FILE167:しばらく帰れない
アデリーンが行きたい場所というのは、都内の一角に点在し、テイラーグループの息のかかったとある病院であった。そこに、彼女が会いたい相手が入院していたのだ。
「ロバーツさん、イッポンバシさん、お見舞いに来ました」
「あなたは! その子たちは……」
患者を刺激しないようにシンプルで心が落ち着く病室の中で、彼女に名を呼ばれたのは傷付いた外国人男性と日本人男性だ。どちらも以前命を救われた者である。
「2人は私の家族であり、年下の友人です。……ヘリックスに何をされたのか、詳しくお聞かせ願えませんでしょうか。無理にとは言いません」
「わかりました」
はじめから、彼らはアデリーンに対し腹を割って話すつもりでいた。自分と一本橋を助けてくれた彼女なら、心から信頼できると判断したためだ。
「いきなり真っ暗な城のような場所に連れて行かれて……。研究室みたいなところに放り込まれたと思ったら、そこには一本橋さんがいて」
「私もヤツらに、実験のためにあの恐ろしいスフィアを……それで、それでっ」
「モルモットみたいにされてたってことですか!?」
竜平が驚きながら2人の患者に訊く。顔には陰りが見えたが、全部話すと決めたからには一度も曲げない。
「ディスガイストになることを拒否したら、ヤツらは……あのカブトガニ男と仲間たちはオレや一本橋さんを何度も痛めつけてきたんです。それでもう死にそうになったところに、無理矢理あのカプセルみたいなのを使わされて……誰かを手にかけてしまうところだった」
「人を殺すかも知れなかった自分たちが、生きていていいものか……」
その時、沈んだ表情の2人を見かねてか、アデリーンはロバーツの手を取って握る。葵もやつれた顔の一本橋に対して同じようにした。
「お2人とも、責任を感じることはありません。悪いのは、あなた方を怪人に変えて悪事の片棒を担がせようとしたヘリックス――」
「アデリーンさん!」
「私、必ず皆さんをお守りしてヘリックスを壊滅させます」
彼女のその言葉は断じてビッグマウスなどではない。改めて固く誓ったのだ。
「一本橋さん、ロバーツさん、アデリーンさんは最高にカッコよくて、優しい人です。わたしたちのことも何度も助けてくれて……」
「アオイちゃん、そんな大したことしてないってば。……とにかく、あとのことは私たちがお引き受けします。お二方はどうか、ごゆっくり傷を癒してくださいな」
――かくして、希望を見出したロバーツと一本橋、そして看護士らに見送られて病院を出たアデリーンは、葵と竜平を送ってもらうべく綾女と合流する約束をしていた。待ち合わせ場所は、とある駅前の駐車場だ。
◆
「おじさまたちのもとに帰らないの?」
「うん。最近起きた連続誘拐・殺人事件について私も調べておきたいの」
駅前に備え付けられた噴水付近のベンチに座りながら、アデリーンは綾女と葵と竜平に自宅に帰れない理由を伝える。ロザリアのことは気になるが、それでも彼女は独自に調査をして事件の真相を突き止めなくてはならない。
「アレでしょ、誰かがディスガイストになって事件を起こしたかもしれないから……だよね」
「そう。申し訳ないんだけど危なくなりそうだから、その事件を解決に導くまではなるべく私には関わらないでほしい」
「でも、守ってくれるってことだよね。ありがとう、私もウチの弟と未来の義妹を守ってみる」
「ちょ、ちょっと綾女さん!?」
こんなときでも綾女はほがらかに笑って、葵と弟をからかうことを欠かさない。それだけ2人を大切にしているという証拠だ。
「オンナのコ同士でなーにイチャついてんのっ。ワタシを差し置いて」
「蜜月ちゃん」
やがてもう1人、このメンバーに欠かせない重要人物がやってくる。一番のムードメーカーともいえる蜂須賀蜜月だ。外出するにもってこいのカジュアルな服装をしてきており、一同はちょっと見とれる。
「友達や家族を守りたいからって、あえて突き放すのは結構だわさ。でもな、こんな状況だからこそ楽しい思い出を作らなきゃあ」
「あなたも大概お節介焼きよね。それで事件について何かわかったのかしら」
「あぁ^~~~~、そだねぇ。今いる雑誌編集部の先輩と一緒に調べたんだけどよ、事件が発生し始めた同日、行方不明になってたホストの身元がわかったんだわ」
雑に扱われたと思って少し不機嫌な顔をしてから、気を取り直して報告を行なう。蜜月が持って来た情報によって、糸口が見えたかもしれないのでアデリーンは興味深そうに彼女を見た。
「そのホストさんってチャラそう?」
「それなりに勤勉な人ではあったらしい。源氏名はユタカで、本名も墨家ユタカ。悪い人ではないんだけど女癖が悪かったんだって」
「まさか、その人が怪人になって暴れてるんじゃ……」
「まだわかんね~。けど、竜平っちの読みが当たってるかもしんない」
ベンチの後ろに移動すると、蜜月は器用に頬杖を突いて持って来た情報の続きを話す。最後に竜平の勘の良さをさりげなく褒めてから、話を終えた。全部しっかりと聞いていたアデリーンは、大きなバストの下で腕を組んで少し考えてからひらめく。
「じゃ、こうしましょう。私とミヅキとでリュウヘイたちをお守りする。もちろん遊びに行ったりもするの」
「ま、マジのマジか?」
「大マジ。ふふふ」
今更ではあるが機械や氷みたいに冷たい女だと思われるのは彼女としてはシャクなので、微笑みもセットにして人間らしさのアピールを行なう。全員、そんなアデリーンのことを尊敬していた。
「それじゃー私、今日はホテルでお泊まりするから。アヤメ姉さん、サユリ母さんやハルコさんによろしく言っといてください」
駅前の駐車場まで移動して、綾女の車に竜平と葵のカップルを乗せる前にアデリーンは大事なことを連絡し、全員にわかってもらう。返事は「どうぞお構いなく、あとはヨロシクね!」――だ。
「あいよー。蜜月ちゃんはどうする?」
「アデレードと一緒の部屋で寝たかったけどよ~~、たまには1人の時間も必要だよな……」
「バハハーイ」
蜜月が熟考している間に、アデリーンはちゃっちゃとバイクに乗り込み、今晩泊まる予定のホテルに向けて出発進行してしまった。
「判断が早い!?」
「私もこの子たちを送らなきゃだから、先に行くね」
「う、うん。じゃあね綾さん」
蜜月がそうして驚いている間に綾女も弟のそのガールフレンドを車に乗せ、駐車場を出る。もちろん事故が起きないように、蜜月はその場からどいていた。
「……ぽつーん……」
そういうわけで残ったのは、このあとどうしようかと迷っている蜜月だけである。




