FILE170:タコ足地獄を抜け出せ
「女の子たちを誘拐したイレギュラーなタコ野郎はどこだ?」
『はっ! あちらの扉の中に』
「ご苦労……あとはワタシがやる」
アデリーンが囮となった現場の入口にて、まだ電子頭脳に異常をきたしたアンドロイドを処分する精鋭部隊の隊長の気分でいたかった蜜月は、それっぽいやりとりを子バチ型ガジェットと交わした後に――バイクのエンジンを蒸した。
◆
「何の音ぉ!?」
やがて、触手でがんじがらめにされていたアデリーンや、彼女より前に囚われの身となりもてあそばれていた女性たちを救うべく、蜜月は子バチをお供にバイクで壁をぶち破り、敵の隠れ家へと突撃したのである。
「お~~~~っと。深夜アニメやスケベマンガのマネ事も、そこまでよん」
「げえっ!?」
バイクから余裕をもってゆっくり降りた蜜月は、挑発的な顔をして銃を向け威嚇射撃を行なう。すべての敵は動揺し、拘束された女性たちもこれで身動きが取れそうだ。ド派手にもほどがある蜜月の一連の行動を目にしてアデリーンは、少し引いたもののすぐ笑顔になった。
「またあたしたちの邪魔をしたいんですか!」
「するに決まってんじゃん、趣味なんだよ! エロガキめ!」
心外な言葉を吐かれて不快な思いをしたダークロザリアには目もくれず、蜜月は人質の救出を最優先に動く。相棒のアデリーンのことは、「彼女ならばこのくらいなんとでもなるはずだ」と信じていたゆえに彼女自身の力で切り抜けられると考え、その可能性に賭けたようだ。
「さあ逃げな!」
怒った禍津が合図とともに簡素な姿を持つ戦闘員・シリコニアンの集団を呼び寄せたので、それを相手にしながら人質を逃がす。もちろん、その中にはチエもいて、またオクトパスガイストに襲われる前に避難するつもりだった。
「負けてられないわね。ふーん……ハアアアアアアアア!」
「チュパッ!? ちちちちちべたい!? ちべた、ち、ちべ、ちべたい……ウエッ」
ずっとオクトパスのターン! ――などというゆゆしき事態は、彼女が許さない。全身から冷凍エネルギーを放出するという奥の手を見せると徐々に触手を凍結させてゆき、砕いてから拘束状態を完全に解くと反撃に出てあっという間に敵1体をダウンさせてしまった。
「ギギギ、疑似コンバットメタルううううううう!?」
強すぎた冷気の影響は禍津やダークロザリアにも及び、前者は地面が凍てつく中で手を伸ばしてウォッチングトランサーを奪おうとするが事前でアデリーンに取り返され、野望は潰えてしまう。
「返してもらう。【氷晶】」
アデリーンの全身をメタリックブルーの装甲が包み込み、完全武装を果たす――! 冷たくまばゆい光に目がくらむ悪党たちとは対照的に、蜜月は見とれてウインクとともにサムズアップを送る。
「右に同じ。【新生滅殺】!」
簡易的な変身を行ない、蜜月はオクトパスガイストに対し、メタルコンバットスーツに搭載されたスキャン機能を使用した。バイザーの画面に驚くべき事実が赤裸々に映し出されて、蜜月は戦慄する――。
「またかよ!? 闇のパワーで精神を汚染されて、こんなことに……」
「それこそ! その哀れな男に必要なことだったのだぁ、ひゃははははははは!!」
狂気じみた笑い声を上げる禍津に怒りの矛先を向け、攻撃をしかけようとしたアデリーンよりも先に蜜月が彼を制する。手を汚さず、オクトパスガイストに大量虐殺をさせていたことを確認し、彼女もまた憤った次第だ。
「【天焼】」
そんな姉とその戦友がカッコよく、同時に妬ましくも映ったダークロザリアもまた苦々しい表情を浮かべた直後、金色と赤色を基調とした腕輪と暗赤色の宝石からなる独自の変身アイテムを携えて、かけ声とともに変身する――! それは身を焼かれ堕ちた天使か、炎を操る血染めの悪魔か? 一対の翼を有し、赤と黒とを基調とする禍々しいパワードスーツを……ダーク・ロザリアはその全身にまとったのだ。
「その姿!? あの両腕の装甲を見た時、よもやと思ったけど……」
「あたしにだって装着・変身は出来るんだよぉ」
心なしか背丈も伸びてスタイルも良くなり、声も相応に低くなっている。その姿は幻術か? いや、現実だ。スーツ越しに、アデリーンにも勝るとも……劣らないわけではなかったが、確かに大きくはなっていた。素顔にも著しい変化があったことも察したようで、「こんな形で末っ子の成長を……」と内心で嘆く。
「燃えろぉ」
まずは不意を突く形で、ダークロザリアは炎を放ち始める。その傍らでは蜜月が禍津へとマウントを取って、ほぼ一方的に殴っている最中だ。
《スコーピオン!》
「シュワシュワシュワシュワッ」
既にだいぶ殴られて傷付いた禍津はやり返すべく、隙を見て暗赤色のサソリ怪人の姿へと変身したが、状況は変わらない。かつて日本一腕が立ち、金のかかる暗殺者でもあった彼女を相手に有利に立とうなど、彼ほどの男でも無理があったということだ。
「わ……、我々がお前にくれてやったスズメバチのスフィアはなあ! 元々、従来のディスガイストの攻防に関する能力を更に突き詰め、デザイン性も昇華させた、いわば疑似メタルコンバットスーツと喩えるべき代物だったんだ! なのに、借りパク女めぇっ!!」
「うるせー! 知らね~! あんた方にはちょうどいい意趣返しになったでしょう、ざまあないねェッ!」
舌戦の最中、禍津/スコーピオンはダミ声で叫んで蜜月を乱暴に殴り返し、マウントポジションを奪う。両手から生やした毒針と頭部から弁髪のように伸びた尻尾の毒針とを同時に刺そうと目論んだ。だがそれも蜜月には見抜かれていて、至近距離からの射撃と蹴飛ばし攻撃を受け、出鼻をくじかれたのだ。そのうち、自分が放っておかれていた気がしたので――オクトパスガイストは怒り出す。
「オイラを忘れんなぁぁあああ――――! 余計なマネしてくれやがっちゃってさぁ! チエちゃんとだけでも、本気で愛し合いたかった……のに!!」
「じゃあ、バケモノの姿から元に戻れ! スフィアなんか捨ててさ!」
――別にアデリーンも蜜月も彼を忘れていたわけではなく、この場は人質の救出と彼を正気に戻すことが最優先事項なのは、もちろんわかっている。ただ、禍津とダークロザリアが妨害をして来るので、対処に追われて構う余裕がなかったというだけのこと。そうこうしているうちにチエは、なんとか逃げて避難することに成功した。
「う、うるせー!」
「そーやって、まぁだそこの模造品の味方をするのくわァ!!」
まだ私怨をぶつけてしがみついてくる暗赤色のスコーピオンガイストを、蜜月は苛立った様子で追い払った。片手間で――。
「あの子はなあ、ちゃんとこの世に生まれ育った人間だ! いい加減でバカにするのはやめろ! ヘリックス幹部メンバーの役職もな!」
「シュワシュワシュワ……」
天井への発砲でひるんだ隙に喉元へキックを見舞うと、蜜月は触手をうねらせるオクトパスガイストに立ち向かっていく。ホットプレートとその付属品の意匠に加え、タコの頭を割って真ん中にドクロを挟んだような、その不吉で悪趣味な容姿は嫌悪感をかき立てるにはもってこいで、蜜月も早めに撃破して変身者を元に戻したいと考えていた。
「おとなしくやられろ! お姉ちゃああァ――――ッ!!」
「あなたがね。ガキロザリアッ!」
仮面の下で鬼の形相浮かべて殴り合う、冷たく煌めく姉と妹の闇の化身! あまりに早すぎて視認は難しい。真に強き者、動体視力によほど自信がある者でなければ見逃してしまうだろう。氷と炎の力もぶつかり合って、相殺された。
「ははは! 言ったね? 言いましたねっ!? 正義ヅラしておいて、結局それがお姉ちゃんの本性なんだ!?」
「……悪い子にはお仕置きして更生させるまで。あなたこそおとなしくして、ロザリア本体に還りなさい!」
「あたしがその本体に成り代わろうっていうんだよお!!」
仮面の下で凶悪に笑ったダークロザリアは姉に腹パンをかまそうとしたが、見切られており繰り出す前に反撃を食らって後退。状況は更にカオスを極めていく――。
「ええい、何やってるこのタコ! つっかえねーヤロウだなあ! いつまでもそこのハチ女に構ってないで、あのワガママ娘を援護しろ!!」
コンクリートの床をきつめに叩いて、スコーピオンガイストはオクトパスガイストの肩をつかんで脅迫するように語気を強めてそう命ずる。あまり余裕が残っていそうではない。
「しかしあいつはハチ! 対してこのオイラは足8本! 不思議な縁だと思いませんかい!」
「何ぬかしてやがる! このボゲがっ! 好きな女に逃げられてイカレたのか!?」
「あーもー! 命令してばっか! ウンザリ! チュパチュパ……」
いきり立つスコーピオンに膝裏を蹴られて、ようやく重い腰を上げたオクトパスはおびただしい数の触手を見境なく伸ばす。アデリーンやダークロザリアは巻き添えにされまいと切り抜けたが、なんと蜜月が捕まってしまう。
「ハチ女ぁ! メチャクチャにしてやるうううううううう」
「んあー! や、やめ、気持ちわり……」




