FILE177:わからせたい、わからせられない
「あ、アブソリュートゼロだと……いつもいつも邪魔ばかり! オワッ」
コウモリのスフィアを取り出してねじろうとした瞬間、ドリュー・デリンジャーは急接近したアデリーンに足払いと組み技をかけられ、その辺にぶん投げられてしまう。今にも逆立ち歩きをしそうな姿勢で――、天敵に加えて彼女たちまで来てしまったので、作戦を成功させることはもうあきらめかけていた。
「こ、怖かったよぉ! 見せしめに殺された子もいて……必死で逃げようと思ったんだけど……」
「ワタシらが来たからにはもう大丈夫。一緒に逃げるぞ」
散々な目にあわされたドリューや溝口からすれば、聖花が蜜月とアデリーンに縋りつく姿はぶりっ子にしか見えなかっただろうが、本人は言うまでもなくそんなつもりはない。彼女の言葉はすべて本当だ。彼らが彼女から受けた仕打ちはともかくとして。
「そうはさせんぞ」
天井を蹴破る――ことはせず、今度は兜円次がダークロザリアや戦闘員・シリコニアンの集団を引き連れて空間の歪みから現れる。眉間にシワを寄せた顔で聖花を二度見してから、アデリーンと蜜月のこともにらみつけた。
「ユタカさんを利用して女の子ばっかりさらわせた次は、営利目的の児童誘拐か? 元々ド外道だったが、『死神の騎士』も地に落ちたな」
「なんとでも言うがいい。ルール無用こそ俺の騎士道」
《タキプレウス!》
兜円次が、ワインレッドと銀色を基調とするカブトガニの怪人へと変身する。西洋甲冑の要素も取り入れられており、スタイリッシュながらも異形の騎士然とした堅牢さをも感じさせた。
「あなたたちにかまっている時間はないの。捕まった子どもたちは解放させてもらうわ」
「アタシ時間稼ぎをしてたから、多分もうみんな逃げたと思います……」
さりげなく抱き寄せていた聖花の言葉を聞いたアデリーンは、自分と蜜月とで開けた穴から外を見下ろす。通行人すらいない。
「そんなことしてないで、あたしと遊んでちょうだい。お姉ちゃぁ――ん!」
役立たずと見なしたドリューを文字通り足蹴にしてから、ダークロザリアは狂った笑顔を浮かべてアデリーンへと飛びかかる。しかし紙一重で躱され、顔面からコンクリートに激突し大いに痛がった。
「痛てえってェ!? お、おい!!」
よりによって腰を蹴るなんて悪魔の所業――! そういうやり場のない怒りを放出する間もなく、デリンジャーは苛立ちを隠さなくなってきた兜に無理矢理起こされ、バットガイストへと再度変身するようにジェスチャーで命じられる。一度唸り声を上げて反対するも、恐ろしい形相で圧をかけられたためビビりながらスフィアをねじり、変身した。
「アデリーンさん! オバ……蜜月さん! アタシ囮になるよ! 囮になって怖いオジちゃんたちを引きつけるから、みんなのことお願い!」
「ワタシも付き合うよ! あんた1人には荷が重い」
「わかった、すぐ合流するわ……」
蜜月が戦いやすく、聖花が逃げやすくなるようにするため、頷いてから敵3体を冷凍エネルギーを放って凍らせ、追ってくるダークロザリアを引き離しながらアデリーンは下のフロアへと駆け降りる。そこには、簡素な見た目をした戦闘員たちに逃げ道を塞がれ不安を煽られている那留たちの姿があった。ここで卑怯にも敵に通せんぼをされたのなら、逃げられなくなってしまうのも無理はない。
「アデ……アブソリュートゼロさん!」
「お久しぶり、ナルさん。話はあと、脱出しましょう。これ以上長居をしては危ないから……ね!」
正体をばらしそうになって寸止めした那留の気遣いを嬉しく思ったアデリーンは、ダークロザリアが1階まで追いついたのを確認して、目の前のに着地した彼女に銃を向ける。
「脱出なんかさせませんよ。あなたたち、みーんなここでジ・エンドなんだから!」
「できないわねッ。私はね、またナルさんたちとライブを見に行って白熱したいの!」
目をむいて哄笑するダークロザリアを相手に、那留たちが震えても一歩も退かず――アデリーンは啖呵を切ってビームガンの引鉄を引いた。
◇
「待て待て~~ッ!」
「くだらん! 俺まで追いかけっこに付き合わせるな!」
「あんた1人だけ、安全圏から見下ろそうたってそうはいかねーかんな! 兜さん!!」
醜い言い争いをしながら、彼らは裏切り者と生意気な少女を追っている最中だ。急にターゲットを見失ったかと思えば、なんと額の目にそれなりに大きな石膏を投げつけられたのである! 青い血がドロドロとあふれ出て、兜はとても痛そうだ。なお、センティピードガイストは蜜月の攻撃により壁をぶち破る形でビルから追い出されたようだ。
「うっ……ウオオオオオオ」
「だっせぇ! ははは……おほん! そんな悪ガキなぜかばう!」
嘲ってやろうとした魂胆を見透かされ、ひやひやしたデリンジャーは慌てて蜜月と聖花を指差す。守ってやる義理などないはずだ、と、揺さぶってやろうとしたが逆効果であり――。
「悪いね、お友達になったんだよ!」
言い切った蜜月から威嚇射撃を食らって、たじろいだ隙を突かれた兜とドリューは巻かれてしまう。地団駄を踏んで怒り狂ったドリューは先行し、その後を兜が追いかけていく。非常階段のドアを蹴破り、そこから3階へ向けて登って行くが、先回りした聖花は金ダライを落とし兜の頭上にクリーンヒットさせたのだ!
「か、カッシース……」
「はは、ざまあないぜ! いつもいつもぼくをバカにし……」
などと、兜を嘲笑ったその瞬間にドリューの頭上にもビール瓶と植木鉢が投げ落とされた。これはもしかしなくても相当痛く、絶対にマネをしてはならない。気の毒だが、こんな仕打ちを受けた彼は悪党である。
「クソガキィ! やっぱりわからせてやる!!」
「死に急ぐんじゃない!!」
いきり立つドリューに比べれば兜のほうがまだ冷静ではあった。仲良く並走しながら、今度こそ廃ビルの3階へ上がって逃げ込んだはずの蜜月と聖花を捜索。額の目が使い物にならなくなったため、兜は両目からビームを放って周囲を爆破してあぶり出そうとするが、その時、デリンジャーが突然フライパンで不意打ちされる。
「ぎゃおおおおお~~~~!?」
「随分いい音したよな!?」
ステンレス製のフライパンで殴られたショックでしばらくシンバルのように振動、気になって振り向いた隙を突かれた兜は顔面に蜜月からの右ストレートをぶちかまされた上、地面に倒れ込んだところを聖花に銃を突きつけられる。といっても水鉄砲だ。
「塩水鉄砲そーい!」
「ヌゥワアアアアア――――――ッ! 最悪うううううう~~~~!!」
ああ、目に! 神経が集中している大きな額の目に、彼は塩水をぶちまけられた! 心中察するに余りある。
「オジちゃんたちにブリバリ仕返ししてやんなきゃ、アタシの気が済まないもんねーっ」
蜜月にとっては年頃の女の子がよく見せてくれるいたずらな微笑み、悪党どもには悪魔よりも恐ろしい凍てつくような笑顔。聖花が水鉄砲を手に浮かべていたのは、そういう表情だ。蜜月は腕を組んで、そんな聖花の姿を誇らしげに見下ろす。
「俺はオジちゃんではなーい!」
「八つ当たりしないでくださいよおおおおおおおおお」
兜が盾でドリューを殴って、ここまでのフラストレーションを解消する。彼が大人げなくなったのではない、ドリューの不出来な部分が少しうつってしまったのだ――。おそらく、きっと。




