FILE176:ナルちゃんが危ない!
その頃、アデリーンは以前助けたチエからの電話で、オクトパスガイストにされていたユタカが回復に向かっていることを聞かされ、自身のことのように喜んでいた。人殺しをさせられ、二度と立ち直れないかもしれなかったところでその朗報が入ったのだから、そうもなろう。密かに気がかりだったという蜜月や綾女たちにもすぐに知らせて、タコの怪人に関する事件はこれにて本当の意味での解決を迎えたと言える。
「もりもり? ……失礼。もしもし? なんですって、ナルちゃんが捕まった!?」
その後もアデリーンが自宅にて、家族や付き添いでロザリアの面倒を見ていた女医の各務らと団らんを楽しんでいたときのことだ。唐突に葵から電話がかかって来たのである。声色からして焦燥に駆られ、不安になっていたことがうかがえた。
『今朝方、ナルちゃんのお母さんから連絡があって、捕まって身代金を要求されたんだって……』
「それって誘拐じゃない!? 場所は?」
『F4地区の廃ビルだ……って、犯人が言ってたそうなんです』
「口座に振り込めとかじゃないのね。だいたいわかった、私が助けに行くわ!」
楽しかった空気も、葵からの緊急連絡に応答したのをきっかけにそわそわしたものに変わってしまった。何か感じ取ったのかロザリアが頭を抱えて苦しみ出し、父・アロンソと母・マーサらが彼女のそばに寄り添って支える。エリスは氷嚢をタオルに包み、妹・ロザリアの頭に乗せた。
「っ……まただ、きっと……もう1人のあたしが」
「友達の友達を助けたら、すぐ戻ってくるからね。待っててロザリア!」
ソファーで横たわる妹と、彼女を見守る家族らにアデリーンは宣言する。ロザリアを救うには彼女の影たるダークロザリアを討つしかない。無論、葵の友人である那留も必ず救わなくてはならない。――必ずその目標を達成させるのだ。その誓いを胸にアデリーンは家を飛び出し、専用バイクで走り出す。自身の超感覚が捉えた方角へ向けて。
「ロザリアは本当に大丈夫なのでしょうか……」
「最初に診察させていただいた時と比べたら、だいぶ持ち直されてはいます。信じましょう、ロザリアさんのことを!」
末っ子の身を案ずる母親と父親に、女医・各務彩姫は自信を持つように諭してアデリーンの帰りを待つ。どんな敵が立ちはだかろうと簡単に負けたりなどしないはずだ。少なくとも彼女たちが見てきたアデリーンは、そういうたくましい女だった。
◇◇
「ウジャウジャ! いい子にしてるんだぞ。オメーらの親がこのオレ様に! 金を払うまでなああぁぁぁ……」
一方その頃――。何度も先達に煮え湯を飲ませてきた彼女がここまでやって来るかもしれないとは、微塵も考えていなかったセンティピードガイストはムチを引っ張ってから打ち鳴らし、その次にはナイフを汚らしくなめ回しながら、檻に閉じ込めた子どもたちを脅迫。いかにも自分よりも弱い者を前にして、いい気になっているような小悪党のやりそうなことだ。
「けえーっ! 改造手術ぅ、上手くいってたみたいですね」
雲脚と交代で補佐をやらされることになったドリュー・デリンジャーは腕を組みながらそう吐き捨てる。なぜか理由もなく宅配業者の服装をしており、彼の精神状態が危ぶまれる。断じてコスプレが趣味だから、そうしているわけではないとだけは記しておく。
「あぁ~、適性が高かったようなのでね。本来ならば、力に呑まれ知性が下がっているところ、以前までの狡猾さ凶暴さはそのまま! 更にパワフルになった……というわけさ」
「ウジャウジャウジャウジャ~~~~~~~~~~ッッッッ!!」
自信たっぷりに語った兜だが、当のセンティピード……凶悪犯の溝口だった被験体は発作的に唸り声を上げ、更には毒液の唾まで地面に垂らす。あまり賢くは見えなかったし、これには後ろで見ていたダークロザリアも冷笑を禁じ得ない。
「どこがだよ! ますますバカになってんぞ!!」
「ええーい! 迂闊であった。溝口め、高いIQを持ちながら……己の欲求をなによりも優先するタイプだったかっ。昔愛読していたマンガにそーゆー凶悪犯がいたことを思い出したよ……!」
汚らしさに苛立つドリューからの指摘を受け、兜は舌の根も乾かぬうちにセンティピードガイストへ失敗作のレッテルを貼った。ついでに突っかかって来たドリューを雑に振り払い、親指を噛むような動作もとる。この上なく不安と恐怖に駆られている子どもたちが騒然としている中、不快感を露わにした聖花は抗議する。
「ウジャウジャうっせーしキモいんだよ! ムカデ野郎!」
――ドがつくほど直球の罵倒だった。およそ13歳の女の子とは思えない表情と語気をしてそこまで言い放ったのだ。
「なんだあ? 宝木のガキ! もっぺん言ってみな」
「お前キモいんだよ! ムカデのおっさん! 早くここから出して!」
「このアマッ! てめーの親は大金持ちらしいから、真っ先にせびってやろーと思ってたのに……! こうもオレ様に楯突いたんじゃあよお……!!」
悪ガキの言った些細なことに腹を立て、鉄格子を挟んでの言い合いの末にセンティピードは雄叫びを上げる。そして、せっかく身につけたズル賢さを自らかなぐり捨てて、暴挙に及ぼうというのだ。
「クソガキには、やっぱりムチ打ちの刑だあ!!」
「センティピード、やめろ! 計画を台無しにしたいのか!」
やがて勝手に牢屋のカギを開けて聖花を出し、いたぶろうとしたため、見かねた兜が怪人の姿に変身せずセンティピードガイストを止めようと羽交い絞めにする。舌打ちしつつも、センティピードは一応は兜の命令に従って沈静化をした。
「わかるぞ! ぼくもそのガキンチョには散々な目にだねえええええええ゛ぇ!?」
「こんのバカチンがぁっ、火に油を注ぐマネをしおって!」
鬼の形相で怒る兜により、理不尽にもドリューは殴られた。もっとも、幹部から降格された身分で失礼な態度を取りすぎるほうが悪いのではあるが。
「……バカチンすぎて見てらんない。気分転換に外へ出てもいい?」
「なんだとリトル・レディ! 抜け駆けは許さん!」
「バカチンって言ったほうがバカチンなんだよ! こんのクソガキがっ!」
「はあ。やれやれ……」
肩をすくめ、冷めた目をしたダークロザリアは更にそっぽを向く。
「くぉらぁぁああ」
「ウジャッ! いでででっ!?」
隙を見て、聖花は鉄格子と扉の間にセンティピードを挟んで逃げ出す。そのあとに那留やほかの子どもたちも続き、兜たちは揉めていたばかりに金づるを逃がしてしまう羽目になったのである!
「し、しまった。宝木のガキに逃げられちまぁ!」
「追うんだよセンティピード! お前も行けドリュー!!」
「は、はい……って、ぼくぅ!?」
「お前が行くのだ! お前のバットガイストが!」
取り乱した兜から無理難題を投げかけられて、ドリューはすっかり萎縮。彼が困っても助けてくれる者は1人もいない。センティピードは「こんなダメそうなのがァ……」とボヤいており、不満しか沸かなかった。
「聖花ちゃん、どうか逃げきって……! きっと誰かが助けに来てくれるよ!」
薄暗い廃ビルの中を走っている最中、全員は脱出できないと悟った那留はせめて聖花だけでも外に出そうと考えた。このビルは地上4階建てで、彼女らの現在地は2階に差し掛かる手前と言ったところである。
「アタシ知ってる、アデ……アブソリュートゼロでしょ! 時間稼ぐからみんなその間に!」
聖花は、この廃ビルの中にあるゴミなどを利用して追手を翻弄する気だ。自分以外を逃がそうとも考えていたのだ。
「オメーらなんかにできると思うのかあ!!」
子どもの浅知恵と嘲笑うように、天井をぶち破ってセンティピードが彼女たちを追撃する。コウモリ男――もとい、バットガイストに変身したドリューも一緒だ。彼はとりあえずやかましく叫んで圧をかけようとしたが、大して怖がられなかった。怖くて、一瞬足が震えたが――生きて脱出する! その思いは恐怖を吹き飛ばし、聖花は近くにあった金属バケツをぶん投げ、センティピードの足に命中させる。彼が左膝に当たってしまい悶絶している間に、聖花は那留たちを率先して1階に行かせ、自分はしつこく追ってくる敵を引きつけることにする。敵は2人もいるのに聖花1人にイラついてしまい、那留たちには注意が向かなくなった。
「やーいやーい! お尻ぺーんぺん!」
「ムカデなんだから地面を這うんだよ! そのほうが早いだろ!」
「このオレにゴキブリみてーに走れってんですか!?」
「どっちにしろカサカサ走りになるだろがい、バーカーッ!!」
――かくして、延々と廃ビルの中を追いかけっこする地獄が始まった。恐ろしいことにその地獄に引きずり込んだのは、バットのドリューやセンティピードの溝口ではなく、聖花のほうだ。そこからはもう散々であったらしく、片やなぜか残っていたペンキを頭からぶちまけられ、片やなぜか残っていたワックスを進行方向にかけられて、滑って転倒。当然これだけでは終わらず、バットガイストに至ってはまたもや頭上から煉瓦ブロックや瓦を落とされ、苦痛や刺激どころでは済まなくなってしまった。
「ぐへっ、宝木のクソガキめ~~~~~。こないだのぉ~~恨みぃいいぃ~~、晴らさずにおくものかーっ!」
もはや怨敵となってしまった聖花が疲れ果てたのを、デリンジャーは見逃さなかった。しかし溝口に先に襲わせ毒で弱らせたところを追い詰めればよかったものを、彼はこともあろうに溝口を押しのけ個人的な恨みを晴らすのを優先して、聖花に乱暴しようと思ったのである。
「うひひひひひひひッ、た~~~~か~~~~ら~~~~ぎ~~~~!!」
「きゃー!? だだだ誰か助けて――――!!」
どういうわけか変身を解除すると、下品なこと極まりない顔をして聖花の胸倉をそのままつかみ上げて脅しをかける。聖花が大声を出したのは、怖かったからというより、変なのに絡まれて気持ち悪かった――というニュアンスが遥かに大きい。
「ぶははははははははは、大人の言うことを聞けない子どもは死んだほうがいいッ! いいや死ぬべきだ! 宝木……いいいいぃぃぃ~~~~~~ッ!!」
要するに「お前がムカつくし気に入らねーからさっさと死ね!」と言いたいだけであり、説得力は皆無だった。そもそもペンキを頭から被らされ、前にもされたのに学びを得ずブロックだの瓦だのを落とされたドリューには、威圧感もスゴ味もありはしないのである。
「わざとらしく叫んだってムダだぜ! ムダだ! 誰もオメーを助けちゃくれねーよお!!」
この溝口はドリューよりも明らかに凶悪で前科も多すぎるくらいだが、すっかり舎弟に成り下がっていた。正確には、ドリューと組まされたせいでオツムの出来がイマイチになってしまった――と喩えるべきだろうか。
「ヘーイ!」
その時である! 突然、ビルの壁をぶち破って、2人組の女性が姿を現したのだ。どちらもいわゆるパワードスーツを装着済みで、片方はメタリックゴールドと黒、もう片方は……メタリックブルーを基調としたそれで身を固めていた。
「見つけたわよヘリックス。これ以上の非道は許さない!」
悪党どもはその2人に驚愕して後ずさりし、ひとかけらでも勇気を振り絞っていた少女は2人の凛々しい立ち姿を見て笑顔を取り戻した。




