FILE163:サフラン・イエローの悪魔は湿った足音とともに
――今回は、ある雨の日の夜のホストクラブから始めよう。繁華街の大通りの途中にあるそのクラブ『パイン&アップル』の入口で、派手な風貌のホストの男が傘を差して、同じくらい派手ないでたちの女性と立ち話をしている。先ほどまで彼が彼女をもてなしていたというわけだ。そして、その後ろではもう1人の男が傘の下でタバコを吸いながらスマートフォンをいじり、嫉妬でイラつきながら彼女を待っている。
「チョー楽しかったぁ! 『ユタカ』、いつもサンキュー!」
「また寄ってってねぇー、『チエ』ちゃーん! そこの彼ピなんかほっといて、オイラと新しい人生を過ごそうぜ!」
「でもさ。そうしちゃったら、ユタカがみんなのユタカじゃなくなっちゃうじゃーん。じゃあね」
「それもそうかあ。またなー!」
快くチエとその彼氏を見送り、傘を閉じたユタカはユタカは店の中に戻る前に雨が降りしきる中で物思いに耽る。
「オイラのほうがあのアホなんかよりかっこいいし、チエちゃんを幸せにできるってのにー……」
帰る前にいちゃつく2人のことを、実は複雑そうにしながら見ていたのだ。そんな彼の悩みは、なまじモテてしまうゆえというべきなのか。
「本当の愛を知らないかわいそうなホストさん」
そこに傘を差した赤黒いロリータ衣装の小柄な少女がやってくる。素顔をベールで隠しており、素性がうかがえない。
「こ、こら! 子どもがこの辺歩いてちゃダメだぞ。雨もキツいしアブねーから、おうち帰んな」
「そんなあなたに……これ、あげます」
親切でかけられた声を無視するように、少女はゆらりと不気味に近寄ってユタカをびくつかせる。唾をのんだ彼に山吹色あるいはサフランイエローのカプセルのようなものが差し出された。
「じ、ジーンスフィア!? ニュースで見たぞ、持ってちゃいけないやつじゃん! こんなの受け取れないよ! 子どもが持ってちゃダメ、おまわりさんに……」
「それじゃつまらないでしょ。お兄さん、自分を解放して。欲望とか、ストレスとか、抱えているもの……全部!」
目線の高さも合わせて注意したが、彼女は取り合おうともしない。まるで彼の懇意を跳ね除け、踏みにじったように。いくら美少女から薦められようと、得体の知れないものなど使いたくはない。彼はそう思っていたのに、彼女はそうさせてはくれない――。
「さっさとやれーッ!」
「う!? うわあああああああああああああああああ――――――!!」
突然現れた、暗赤色のサソリの上級怪人によりジーンスフィアを無理矢理ねじらされ、埋め込まれたホストのユタカは、哀れにも――山吹色のボディを持ち、2つに割れた頭部の間にドクロが挟み込まれたような奇怪な顔をしている、タコの怪人に変えられてしまった! その光景を目撃したデリンジャーは頭を抱え両目をむいて口をあんぐりさせ、ひどい顔で驚愕する。傘はダークロザリアにとられたので、ずぶ濡れだ。
「チュパチュパチュパチュパ! こ、これがオイラなのかぁ――!?」
「お、おい、こ……こんなことするのか? 毎回毎回!?」
「このくらいフツーだよ。悪い?」
「そうかい。傘返せ! 風邪引いたらお前のお世話もできないでしょうが!」
態度が気に入らなかったダークロザリアは、ドリューの膝を蹴っ飛ばす。彼がどうなったかはわかるはず。無様な姿をさらすドリュー・デリンジャーをサソリ男・禍津が嘲笑った。
「あいたーッッッッ」
コントじみたやりとりを繰り広げている裏で、タコのバケモノと化したユタカは脳裏によぎった欲望に突き動かされるままに先ほど見送ったばかりのチエと彼氏を追跡する。なんやかんやで愛し合う2人の背後に、雨音に混じって湿っぽい足音が聴こえてくる。すぐそこまでやって来ていた、触手をうねらせる海の悪魔のような怪人が!
「チュパチュパ……。男はジャマだーッ!」
「あぐ!?」
怒っているユタカはブランドもののバッグを手提げしているチエを巻き込まないようにどかして、真っ先に彼氏の男だけを狙う。その触腕で締め上げ、チエにすり寄る彼氏の全身の骨をきしませる!
「オイラの知らねーところでチエちゅわんをたぶらかしやがって、てんめー気持ちわりいんだよ! オマエ死ね! 死――――――ね――――――! チエを返せ――――――!!」
「ぎぇゃああああああああああああああああああああああああああ」
耐えがたいほどにきつく締めつけられた彼氏は無惨にも全身の骨を折られて、あっけなく死んでしまった。もっとも許し難い存在を葬り去って気が済んだユタカは、ドクロの眼窩の奥にある分も含んだ4つの目を光らせて、濡れた足音を立ててゆっくりとチエに近付く。
「チュパァ……ぬふふふふふふ! さぁぁてチエちゅわ~~~~ん、こんなカス男忘れてオイラとお付き合いしようねええええええええ」
そして、その触手で殺す――のではなく、こともあろうか優しく抱きしめたのだ! 自分から逃げられないように、吸盤でくっつける徹底ぶりだ。
「や、ちょ、放して!? キャ――――!?」
「はははははは……、想定以上に闇の深いやつめ。いいぞぉ~~。『オクトパスガイスト』よ。そうやって欲望の赴くままにブサ男どもをくびり殺し、チエからの愛を力ずくで奪い取るのだ」
わざわざ事前にコンビニで買って来た傘を持ち、一部始終を見ていたスコーピオンガイストとついてきたダークロザリアは新たな邪悪の使者となったユタカを前に大喜びする。彼も彼で、夜空の下で触手にもてあそばれるチエを見て悦に浸っていたようだ。――なんと恐ろしい事か!
「こ、こいつらイカレてやがるよぉ!?」
しかし、彼らにイジメられているドリュー・デリンジャーだけは傘を借りパクされたばかりに雨に打たれて頭を抱えており、素直に喜べなかった。




