飛来する。緊迫した空気が漂っているにもかかわらず、アデリーンはあえて笑ってみせた。相手を煽るためでもあり、自身もマイナスの感情に呑まれないようにするための、いわば工夫だ。歪んだ笑顔を浮かべるダークロザリアには、動じない。
「来たかい、妹ぉー。そんなに歯に圧力をかけてたら、割れちゃうわよ。怒らないの」
「は? お忘れじゃないでしょうね? あたしだって再生できますー! 歯医者さんなんか行かなくたっていいんですー!」
「私なら医療データの提供も兼ねて行ってる」
いきり立ってハイキックをかましてきたダークロザリアに対し、アデリーンは彼女がキックを出した方の足をつかんでその場に投げる。再生が効くなら骨折するほどのダメージが入っても、おかまいなしだ。
「容赦はしない!」
「【天焼】……!!」
ダークロザリアはとうとう、片腕につけたブレスレットを起動。堕天使や悪魔を彷彿させるデザインをした、赤黒いパワードスーツをまとい、身長も一時的に伸びた。これでハンデを覆そうというのだ。
「カワイソーな子どもたちは逃げちゃいましたか。まあいいでしょう……。跡形も残さず、焼き殺す!!」
高速で飛び回りながら、ダークロザリアが何度もパンチやキックを繰り出すも、アデリーンはいずれも見切って的確な防御を行ない、弾き返して反撃に転じる。しばらくラッシュによる押し合いを繰り返した末、押し切ったのはアデリーンのほうだ。
「うッ!?」
押し負けると、舌打ちしてからダークロザリアは首を絞めようと掴みかかるが、アデリーンからの抵抗を受けた末に振りほどかれ青い刀身のビームソードで斬られてしまう。火花を散らしながら後退するも弓を取り出し、黒いエネルギーの矢を次々に放ち数発ほど命中させたが、アデリーンは前進することをやめない。焦りから射出する速度を更に早めようとしたが手遅れであり、連続斬りを食らってまたもダウンさせられた。
「ナルちゃんたちが逃げてからで良かった……今の姿は、とても見せられないものね!」
身動きが取れないようにビームソードを地面に突き立て、凍らせた上でアデリーンはダークロザリアに対し馬乗りになってマウントポジションを奪う。それだけではなく、マスクを一時的に解除して素顔をさらけ出したのだ。心を鬼にしたゆえなのか――、普段の彼女からは想像もつかないような、凍てつくほどの狂気をはらんだ表情をしていた。
「ロザリアの心の闇の化身だから、私の言うことを聞けないって? 何度も言わせないでちょうだい。お姉ちゃんはね、あなたをそんな悪い子に育てた覚えはないの。どうして素直になれないのかしら……」
冷たい視線を向けながら笑っただけなのに。ダークロザリアの背筋に悪寒が走るほど、彼女を威圧していた。だから、『見せられない』と自ら言ったのだ。仲のいい那留たちには、時に氷のごとく残酷にも非情にもなれる自分ではなく、人々を守るべくヒーローとして戦い続ける自分を見てほしかったゆえに。
「くっ……。綺麗すぎて腹が立つそのお顔を焼いてやる!」
「どっかの氷炎将軍がやってたみたいに!?」
再び仮面をつけた彼女はためらうことなく、ダークロザリアをつかみ上げて瓦礫に叩きつける。ロザリア本人のため、ダークロザリアを浄化し回帰させようと試みた次第だ。これまでそうしてきたように! よってどれほど煽られても聞く耳は持たない。
「そうです、あたしは戦うのが好きなんじゃないんだ……。姉様をひどい目にあわせるのが好きなんだよォォォッ!!」
「じゃあ、お姉ちゃんもあなたの顔を凍傷させて……ズタズタにしてもいいのよね?」
「っ! だ、ダメです……」
「ダークロザリアがやろうとしているのは、それと同じことッ! 自分がされて嫌なことを他人に行なうべきではないわ!」
「説教垂れるな……キャアアアアッ!?」
アデリーンの剣技や零距離射撃、冷たいムチの乱舞がダークロザリアへ畳みかけた時、廃ビルの上層で大爆発が起きてまたも穴が開けられる。そこからバットガイストとタキプレウスガイストが落下して地面に激突し、ゴールドハネムーンに変身中の蜜月が飛行しつつ聖花をお姫様抱っこしたうえで着地したのだ。
「ど、どうした!? リトル・レディ……うげーっ」
一瞬の隙を突いてアデリーンの猛攻を切り抜けたダークロザリアは、蜜月が聖花を下ろしたところに割り込み平手打ちをかます。直後、聖花を羽交い絞めにすると人質にした。実行に移したところでアデリーンには通用しないが、それは承知の上で嫌がらせのために、それだけのためにこんな卑劣な手段を選んだのである。そのついででデリンジャーはダークロザリアに顔面を踏みつけにされ、悶え苦しんだ。
「ちょ、やめて! 放してよ! 何するつもりなのさ!?」
「ねぇあなた……生意気なあなたのことよ。まだ逃げてなかったんだねぇ、あたしについて来なさい……」
「やめなさいなダークロザリア!」
すぐに解放するため射撃しようとするアデリーンの前に、タキプレウスガイストが立ち塞がる。既に蜜月と聖花によってかなりやられていたため、ひどく痛ましい姿になっていた。
「人形のくせして、まだ姉妹ゲンカを続けるつもりか? いい加減くどいぞ……No.ゼ―――ロ―――!」
罵倒しながら赤いエネルギーをまとわせた剣で斬りかかったが、刹那、蜜月に乱入され槍による乱舞攻撃をクリーンヒットさせられる。宙に打ち上げられた挙句、またも地面に叩きつけられ悲痛な叫びを上げる羽目になった。
「グググ……蜂須賀、そんなに俺が嫌いか!? お前が我々を裏切ったくせに!」
「うっせーな殺すぞ! オメーらが並んでるとな、真っ赤っかで目に悪いでしょうが! 片っぽ青くなれってんだい!!」
「断る。カロチノイドなどを摂取しなかったザリガニにはならーん!」
この間にもダークロザリアは聖花を捕らえて離脱を図ってしまった。そのまま連れ去ろうと言うのだ。アデリーンを先に行かせ、蜜月はタキプレウスこと兜の相手を引き受ける。バットガイストはとっくに満身創痍で限界を迎えており、うめき声を上げて地べたを這いつくばっているので精一杯だ。
「えい」
さっきまで憤りながら切り結んでいたのは、いったいなんだったのであろうか。唐突に冷静になり自分のペースに引き込んだ蜜月は、その手に持ったワスピネートスピアーでタキプレウスの額の目を一突きにした。結果はお察しである。
「ぎゃおおおお~~~~~~~~す!?」
塩水鉄砲を浴びせられ、石膏を投げつけられ、タライを落とされ、執拗に額の目を狙われ――。兜円次にとっては散々な一日となってしまった。
「血ぃ!? 青い血ぃー!?」
カブトガニの血液というものは医療に大変役立つとされているのだが、つくづく、もったいない使い方をされたもので、これではこの怪人のモチーフにされたカブトガニも浮かばれない。一応このことをよく知っているはずのデリンジャーも、これにはみっともなく取り乱すばかり。




